第35話 まだ私の処女を狙ってるというの!?


「のう、妾が主人あるじよ。退屈なのだ、妾をもてなせ」


 影さんの連絡待ちで二日ほどのんびり過ごしていますと、アルテミスがそのような事を言ってきました。私は退屈ではありませんよ、この天界の花を愛でて樹木に語りかけるだけでも満足です。


「オーリス様、少々の運動は必要かと思われます」

「あたしもたいくつー」

「この世界ダンジョンないし魔物いないし! 定番のはずなのに!」


「オーリス実はわたしも退屈っ」


 三眷属と獅子ヌルも同じ意見のようです。もう一人、退屈が大嫌いそうな方が居ますが……。


「オーリス様? わたくしが来てあげましたのに、毎日何もせずに怠惰に過ごすだけとはどういう事ですの?」


「オーリス様は呼んでおりませんが?」

「勝手に来たのにー」

「もう、カエレー」


「くっ、さ、三馬鹿の言う事など気にしませんわ!」


「折れない方です」

「少しは気にした方がいいよー」

「動揺が目に見えてわかるよ!」


 ミージン王女はこの二日間、アルテミスと共に鏡の前で何やらいろいろとやっていたらしく、格好を変え今はアルテミスのお下がりのミニスカートにタンクトップを身につけていらっしゃいます。膝上の着衣など初めて着たようで神殿からなかなか出て来られず、アルテミスが手を引いて出て来るという状態でした。


「ダンジョンあるよ、ダンジョンあるよー、安いよー、ダンジョンどう?」


「アポロン、なんですかそれ」

「ちゃらいー」

「ダフ屋かよ!」


「行こうっ! ダンジョンいくら?」


 アポロンの言葉に三眷属と獅子ヌルが乗っかりそうです。すると当然ミージン王女もでしょうね。もう私の中でミージン王女と三眷属が同じ扱いになりそうです。


「ダンジョンとは何ですの?」


「うむ、魔獣や魔蟲がおってのう、危険な場所だ。罠あり迷宮ありでたまに悪魔が宝箱に変化していて脅かしてくるぞ。信仰心の無い死んだ者が行き着く場所と言われておる」


 それ冥府ですよね!? ダンジョンではありませんよね!?


「オーリス様! 行きましょう! ダンジョンへ!」


 ミージン王女、輝かしい未来へ飛び立とうみたいな良い笑顔で言わないでください。ああ、ほら三眷属も興味津々です。獅子ヌルはしょうがないなぁという顔ですね。


「オーリス様?」

「行こうー」

「僕のダンジョン無双がいよいよ始まる!」


「たまにはいいかもねっ」


“行ってらっしゃい。私は影さんを待ちますので”


「オーリス様、それは小さなフラグでは」

「そうねーそろそろねー」

「ほら、来たよ!」


 なんとなくそんな予感はしておりました。影さんの報告によるとアルブ殿下はノバル公国では無く、計画を変更しノバル王国の方へ向かわれたようです。本来の計画通りである戦争の仲裁としてですね。またアルテミスとアポロンを配下に置いたのにはかなり驚かれたようです。


 影さんに再びフレイザー侯爵への伝言をお願いします。ミージン王女と合流した事を伝えねばなりませんからね。心配していらっしゃるでしょう。影さんが行き来するのに三日か四日、このタイムラグは如何ともし難いですね。何か手はないでしょうかね。影さんちょっと待機していてくださいね。


“というわけでアポロンよ、何か考えてください”


「電話みたいな物か? うーん、アテナ姉ちゃんならなんとか出来るかもなぁ」


 あまり会いたくない奴ですね。無い物は仕方ありませんね、現状で満足しておきましょう。


「うむ、そうか。うんうん、わかったわかった。とにかく来てみろ、お前の作った神殿も立派になったぞ」


 アルテミスが誰かと会話していますが……。ええ、この流れはわかっています、はぁ。神同士の会話、これが本当の神話、とかどうでもいい事を考えて現実逃避をしていましたが、雲が割れ神殿に向けて光が差して来ました。こういう演出をしないと登場出来ない呪いでも受けているのでしょうか。もうこれ以上登場人物はいらないのですけれど。

 兜に武装一式、盾と槍を持ったアテナが降りてきました。カイトシールド型のイージス盾にはメドゥーサの首がちゃんと付いていますね。ギョロギョロと見回しています。

 アテナは金髪碧眼で、編み込みがしてある髪は長く、体に一枚布を纏わり付けており胸は大きい方です。


「フハハ! 来たぞ! 久し振りの下界だ! アルテミスが呼んでくれてよかったぞ!」


「よくぞ来た、アテナよ。この神殿を見よ、妾も改修を手伝ったのだ」


「おうおう、良いではないか! 天界と変わらぬ心地よさである」


 アルテミスとアテナが仲良さそうに話している中、ミージン王女は剣の柄に手を置いたままびっしりと冷や汗をかいておられます。アテナ、強いですからね、仕方ありませんね。

 アテナが回りを見渡し、私に気付いてしまいました。


「きゃあああああああああ!」


 私の顔を見るなり悲鳴を上げアルテミスの後ろへ隠れます。失礼な奴ですね。一瞬メドゥーサの叫びかと思いましたよ。


「あ、あんたなんでここにいるのよ! まだ私の処女を狙ってるというの!?」


 先ほどと口調が全然違いますよ。キャラを作っていたのですね。


“狙っていませんし、狙った事はありません”


「アテナよ、此奴は妾と愚弟を負かし、妾達を配下に置いた鬼畜だ」


「鬼畜なのは知ってるわ! こいつのせいで、こいつのせいでー!」


「オーリス様は鬼畜です。そこがいいのです」

「アテナちゃん、おひさー」

「ツヴァイ知り合い?」


「ツヴァイは元々アテナの聖鳥、オーリスが奪ったっ」


“奪ったというのは人聞きが悪いですよ、獅子ヌル”


「あんたが変な契約書にサインさせたからでしょうがー!」


「正当な契約書でした」

「ちゃんと読まないのが悪いー」

「またそれかよ!」


「揃いも揃ってこの兄妹姉妹は馬鹿っ」


「アテナよ、愚弟と同じ手にやられたのか。知らなかったぞ」


「アテナ姉ちゃん、仲間! 仲間!」


 好戦的なアテナは以前の世界で、私に戦闘を仕掛けてきましたが敗北。そうして正当な契約によりツヴァイが私の眷属になったというわけです。


“もうその辺にしておきましょう。さてアテナよ、電話を造って下さい。電話というよりトランシーバータイプで結構です”


「だ、誰が造るか! それよりわたしの鳥さん返せー!」


「と、言っていますが、ツヴァイ?」

「えー? いやよー、戻らないしー」

「だってよ! カエレ!」


“製作依頼を断るならば用はありません。どうぞお引き取り下さい”


「何であんたに言われなきゃいけないのよ! ここ私の造った神殿だし!」


「アテナ姉ちゃん、悪い知らせだ。ここは契約によりすでにそこの魔王の物だ」


 え? 魔王? 大天使では? とミージン王女がびっくりして固まりました。


「えええ! 何てことするのよ! 馬鹿アポロン! 石化しちゃえ!」


 アテナはメドゥーサをアポロンに向け石化させてしまいました。神にも効くのですね、それ。ふむ、ならば。


“アテナよ、ではこの神殿を賭け勝負と行きますか”


「む、また変な要求するんでしょー! その手には乗らないわ!」


“では、ここは私の場所です。見逃してあげますから天界へお帰り下さい”


「むぅ! 見逃すー? このわたしを? 一度卑怯な手段で勝ったくらいで何を増長しているのだ!」


“負け神が何を言っても無駄ですよ”


「貴様ー! いいだろう! 勝負だ!」


 契約書を取り出しサインをさせます。アルテミスと三眷属、獅子ヌルは可哀想な子を見る目でアテナを見ています。ミージン王女はこの状況にまだ付いてこられない状態です。アポロンは石化していますので無表情ですね。


“では、勝負方法は契約書通り、メドゥーサの目をみて石化しなかった方の勝ちという事で”


「な、なにー! あたしでさえ石化するんだぞ! 無効! 無効! この勝負無効!」


“では、私から行きましょう”


 イージス盾中央に首だけ据えられたメドゥーサ。愛する人とアテナの神殿で愛しあっていた、それだけでアテナの怒りを買った。メドゥーサの相手はアテナの好きな人でさえなかったのに。アテナもアルテミスと同じように永遠の処女を義務づけられた女神。つまりアテナはメドゥーサに嫉妬していたのでしょうね。美少女から醜い顔に変えられ、あげく首を切り落とされ盾の一部になったメドゥーサ。さぁ、私を見て、私とお話をしましょうね。


「あ、あ、あああああああああ!」


 メドゥーサの目を見つめていると、その目から涙があふれ声にならない叫び声で泣き始めました。叫び声しか発する事を赦されず、見た物を石化させる事を強制され、誰とも目を合わせる事も出来ず、誰とも話さえ出来ない。普通の女の子だったメドゥーサには耐えがたい日々だったのでしょうね。もう大丈夫ですよ。


『我に従え』


 そう言うと、メドゥーサの醜い顔が元の美しい少女に戻り声を発する事が出来るようになりました。十五歳くらいの見た目、私の眷属になりましたので瞳は茶色から青へ、髪は蛇のままですが嬉しそうに揺れています。


「アルジ様。ありがとう、ありがとう」


 今度は嬉し涙でしょうか、そうでしょうね。また涙がその目からあふれ始めます。


『お前の名は蛇女フィーア。新たな生を我と共に歩むが良い』


「はい、はい!」


「ねぇ! 良い感じに話を進めてるみたいだけど、あたしの盾なんだけど!」


「アテナよ、もうその盾の心はお主を離れておる。何千年も前の制約だ。解放してやれ」


 アルテミスが涙ぐみながらアテナを諭します。ミージン王女の目にも涙が浮かんでいます。


「眷属が増えました!」

「オーリスクインテットになっちゃったー」

「また名前が数字だよ!」


「よろしくっ! フィーア!」


「あたし聖鳥を盗られ、お父様に貰った盾まで盗られて散々なんだけど!」


 ククク、アテナよ。私がそれだけで終えるとお思いですか? アルテミスとアポロンが味わった事を貴方にも味わって頂きますよ。


「あたし昔はワルだったのね、人間界をちょっとだけ参考にしてぇ、天界レディスチーム作ってぇ、特攻服って言うの? 作ってぇ。アフロディーテとかぁ、ディオーネとかと一緒に盗んだ天馬乗り回して青春してたわぁ。トロイアに戦争しかけた事もあったわ。あの頃は若かったなぁ、フフ」


「黒歴史再びですね、オーリス様」

「チーム名は、乙女の誓いだったわねー」

「アフロディーテがいる時点でそのチーム名笑う」


「性に節操の無い奴だしねっ!」


「ちょっと! ナニコレ! 勝手にしゃべってるんだけど!」


「おそらくそれも契約のひとつであろうな。アテナよ、妾と愚弟も恥ずかしい過去を暴露させられたのだ」


「もういやぁっ! こいつに関わりたくない! 帰るぅ!」


 アテナは泣きながらそう言いつつ飛び上がり天界へ戻って行きます。もうひとつの契約のトランシーバーを落としながら。


 アテナが造ってくれたトランシーバーを、フレイザー侯爵とヴォルブ様に渡すよう影さんに伝え、使い方と一緒にお使いを頼みました。アテナの造った物ですので世界中、いえ天界にさえ届く事でしょう。


“蛇女フィーア、その盾は小さくなり私の手首辺りに巻き付く事は出来ますか?”


「出来る、フィーはアルジ様といつも一緒にいる」


 頭だけ盾に付いている蛇女フイーアは盾ごと小さくなり私の左手首に付きました。腕時計のようです。文字盤が美少女の顔で、その髪は無数の蛇が蠢いていますけれど。いつでも私を守ってくださいね。ちらりと左手首を見ると蛇女フィーアが時刻を教えてくれました。便利です。

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