第32話 お互いの黒歴史を述べよ
「ね、姉ちゃん」
アポロンが焦ったような声で呟いています。来ましたか、私達と相性の悪い月と闇の女神、アルテミス。一枚布を身体に巻き付け、手には杖を持つ金髪緑眼でアポロンの双子の姉。
「愚弟よ、魔王と契約を交わすなど言語道断。千年ほど冥府に送るぞ、カスが」
そう言いつつ、手に持った杖で三眷属を弾き飛ばし、その返し手で獅子ヌルの腹を叩きつけます。三眷属達は、あーれーと言いながら山頂の崖から落ちて行き、獅子ヌルは膝をつきます。
杖が変化し弓になると私に向け矢を放ちます。必中の矢ですので避ける事は出来ません。
心臓が鼓動を打つよりも早く矢は私の右肩を貫き、穴を開け後方へ飛んでいきました。次々と第二、第三の矢が飛んできて、私の左肩、左足首を貫きました。
立ち直った獅子ヌルがアルテミスに向かい蹴りを放ちますが、それをいとも簡単に弓から杖に変えて受け止め、再び叩きつけます。
私は身体に空いた穴など気にせずに、アルテミスの方へ錫杖を取り出しながら走ります。
錫杖を中段振り抜きではらいます。それも簡単に杖ではじかれました。さらに下段から上段へ、突き、蹴り、いろいろな技を織り交ぜて叩きつけますが全て受け止められてしまいました。
「どうしたカス共。それでも魔王か。そんなものか? 抗って見せよ」
アルテミスがフハハと嘲笑しながら私の足を払い、私は地面に転がされます。獅子ヌルは、獅子の姿になり前足でアルテミスの顔を殴りつけようとしますが、紙一重で避けます。神だけに。など冗談を考えている場合ではありませんね。
獅子ヌルと眼で合図を交わし、前と後ろから同時に攻撃を仕掛けます。私は前から錫杖で腹を突き、獅子ヌルは後ろに回り背中を上から下に爪で引き裂こうとします。
突きの一点攻撃と爪での袈裟斬りで性質の違う攻撃はどうだ、と仕掛けます。それさえも軽くジャンプして避け、杖を弓に変え上から必中矢の波状攻撃で私と獅子ヌルは穴だらけになります。私と獅子ヌルが膝をつきアルテミスを見上げると、勝ち誇ったように言います。
「つまらん。ここで貴様らは剥製にし、永遠に妾への大罪の罰として磔の刑としてやろう」
空中からすぅっと降りてきて杖を私に向けます。杖の先に徐々に光が集まり始めます。神の怒りと言われるあらゆる邪悪を消滅させる光です。剥製にするのでは?
私は異形の姿に戻り対抗します。
その異形は悪。
全ての世界の恐怖を集めて来たかのような姿形。
口元は歪み、笑い顔は醜く、声は絶望に満たされている。
広げた翼は闇。
羽の一枚一枚が人間を三千回殺すほどの毒を持つ。
大きく幾重にも重なった羽は蜘蛛の巣の様に獲物を絡め取る。
赤く染まった眼球は死。
その眼に魅入られた者は自ら死を願う。
まばたきを忘れ、動きを忘れ、生を忘れる。
『茨よ』
茨を喚びアルテミスの足を絡め取らせる。
『岩よ』
茨で絡め取った上から岩で固める。
『水よ』
水を喚び下半身を水で埋める。
『大気よ』
水を絶対零度で冷やし固める。
『風よ』
風を喚び身体を引き裂いていく。
『
『眷属よ』
崖から落ち、獣の姿で飛んで待機していた眷属を喚ぶ。
眷属達もそれぞれ異形になり、孔雀アインスはその羽を大きく広げ空間をねじ曲げ、梟ツヴァイは足元を結界でさらに固め動きを封じ、蝙蝠ドライは超指向性超音波でアルテミスの右腕を吹き飛ばす。
獅子ヌルは後ろに回り、爪を伸ばし背中から腹に突き刺し穴を開ける。
我は手のひらを頭が包み込めるほど広げ頭を潰し、心臓を潰す。
ここまでやっても奴らは死なぬ。ここいる奴らは依り代に取り憑いた状態でしか無い。殺しきるならば直接出向くしか無い。
やがてアルテミスは頭だけ再生させ言葉を発した。
「ほう、貴様ら。依り代とは言え妾を倒すとはな。名乗り上げる事を許す」
「首だけで偉そうです」
「弟も並べてあげよー」
「双子揃ってさらし首だよ!」
『アポロンよ、契約を果たせ』
「は? 神殿だろ。いいよ、やるよ。あ、あれ? なんだこれ、おい! 何をした!」
アポロンの首から
『契約通り、貴様ら双子の真名は受け取ったぞ』
契約書の特記事項に、勝敗にかかわらずアポロンとアルテミスの真名を差し出す旨を記載しておいた。真名は存在する者(物)の全てを掌握する。そう全てだ。
アポロンがサインをした時点で、もうこの勝負は終わっていたのだ。
「貴様ー! 返せ! 愚弟の契約など我には関係なかろう!」
「ちょちょ、それはまずいって! 真名は駄目! まじ無理!」
アルテミスとアポロンが戯言を発しているが気にせずに、真名を我の身体へ取り込む。うむ、これでよし。双子だからこそ両神の真名を得る事が出来た。僥倖である。
『双子よ、我と我の眷属に逆らう事を禁ず。我の庇護する者どもを直接、間接的に依らず殺傷する事を禁ず』
「さすがオーリス様です!」
「さっさと依り代修復して肩揉んでー」
「おい、パン買って来い!」
「馬鹿! 三馬鹿の言う事は取り消しっ、オーリスの言葉を聞いて」
獅子ヌルが三眷属の頭を順番にポカポカと叩き、傍に控える。
どんな状況でも安定した馬鹿さ加減で安心した。戦闘で昂ぶった心が少し落ちついたぞ。
「ちっ、愚弟よ、覚えておれ! 冥府に三千年送っても飽き足らぬわ」
「ね、姉ちゃん。ごめん、まじごめん! 知らなかったんだよー!」
契約が成した状態で知らぬとはもはや言えぬ。契約を反故にしようにもすでに真名は得た。我に従わぬと言うのならば後は消滅するしかない。
『消滅を禁ず。他者に消滅させる事を禁ず。我以外に消滅させられそうになったならば全力で抗え』
「ちっ、それも禁ずるかよ。ああ、恥だ。魔王に真名を取られるなど前代未聞だ」
アルテミスが依り代を修復しながらそう言うが、前代未聞の恥はまだこれからだぞ、ククク。
『我に虚偽を述べる事を禁ず。お互いの黒歴史を述べよ』
「オーリス様!」
「きちくー」
「さすがだ! 見習わないと!」
「ぐっ、アポロンは
「え!? ちょっと! 姉ちゃんそれ言う!? てか、なんで知ってんの!?」
おいおい、ガイアは一万歳以上の年寄りで十世代以上の子孫もいるのだぞ。依り代を完全に修復したアポロンは、かあああっと言いつつ顔を手で隠しその場に座り込んだ。アルテミスも修復を終え、腰に手を当ててアポロンを上から見下ろしながらフフンと所謂ドヤ顔をしている。
くっそー! とアポロンが言いつつ立ち上がり、アルテミスを指さし一気に言い放つ。
「姉ちゃんは、自室でミニスカートにぴちぴちタンクトップを着て一時間以上鏡の前で可愛いポーズの研究をしている! 黒いゴスロリ服も持っていて、それ着ながらポエムを読んで悦に入っている!」
「うぇっ!? な、なにぃ! お前なぜそれを! いやああああああ!」
今度はアルテミスが手を顔でかくしてしゃがみ込み涙ぐんでおる。ククク、神の羞恥心のなんと甘美な事よ。我を浸蝕した呪言が一気に消え去るほどである。
「ここまでとは……乳はないです」
「うわードン引きー」
「オーリス様、奴らの全信徒にポエムを神託させようよ!」
蝙蝠ドライ、なんと……なんと面白い事を考えるのだ! 素晴らしいぞ。
「そ、それだけはやめてー! もう、いやあああああ!」
アルテミスの目から涙が溢れ出てくる。体中羞恥で真っ赤である。
『乳ポロンにミニスカテミスよ、貴様らは天界で待機しておれ。我が喚んだならば即座に降臨せよ』
「ち、乳ポロン……」
「その名はやめてぇぇえええ!」
乳ポロンとミニスカテミスがぎゃああと叫びながら天界へ戻って行った。我は人間の姿をとり、眷属達を労う。
“君達、よくやりました。素晴らしい働きです”
「オーリス様!」
「えへへー! ほめられたー」
「崖から落ちる演技は千の仮面もびっくりだったよね!」
「あーれーは無いっ。わざとらしすぎ」
獅子ヌルが三眷属をポカポカ叩きながら反省を促していますが、まぁいいでしょう。結果、眷属が増えたような物です。いつか敵対するかもしれませんが、それまで仲良くやってもらいましょう。
さて、神殿を見て回りましょうか。外観はやはり奴らの好きそうなあの世界でのパルテノン神殿のような石造りで、柱が多く荘厳さを前面に出していますね。
中の広さは二十メートル四方ほどしかなく広くはありません。広間が一室のみで信徒が祈る場となっているようです。正面にはガイアの偶像がありましたので、蝙蝠ドライに破壊させます。乳の部分が黒ずんでいましたので、乳ポロンがいつも触れていたのでしょう。特に左乳が黒ずんでおりました。
二階へ向かう石段を登ると部屋が二室あり、寝室と台所のようです。生活必需品や装飾品はありませんでした。ここに住んでいた訳ではなさそうですね。特にこれと言って特徴の無い神殿ですが、ここから見る景色は素晴らしいです。山脈に雲がかかり下は見えませんが、それがより一層神秘さを引き立てています。
“ここを終の住処としてもいいかもしれませんね”
「では、侍女さんも連れてきましょう!」
「あー侍女さん必須ー」
「黒騎士さんも欲しい!」
「オーリスの木像を持ってこようっ」
「ヌル様、素敵な提案です!」
「岩人さんに発注ー」
「主よ、オーリス教を興す事をゆるしたまえ」
“木像はいりません。新たに興しません。梟ツヴァイ、神殿に結界を張っておいてください。ここは候補の一つという事にしましょう”
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