第29話 眷属の中で一番優しい子です


 街の外に出てしばらく歩きます。街の門が遠く見えなくなったところで道の端に寄り声をかけます。


“いい加減、出てきてくれませんか?”


 羊皮紙では無く直接空中に文字を現出させます。

 腕に何かに噛まれた痛みを感じますが、そのままにしておくと、やがて腕を噛んだままの獅子の姿が現れてきました。

 獅子は真っ白な姿をしており、四つ足をついた状態で私の肩くらいの高さがあります。目は鋭く私を睨み、うなり声を上げながら腕を噛み続けています。


“君が現れやすいように他の眷属達を離したのですけれど”


 獅子は私から一度目を逸らし、睨み直すと噛んでいた口を離し人間の女性の姿をとっていきました。

 髪の色は白くストレートで肩甲骨の辺りまで長さがあります。眉も白く瞳は青色、目尻が少し上がっており初めて見る人からは、きつい顔の印象を受けるでしょう。背は私と同じくらいで筋肉質、胸は小さめです。歳は二十歳くらいに見えるでしょうね。

 服はジーンズの様な長いパンツと黒いタンクトップを好んで着用しています。靴は長めのブーツですね。


 眷属の中で一番優しい子です。私が初めて眷属にした子で百年ほど放置してしまった子、獅子ヌルです。

 能力が高く愛情深いそして残忍で冷酷、私の代わりを務める事が出来るほどの力を与えました。


「オーリス、放置しすぎっ。嫌いになった?」


 獅子ヌルが上目遣いに、不安げに聞いてきます。


“いいえ、そんな事はありません。君は強すぎますから、あちらでは出番が無かっただけですよ”


「向こうで喚ばなかったからオーリスが死んだっ。わたしを喚ばなかったからっ!」


“そうですね、喚んでいたら君も巻き込んでいたでしょうからね”


「違う! わたしは死んでもいい。オーリスは駄目っ!」


 私の騎士服の袖を掴んで言い寄ります。


“気を付けますね、私も死にたいわけではありません”


「ここでは死なせないっ、わたしは役に立てる?」


“こちらでは天命はありませんし、のんびり旅でもしながら生きようと思います。信徒は確保していきますけれどね。ですので一緒にのんびりしませんか?”


「わかった。でもあのクソ女がいるっ。あいつ絶対邪魔になる、殺そう?」


“ガイアですね、わかっています。いずれ何とかしますよ”


「うん」


 獅子ヌルは眷属召喚の時にこちらにすでに来ていて、不可視化しながら私を守ってくれていました。この子が本気で不可視化すると他の眷属達には察知する事は出来ません。

 私はこの子がいたから安心して行動を起こせたという事ですね。


“獅子ヌル、国境へ行きましょう。私を乗せて下さい。飛ばずに走って行きましょう”


 そう言うと獅子ヌルは人間の姿から獅子の姿へと戻り、足を折り背に乗りやすくしてくれます。背に座ると立ち上がり道を走り始めます。

 速度は眷トラの比ではなく、景色を追うのがようやくなほど速く進んでくれます。不思議と振り落とされそうになる事はなく、腰はしっかりと獅子ヌルの背に張り付いています。

 獅子ヌルから嬉しそうな感情が伝わってきます。こうして背に乗るのは久し振りですね。

 私も嬉しいですよ、獅子ヌル。


 やがて国境の出入国管理砦が見えてきました。五年前にノバル公国がノバル王国より独立をした為に急遽作られた砦だそうです。

 ノバル王国方面の砦は石造りのしっかりした物らしいのですが、こちらは木造で櫓と兵士詰め所しかありません。

 兵士が見回っているでしょうけれど、回り道すれば密入国できそうな感じがします。


 砦のずっと手前で獅子ヌルには人間の姿をとってもらい、二人で歩いて砦に向かいます。



「お、二人か。ずいぶん少ないな、大丈夫か?」


 砦の兵士さんがこちらの人数に心配をしてくださいます。


“はい、こちらの女性は強く頼りになりますから”


 そう言うと獅子ヌルは誇らしげに小さな胸を張ります。その胸に兵士さんが視線を取られながらも、商人登録証と通行証の提示を求めてきましたので、渡して確認して貰いました。


「通って良いぞ、気を付けてな」


 お礼を言って砦を抜けると、ノバル公国の出入国管理砦がすぐに見えてきます。

 ここでも登録証と通行証を提示します。


「おう、通行証は問題なし。通行税を出せ」


 野盗のような態度と言葉で税という賄賂を求めてきました。公国側は兵士の管理がきちんと出来ていないようですね。三人の兵士がニヤニヤと下卑た笑いをしながら、獅子ヌルを不快な視線で見分しています。

 ノバル両国では五年もの間、戦争を続けていますので兵士崩れの野盗が出るらしいのですが、まさか国境の砦の兵士が野盗という事はないでしょう。


“お金は持っていないのですが”


「はぁ? 商人が金を持ってないって事あるかよ。怪しいな、手ぶらの商人というのもおかしいぞ」


「王国の諜報かもしれんなぁ」


“商人にもいろいろいるかと思われます”


「御託は良い、金が無いのならそこの姉ちゃん置いていけや」


「お前みたいな貧弱そうな兄ちゃんには似合わねぇよ」


「そこの兄ちゃんは取り調べの後、諜報でしたって事で処刑だな、ヒヒ」


 兵士がそう言いつつ剣を抜いた瞬間、三人の兵士の首が取れ地に落ちていきます。

 隣を見ると爪を伸ばし、腕を振り切った獅子ヌルが見えました。顔は怒りに満ちています。

 相変わらず短気ですね。


“死体が残らないように”


 そう伝えると、獅子ヌルの身体から闇が這い出て死体と血を吸収していきます。

 兵士詰め所にも何名かいるようですので、この砦が無人になるという事はないでしょう。

 気付かれる前に移動しましょうね。戦争をしに来たわけではなく、観光なのですから全滅はしなくて良いですよ、もう爪を戻してください。



 二人でゆっくり歩いて公国の公都を目指します。時折商人と思われる馬車とすれ違い、手を上げ挨拶を交わします。

 広い平原の中にたまに木が生えているくらいで森は見えません。森が見えない風景というのは、ロムダレン国では森があるのは至極当然の事でしたので不思議に思えますね。

 そんな事を考えていると左手に湖が見えてきました。馬車が何台か止まっており、人が水浴びをしたり食事を取ったりして休憩しているようです。


“そこの湖で少し休憩しましょう”


「休憩なんていらないっ。疲れてないし疲れない、知ってるはず」


“人間の様に振る舞ってみましょう。さぁ、行きましょう”


 そう言って獅子ヌルの手を取り湖の方へ歩きます。獅子ヌルは恥ずかしそうに俯いておずおずと着いてきます。手を離そうとはしません。

 そう言う所は人間の様ですのにね。


 先に休憩をしていた人達からは離れ、ふたりで湖の傍に座ります。

 私は裸足になって水に足を着けて座りました。水の冷たさが心地よいですね。

 この湖は大きく、船を出して漁をしている人々が見えます。


「オーリスはこの世界で何をしたい?」


 湖をじっと見つめていた獅子ヌルが私の方を向いて聞いてきました。


“ゆっくりと旅をして、君や眷属達とのんびり暮らせる場所を探したいですね”


「でもあいつがいる」


“そうですね、もう挨拶は交わしましたからこれから先、いろいろと干渉してくるでしょうね”


 獅子ヌルは私の言葉に苦々しい顔をし、その顔を見せたくないように湖の方を向き直します。


“それに、放っておけない方々がここにいました”


「オーリスの羽と魔王?」


“ええ、そうです。羽は、フレイザー侯爵達は私の一部ですからね。君も聞いていたと思いますが、私があの人達を狂わせてしまいました。人間はどうでもいいのですが、すでに同族となったあの人達は幸福になって欲しいと思います”


 その幸福がどう言う形で幸福と言うのかは別として、ですね。視点の違いですね。


「魔王は?」


“ヴォルブ様はいずれ覚醒なさるでしょう。その時にヴォルブ様自身が決めるでしょうね。この世界を導くのか、滅ぼすのか……。どちらを選ばれるにしても私が居た方がいいと思いませんか?”


「うん。これ、主がオーリスから魔王に渡せって」


 獅子ヌルが、闇の中から出した物は王冠でした。全体が鈍い金色で装飾は少なく正面に金剛石が付いているのみです。


 金剛石の付いた王冠ですか……。


 その王冠を私の闇に取り込み直します。


「オーリスが何をしようと、何処へ行こうとあたしは傍に居るからっ」


“はい、よろしくお願いします”


「うん」


 獅子ヌルは、すっと立ち上がり湖を睨むように見ると、足を肩幅に開き、右足を少し後ろへ左足を前へ出し、腰を落とし左手を前に右手のこぶしを返して腰に持っていきます。

 ふっと息を吐くと同時に左手をすばやく引きながら、右手を前に突き出しました。正拳突きという一撃必殺の技ですね。


 湖が割れこぶしから付き放たれた風圧が、漁をしていた船を弾き飛ばしながら湖面を走ります。それは湖の対岸まで届き、なおも止まる事をせずに見えなくなりました。


「よしっ」


 獅子ヌルの頭をポカンと叩き、呆れたような態度を取って見せます。


“何がよしですか。大方気合いを入れるとかそのような感じなのでしょう?”


「うん」


 なんて傍迷惑な。休憩していた馬車の方々はこちらに気づき始め、居づらくなってきました。さて行きましょうと獅子ヌルの手を取って、街道に戻り歩き始めます。

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