第27話 王命「獣人になろう」


 王都門に着くと門番さんが門を通る人全員に何かを配っています。

 受け取った人は苦笑いしながらも、それを頭につけたり腰につけたりしているようです。


 黒騎士さんに入都手続きをしていただきましたが、何かを手に持って戻って来られます。

 それを全員に配りました。


「王命です。これを頭、腰につけてください」


 こ、これは……。所謂猫耳、犬耳、狐耳、そしてそれらの尻尾……ですね。


“なぜこのような事に?”


「はっ! 王命により、これから獣人を迎えるにあたって少しでも違和感のないよう、まずは見た目で慣れさせようという事らしいです。王命「獣人になろう」だそうです」


 な、な、なんて画期的な! ヴォルブ様しか思いつかないような施策です。

 皆、恥ずかしながらも王命ですから、おずおずと付け始めました。

 私は猫耳、猫尻尾をつけます。

 ミージン王女も同じく猫、フレイザー侯爵は狐、眷属達は自作でそれぞれ犬、兎、エルフ。エルフ!?

 黒騎士さん達は犬、ミージン王女の護衛騎士さん達は猫を選んだようです。


「私はオーリス様の忠実な犬ですわん!」

「これいいかもー可愛いぴょん」

「森から来るならエルフでしょ!」


「オ、オーリス様。どうでしょうか、わたくしに似合っておりますでしょうか?」


「王女殿下、そこはきちんとしてくださいわん!」

「語尾に「にゃ」つけなきゃーだめぴょん」

「王命だからね!」


 語尾は王命ではありませんが、ミージン王女の言う姿を見たいので黙っておきます。


「わたくしに似合っておりますかにゃ?」


 フレイザー侯爵が、か、可愛らしいコーン! と言いつつ倒れ込みます。


 その姿のまま王城まで歩いて戻ります。

 周りを見回すと皆さんきちんと獣耳をつけていらっしゃるようです。

 中には自作と思われる耳や尻尾、着ぐるみまでされている人もいらっしゃって非常に賑わっています。皆さん笑顔です。

 これ犯罪者達もやっているのでしょうかね。牢の中とか。



 王城へ着くと銀騎士さんからそのまま王の執務室へと案内されました。

 銀騎士さんはフルへルムの上に熊耳でした。


「よう、オーリス! ミージンも戻ったか。どうだ? 獣人の村は」


「オーリス様、お帰りなさいませ! 私は寂しくて何度森へ入ろうとした事か!」


 王は獅子のたてがみ、マリスさんは犬耳をしていらしゃいます。


“ただいま戻りました。獣人達は皆笑顔で、楽しく暮らしていらっしゃいました”


「父上、ただいま戻りましたにゃ。村では皆様仲良くして頂いてとても充実しておりましたにゃ」


「にゃ? なんだそれ」


「お、王命では? 語尾に獣言葉を……にゃ」


「そんな王命は出してないぞ、姿だけだな! しかしミージン可愛いぞ!」


 ミージン王女は顔を真っ赤にされて、俯いて肩をぷるぷる震わせていらっしゃいます。


「公務で獣言葉はなしです」

「ないわー」

「ないにゃ!」


「あ、あなた達はー!」


 ミージン王女が剣を抜き、眷属達を追いかけ回します。

 しばらく放っておきましょう。


“ヴォルブ様、この王命獣人になろう、は素晴らしいですね。私には思いつきません”


「はっはっ! そうだろう? 評判はいいみたいだ。とりあえず王都だけな」


 ミージン王女と眷属達の追いかけっこは執務室の外へと舞台を移したようです。


「獣人の村で不足はないか?」


“不足はないようですね。海に行きましたが村から海が近いですね。獣人の村で港を見ました。岩人さん達が造ったいい港でした。おそらく人が造るより良い物が出来ると思います”


「ほう、岩人か。初めて聞くな、どういう人種だ?」


“人より背は小さく、顔は髭で埋まり、体の筋肉が発達しております。物作りにけ、作業効率が良く、繊細ですね。いま獣人の村にはひとりしかいません”


「ひとりか、気にかけておこう。どう言った物を造るかわかればいいんだがな」


「陛下、これが岩人様の手による物です」


 そう言ってフレイザー侯爵が王に出された物は、私の木像でした。


「ぶはっ! あっはっはっ! これオーリスだな! いや、出来は素晴らしい、うむ。しかしオーリスとは。はっはっはっ!」


 やはり笑いが止まらなくなっていらっしゃるようです。


「フ、フレイザー侯爵! こ、これを私にくださいっ! ハァハァハァ」


 マリスさんがフレイザー侯爵に迫ります。


「オーリス様を崇め、愛す者に渡すようにと岩人様より承っております。宰相閣下には当然お渡し致します」


 ひとつマリスさんに手渡されました。


「ハァ、オーリス様。なんと素晴らしい出来! 陛下! 岩人様に爵位授与を! そして王都広場にもっともっと大きい、王城より大きいオーリス様像を!」


“黒騎士さん”


 黒騎士さんはすぐさまマリスさんを小脇に抱え、執務室を出られました。

 黒騎士さんありがとうございます。


「執務机に飾っておこう、あっはっはっ、しかし本当にいい出来だ」


「陛下、染色職人に色を塗らせてはどうでしょうか」


「お、フレイザー、いい案だな。試しにさせてみよう」



 嫌な流れですので強引に流れを変えましょう。このままではいつまでも笑い物になりそうです。


“教会接収の影響はどうですか?”


「大きな混乱はないな、むしろ民は無くなって喜んでいるかほっとしているようだ」


“そうですか、よかったですね”


「大教会で虐殺があった事の影響が大きいな。三百人近く亡くなっているし貴族街だったからな。亡くなった民の家族には一時金を、生活できない家には補助金を出すようにした。

貴族当主もいたらしくてな、急な相続などで一番区はまだ騒がしいな」


“なるほど、迷惑な大司教でしたね”


「お、おう……そうだな」


 部屋へ戻って良いと許可がでましたので、執務室を退出し貴賓室へ戻ります。

 部屋に入ると侍女さんは兎の獣耳と尻尾を付けていらっしゃいました。


「侍女さんは兎ですわん」

「あたしと同じぴょん」

「侍女さん似合ってるよ!」


「ありがとうございます……ぴょん?」


 アルブ殿下排除、ガイアに宣戦布告、大司教を追い返す、獣人の村と立て続けに忙しい日々を送ってきましたので、しばらくゆっくりしましょう。


◇◇◇


 何をするわけでも無く、三日もだらだらとすると眷属達が飽きたようで、何処かへ連れて行けコールと何かしようコールが五月蠅くなってきます。



“旅に出ます”


「ついていきます!」

「いくいくー」

「ゴー! ゴー! ウエスト!」


“西には行きません。北ですね”


 ヴォルブ様への謁見願を侍女さんに届けてもらいます。

 しばらく待つとヴォルブ様自ら銀騎士さんと貴賓室へ来室されました。

 本当はいけないのでしょうけれどフットワークの軽い、そういう王様です。



「よう、オーリス! どうした? 何かあったか?」


“北へ旅に出ます。目的は特にありません”


「お、そうか。わかった、必要な物はあるか?」


“いいえ、徒歩で行きますし、今回は申し訳ありませんが護衛はいりません。諜報さんもつけないでいただきたいです”


「む、諜報なしか。諜報の居る街があるがそれはいいな?」


“はい、そこまで我が儘はいいません”


「わかった、念の為に諜報と連絡を取る符丁を教えておく、俺と連絡取りたい時は使え」


“ありがとうございます”


 あっさりとヴォルブ様に許可を取り、フレイザー侯爵とも打合せを済ませ、書き置きをします。

 王都を出るまで黒騎士さんが護衛をして下さり、別れを告げ出発しました。

 服装は以前お借りしていた騎士服にしました。


「オーリス様、供が私達だけですので気軽ですね」

「家族水いらずー?」

「ねー歩いて行くのー?」


“歩きですよ、ヌルが居れば便利なのですけれどね”


 ちらっと後ろを見ます。


「三体でオーリス様を乗せる騎馬を作りましょう!」

「おー!」

「おー!」


 三体はバランスを考慮したようで、背の低い蝙蝠ドライを先頭に手を組み合わせ、騎馬を作ります。

 ニホン人がやる運動会の時の騎馬戦と言えばわかりやすいでしょうか、そうですね。


「さぁ! オーリス様どうぞお乗り下さい」

「乗って乗ってー」

「僕達が歩くのは変わらないじゃん!」


 三体が作った騎馬に乗ります。思ったより悪くない……?


“さぁ、あらためて出発です”



 最初は皆様子を見ながらゆっくりと、やがて慣れてくるとだんだんと速度を上げていき、馬車さえも追い越すような速度で移動を始めます。

 追い越す時や、すれ違う馬車がびっくりして二度見しているようです。

 前方に梟ツヴァイが結界を張っていますので、風を感じることもなく快適ですね。



「オーリス様、乗り心地はいかがですか?」

「これ意外と楽しいー」

「この騎馬に名前付けようよ!」


「眷属トライアングル」

「略して眷トラー」

「軽トラ!」



 馬車を抜いたり、飛び出してきた野獣を撥ねたりしながら二時間ほどすると街が見えてきました。

 外壁は王都ほどではないもののしっかり石積みで造ってあります。

 眷トラに乗ったまま街門へ向かいます。


「おわ! 何だ? 人に乗ってるのか。身分証を出してくれ」


 ロムダレン国では外業をする人や、旅人の為に身分証を作っているとの事で、私と眷属の物も作ってあります。

 通常は王城前や各街の役場的な所で発行しているのですが、私達のは王城で作りました。

 という事で特別製です。優遇措置があるそうなのですが、それが何かは聞きましたけれど聞いていませんでした。


“はい、こちらです。お願いします”


「んんー? 何だコレ、見た事ないぞこんな身分証。偽造か?」


“偽造ではありません”


「しかしなぁ、おーい、門長を呼んでくれー」


 どうやら偉い人に聞かれるようです。

 しばらく待つと、門長と呼ばれる方がいらっしゃいました。

 門番の人が門長に私達の身分証を見せています。

 悪い事はしていないのですが、こう言う時はドキドキしますね。


「偽造だな。見た事がない。偽造は重罪だ。牢へ入れろ」


 なるほど、優遇措置とは牢へ泊まれると言う事ですか。いや、なるほどじゃありません。いきなり最初の街で旅が頓挫しそうになるとかどういう事でしょう。


 その後、眷属達に大人しくしておくよう言い含め、牢で静かに待っていると、この街を治める街長がやって来られました。が、やはり見た事がないという事で王都判断になり、王都へ護送される事になりました。


 護送用馬車に揺られ王都へ戻ります。

 王都門で私に気付いてくれないかなと期待しましたが、よく考えますと出門、入都の手続きは全部黒騎士さんがやって下さっていたので、私の顔を覚えている人はいませんでした。

 ここで、王かマリスさんを呼んでくださいと言っても、犯罪者の戯言に聞こえると思いますので黙って護送されます。


 当然ですが、護送している兵士の方々は獣耳、尻尾を装着しました。ええ、私達もです。



 王城近くの牢へ入り待っていますと、黒騎士さんが飛んでこられました。


「やはりオーリス様! なぜ牢へ?」


 牢番さんが、どうも私に似た人が牢に入っているようだと、上に報告して下さったようです。

 黒騎士さんに事情を説明し、とにかくここでは何ですからと貴賓室へ行きます。

 

 しばらく待つとヴォルブ様がお呼びとの事で執務室へ向かいました。



「よう、オーリス! 旅はどうだった? はっはっはっ!」


 楽しそうにこちらを見て笑っていらっしゃいます。


“そのご様子だと事情を聞いていらっしゃるようですが”


「おう、聞いたぞ。王城発行身分証が通じなかったようだな。いま調べさせている」


「魔王様、あの街を壊滅させる御許可を」

「やっちゃおー!」

「いよいよ僕の街壊滅パンチを見せる時が来た!」


「却下。だめに決まってるだろ、いい経験しただろ? 入門拒否などなかなかないぞ、護送もな」


「では、どこまでならばよろしいですか?」

「とりあえず半壊は行きたいよねー」

「そもそもの原因は門だよ! 最低でも門は壊そうよ!」


「どれも却下。大人しく菓子食っとけ」



 眷属達は文句を言いながらもヴォルブ様の言われた通り、菓子を食べながら大人しく座っています。

 しばらく待つとマリスさんが来られました。


「オーリス様! 私に黙って! 旅などに出るから! もう何処へも行かないでください!」


「まぁ、落ち着けマリス。わかったか?」


「はい、今回発行された身分証は偽物。発行した者は教会に繋がりの強い貴族でした」


 地味に効く嫌がらせですね。


「逆恨みかよ」


「そうですな、一族郎党死刑が妥当かと思われます。陛下、ここにサインを」


 感情のない声でマリスさんがおっしゃいます。マリスさんが出された羊皮紙には、死刑執行命令書と書かれてあります。


「一族郎党はやりすぎだな、本人だけでいい。王命に逆らったのだからな」


 王命、披露目の時に全面的に協力するとおっしゃった事ですね。


「オーリスは敵対勢力のあぶり出しに使えるな……」


 ヴォルブ様は小声でおっしゃっていますが、聞こえております。


「魔王様、オーリス様を餌にするおつもりで!」

「悪い奴らが寄ってくるー」

「悪玉ホイホイかよ!」


「悪玉ホイホイが何かわからんが語呂がいいな、作戦名悪玉ホイホイを発動する!」


「なんというお気楽魔王様」

「老人ホイホイでもあるー」

「魔王様、成功報酬はいかほど?」


「おう、一掃されたら王都貴族街に屋敷をやってもいいぞ」


「屋敷と言えば執事の出番です!」

「庭でのんびり午後ちゃー」

「屋敷! メイド! いけませんいけません旦那様!」


“ヴォルブ様。屋敷は要りません。いえ、何も要りません”


「そうですぞ、陛下。オーリス様は私と住みますからな!」


 ちらりと黒騎士さんを見ると、いつでもいいですよと言いたげに頷いてくださいました。

 頼りになります、黒騎士さん。


“新しい身分証はいつ出来ますでしょうか”


「おう、すぐ出来る。もう日が暮れる、旅に出るのは明日がいいかもな」


 ヴォルブ様がそう言われ、退出して良いとの事で貴賓室へ戻ります。

 執務室を出た時にミージン王女の護衛騎士さんが見えました。


 嫌な予感がします。



 部屋へ戻り、侍女さんのお茶を楽しんでいると、銀騎士さんが身分証を持って来て下さいました。

 こんな事に銀騎士さんを使って申しわけありません。


 さて、嫌な予感は当たりそうです。銀騎士さんが出られる時に、またミージン王女の護衛騎士さんが見えました。

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