第26話 ミー姉は意外と大きいにゃ


「オーリス様!」

「あー戻ってきたー」

「オーリス様、お風呂行こうよ!」


「風呂はあたしとミー姉が先なのにゃ。お前らは井戸水で充分なのにゃ」


「猫の口がパクパク動いてますが何も聞こえません」

「何て言ってるんだろうねー」

「アーアーキコエマセーン」


「三馬鹿の言う事も聞こえないにゃ!」


 テリサさんはミージン王女の手を取るとお風呂の方へ向かって行きました。

 護衛騎士さんもついて行かれます。風呂場前で待機されるのでしょう。



「オーリス様、そろそろいいのではないでしょうか?」

「ラッキースケベにちょうどいい頃合いー」

「裸はどうでもいいけど、驚愕する顔を見たい!」


“君達だけで行ってきてください”


 行くぞー! と三体は勢いよく走って行きました。

 第一関門は黒騎士さんですよ。警戒をお願いしておきましたからね。

 黒騎士さんは三体のパターンを覚えつつありますから、手強いでしょうね。


「オーリス様。楽しんでおられますか?」


 小さめの酒樽を手にブラドさんが横に座られます。


“楽しんでいますよ。この前よりも皆さんの表情が柔らかくなったと感じますね”


「はい、不安が消え、皆楽しくやっております」


“王は獣人の事に心を痛めておられました”


「そうですか。王様が……」


“王都の状況が変わりましたら、いずれここに獣人の今後の事を話し合いに、折衝役が来られるでしょう。”


 ブラドさんは黙って聞いておられます。


“帝王国に渡った獣人でこちらに戻る事を望むのならば、王は外交を通じて帝王国と交渉するとお約束下さいました”


 ブラドさんが驚き、手元のカップを落としそうになりました。


「なんと、そこまでしてくださると。ありがたい事です。本当に……」


“時間はかかります。帝王国との国交は始まったばかり、そう頻繁にあちらへ行こうにも距離の問題もあります”


「それでも! 俺たちはその希望を夢見る事が出来ます! ありがとうございます」


 ブラドさんが深く頭を下げられました。


“全て王が成されることです。いずれ王は森を抜け海に道を繋げたいようです。その時に協力出来ることがあれば是非ご協力下さい”


「はい、それはもう! 皆にも伝えておきます」


“それと王都の教会は王が全て接収なさいました。実質的にこの国ではガイア信仰教は活動出来ないでしょう”


「なんと! ありがとうございます」


 ブラドさんは再び驚き、今度はカップを落としてしまいました。


“獣人達だけの為ではありません”


「はい、それでも今よりはいい状況になっていく事に違いはありません」


 少し夜風に当たってきますと、涙を隠しながら村の外へと向かって行かれました。

 お墓の方向ですね。



 宴が佳境に入る頃、黒騎士さんが眷属三体を数珠つなぎに縄で縛り連れてきます。


「オーリス様! 捕まりました」

「れんこー」

「魔王様には内緒にしててよ!」


 黒騎士さんさすがです。

 縄は自分たちで簡単に解けるのでしょうけれど、敢えてこうしている事が眷属達のいい所ですね。


「オーリス様、素晴らしいお風呂でしたわ! 森の中で星を眺めながらのお風呂は言葉に出来ないほど感激しました」


「ミー姉は意外と大きいにゃ」


 ミージン王女とテリサさんがお風呂から戻られました。

 人として大きいのでしょう。そうに違いありません。


 私も黒騎士さん達とお風呂に入り、途中眷属達、子供達も混ざりお風呂を堪能しました。



 翌日、早朝からすでに水着姿をしている眷属達の海水浴コールに負け家を出ます。

 海へ行くなら竿もってけー、と岩人さんが釣り道具一式を貸して下さいました。

 同行者は私、ミージン王女、フレイザー侯爵、眷属達、護衛騎士さん達、黒騎士さん達、案内役のテリサさんの十一名です。


 村から歩いて二十分ほどで着くそうです。割りと近いですね。



 さぁ、海が見えてきました。潮の匂いがしてきます。眷属達はいても立ってもいられず走り出します。

 ゆっくり歩いて眷属達に追い付くと、呆然としておりました。


「オーリス様!」

「砂浜がないよー」

「岩だらけだよ、磯だよここ!」


「砂浜って何にゃ?」


「海と接する所が大量の砂なのです。ああ! オーリス様と砂浜を駆ける事ができないなんて!」

「きゃっきゃっうふふしたいわー」

「延々と磯しかないよ!」


 そこに砂浜はありませんでした。眷属達の言う通り延々と磯が続いています。

 なるほどそれでテリサさんは物好きだと言われたのですね。

 ミージン王女は五百年生きてきた中で海に来た事もあるのでしょう。王女としては初めて見るはずですが、驚きはありませんでした。


“帰りますか”


「オーリス様!」

「いやよー」

「せめてでかい魚釣ってやる!」


 眷属達は釣りの用意を始めました。


“テリサさん、ここから帝王国へ出す船はどこに泊めていたのですか?”


「もう少し向こうに泊めてたにゃ。岩人達が磯を削って泊められるようにしたにゃ」


 テリサさんは右側を指さしその方向を教えて下さいます。

 見ると、確かに磯を削ってあり、大きめの船でも泊められるよう小さな港のような物がありました。岩人さん達すごいですね。


 私とミージン王女一行はその港の方へ向かって歩きます。

 港には作りかけの十人くらい乗れそうな船と、漁に出る為の船でしょうか、三人で定員のような小さな船がありました。


“この作りかけの船は?”


「村にいる岩人がひとりでコツコツ作ってたにゃ。もう歳だから身体がもたんって今は放置してるにゃ」


“そうでしたか。さて、ミージン王女、何をしましょうかね”


「散策日和ですわ。ゆっくり散策をいたしましょう」


 なるほど、そうですね。海に来ることは滅多にありませんしね。


“梟ツヴァイ、私達に結界をお願いします”


 結界を張ってもらいそのまま歩いて海の中へ入っていきます。

 結界が海水をはじき返し私にはかかりません。

 どんどん進んで行くと海中散歩をしているような気分になってきます。


「オーリス様! こんな体験が出来るなんて! 感激ですわ」


「ふーむ。素晴らしい。海の中がこうなっているとは、いや世の中知らない事がまだまだありそうですね」


 ミージン王女とフレイザー侯爵が感激され、海の中を眺めながら私について来られます。

 護衛騎士さんと黒騎士さんも喜ばれているようです。

 テリサさんは怖々とミージン王女に縋り付きながら歩いています。


 小魚の群れ、それを追う大きな魚、海底には蟹、海老、珊瑚のような物、いろいろな物が見られ飽きさせません。


「このまま帝王国へ歩いて行けそうですわね」


 ミージン王女が言われますが、ちょっと無理でしょうね。


“空気が必要ですから人間なら五分ほど、私達ならば二十分ほどしか中にいられないでしょうね”


「そういう物なのですね。けれど楽しいですわ!」


 前方から向かってくる物体があります。

 水中眼鏡とシュノーケルを付け、ものすごい勢いで泳いで来て、テリサさんの目の前で急停止します。


「にゃー! なんにゃー!」


 テリサさんは驚愕してその場に座り込んでしまいました。


「猫がびっくりしてます! 成功です!」

「もらしたー?」

「猫にまっしぐら!」


 眷属達がテリサさんを驚かせようと、海中を泳いできたようです。水中眼鏡やシュノーケルを見た事がないこちらの人は怪物かと驚くでしょうね。


 海中散歩を終え港まで戻ります。皆さん喜んでいたようです。


「オーリス様、三馬鹿を釣りの餌にするにゃ!」


「にゃー!」

「なんにゃー!」

「じょばー」


「じょばーはないにゃ! ホントに頭に来る馬鹿達にゃ!」


 じょばーはなかったのですね。よかった。



“そろそろ王都へ戻りましょうね”


「もう帰るにゃ? もっといればいいにゃ。三馬鹿以外」


「テリサ、またきっと来ますからね。約束です」


 ミージン王女とテリサさんは手を取り合い約束を交わしています。

 村へ戻り皆さんにお礼を言って王都への帰路につきました。

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