第20話 神の奇跡、ですか


 ミレガン侯爵邸に入り屋敷正面へと回り、馬車を降ります。

 侯爵邸使用人が会場へと案内してくれます。

 眷属達は獣の姿になり夜の闇に紛れ、会場近くの庭で待機するよう申しつけています。



 会場は広く五十メートル四方はありそうです。

 その分、柱が多くありますが柱の装飾が美しく煩雑さを感じさせませんね。

 招待客はほぼ揃っているとの使用人の言葉で、周りを見回すと皆それぞれに料理や飲み物を楽しんでいるようです。


「御使い様。ミレガン侯爵に挨拶に行こう」


 アルブ殿下がおっしゃり先導して下さいます。

 会場、奥の方に進むと一人の男性と二人の女性が歓談しておられました。



「ミレガン侯爵、御使い様をお連れした」


 アルブ殿下がそうおっしゃって私を引き合わせてくださいます。


「ようこそいらっしゃいました。御使い様。メルビン・ミレガンです。侯爵を賜っております」


 侯爵は起立のままで挨拶をし、にこやかに笑いかけて下さいます。


“初めまして、ミレガン侯爵。オーリスと申します。御招待くださりありがとうございます”


「御使い様、妻のティアと申します。よろしくお願い致しますわ」


「初めまして御使い様。娘のエリノアと申します」


 侯爵夫人とエリノア様が次々と挨拶を交わして下さいました。


 三人とも聖皇国の現人神と思われる「ミシェル・ハーべストの加護」が資質として見えます。

 侯爵家の使用人にも同じ物がありました。

 私の教戒は効かないという事ですね。

 加護を与えられる点で、私と同格かそれ以上の存在だという事はわかりました。


「御使い様。お披露目の際、天使様の降臨を拝見させていただきました。素晴らしいですな! 初めて見ましたが天使様のなんと神々しい事か!」


 ミレガン侯爵が興奮した様子で声をかけて下さいます。


「ええ! 私も拝見させていただきましたわ。美しく気高く気品があり本当にいらっしゃるのですね」


「しばらく見とれてしまいましてぼうっとしましたわ」


 侯爵夫人とエリノア様もそれぞれ感激して下さったようです。


“ヴォルブ陛下の治世に神がお応えになったのでしょう”


「そうですな! ロムダレン国は安泰ですな!」


 ミレガン侯爵が夫人とエリノア様に目で合図を送ったようです。

 その合図に夫人はそっと離れていき、エリノア様はアルブ殿下を誘って料理の方へ向かわれました。



「少しお話をよろしいですかな、御使い様」


“ええ、もちろんです”


 ミレガン侯爵から近くの椅子を勧められ着席します。


「御使い様はこの世界をどうされる、いえ何か神の使命を持って降り立たれたのですかな?」


“はい”


「その使命とは?」


“ヴォルブ陛下にお話ししております”


「私にはお話しくださいませんかな?」


“はい”


「ふーむ。アルブ殿下にお聞きしても、まだ自分の中での考えが纏まらない、と言われるのでですな。なにか国にとって重大な事を、陛下にお伝えしたのではないかと懸念しましてな。私がお助けする事が出来ればと思いまして」


“アルブ殿下が戴冠されましたらエリノア様は王妃陛下ですしね”


「そうです。国の事はもちろんですが娘が国の為に尽くす際に、懸念があり心を悩ますようですと親心としましては何か出来ないかと思いましてな」


 いやお恥ずかしい親馬鹿でして、とミレガン侯爵が近くの給仕を呼び飲み物を二つ持ってこさせ、私の前にグラスを置かれます。


「飲み物がまだでしたな、大変失礼致しました」


“いいえ、頂きます”


 グラスをお互い持ち上げ目で乾杯の合図をとり飲みます。

 赤ワインですね。まだ若い。侯爵家のパーティーで出すようなワインではないような気がします。

 毒は入っていません。


「む。ワインがまだ若いですな。少しグラスをお貸し下さい」


 そう言って私のグラスを手に取り、両手でそっと包み込みます。


「さぁ、これをお飲み下さい」


 そのグラスを私に返し飲むのを促します。

 口をつけ、味を見ると年を経た芳醇な深い味わいに変わっています。


“ああ、美味しいですね。先程とは全く違います。魔法ですか?”


「そうでしょう。魔法ではありません。神の奇跡ですな」


「ああ、執事としてオーリス様のお傍にありたい」

「なにあの給仕、仕込みー?」

「自慢かよ! 僕なら血に変えられるよ! お前のな!」


 私には眷属達の声が聞こえてきますが、気にしない事にします。


“神の奇跡、ですか”


「はい、私は御使い様と同じく神に奇跡の行使を許された者。どうでしょう、お互い協力出来る事があると思いませんか?」


 ここでお断りしたい所ですが、それではミレガン侯爵が何をしたいのかわかりませんね。

 信仰が違いますのでいつかは敵対すると思いますが、今ではないかもしれません。


“ミレガン侯爵の協力とはどう言った事でしょうか”


「この世界の為です! 戦争、飢餓、病気、あらゆる事から世界中の人々をお救いするのです!」


“それは素晴らしい事ですね”


「そうでしょう! これは神に与えられた試練。神の奇跡を行使出来る我々にしか出来ない事なのではないですかな」


“そうですね。天命とも言えます”


「さすが、おわかりになっていらっしゃる!」


 どの神の奇跡かはともかく、おっしゃっている内容は私がしようとしている事と同じですね。

 ただお互いに「どの神」なのかが重要なのでしょうね。


“ミレガン侯爵の素晴らしいお話をお聞きでき大変嬉しく思います。ここでは即答出来かねますので、今後の動向をかんがみて前向きに検討しようと思う所がなくはないかもしれません”


「オーリス様が為政者的発言を!」

「結局、おことわりー」

「勢いで言い切ってるけど断ってるよ、コレ!」


「おお! それではいいお返事をお待ちしておりますぞ!」


“ええ、ミレガン侯爵が天命を達成出来る事をお祈りしております”


「毒の効かないオーリス様がニホン人に毒されています!」

「筆談だからまさにお祈りメール」

「こんな返事の仕方、この世界の人にはわかんないよ!」


“ミレガン侯爵、少し料理などを堪能させていただきますね”


「ええ! ええ! 是非お楽しみください。今日はお話し出来てよかったですな!」


 ミレガン侯爵は嬉しそうに送り出してくださいます。

 同じ神を崇めていたならば非常に良い協力者同士になれたでしょうね。

 フレイザー侯爵の情報がなければ違った状況になっていたかもしれません。フレイザー侯爵ありがとうございます。


 給仕さんから新しいグラスを受け取り、壁により掛かって会場を眺めていますと、いろいろな方からお声がかかり挨拶されます。

 フレイザー侯爵とは協力体制を取っている事を知らせたくはありませんので、ここでは敢えてお互いに話しかけないよう打ち合わせをしております。


 招待客を眺めていると楽隊よりダンスの曲が流れてきました。

 ひとりふたりと女性をお誘いし、中央ダンスフロアにゆっくりと向かって行かれます。

 アルブ殿下とエリノア様も踊られるようです。


「御使い様。ダンスなどいかがですか? どなたかお誘いになっては?」


 ミレガン侯爵がそうおっしゃりつつ傍まで来られました。


“そうですね。ダンスの代わりに神へ捧げる舞などいかがでしょう”


「ほうほう! 是非拝見させていただきたいですな」


 眷属達に直接言葉を現出させ、入ってくるよう指示します。


“眷属達、おさなの天使の姿となり私の周りを回っていてください。決してしゃべらないようお願いします”


「畏まりました。オーリス様」

「勝負下着はつけてていいー?」

「何であいつらの姿なんだよ!」


 ダンスフロア中央にゆっくりと歩き、教皇の時に使用していた錫杖を呼び出します。

 この錫杖はアルブ殿下の上半身と同じく、私の闇が飲み込んで保管している物です。

 過度なほど装飾の付いた錫杖をゆっくり回しますと、まるで錫杖から光が漏れ出るかのように辺りに降り注がれていきます。

 鈴の音と、絡み合った輪から紡がれる音が、楽隊の曲と合わさって幻想的な雰囲気を作り出します。

 そこへおさなの天使の姿をした眷属三体が飛んできて私の周りを回り始めます。

 やがて天使は会場中を祝福するように飛び回り、人々の間を縫うように踊り始めました。


 光と音と天使の遊戯に招待客達は見惚れ、その場で立ちすくみ、まるで幻覚を見せられているような気になっているはずです。


 梟ツヴァイの勝負下着は却下しました。


 ダンスを踊っている方々にも光を降り注ぎ、そのダンスを一層優雅に見せます。

 光は淡く煌めきながら、踊っている方々を先導するように舞っています。

 踊っている方々は最初はびっくりされましたが、やがて誇らしげに楽しそうに踊るようになりました。


 曲がそろそろ終わりそうだなという頃に立ち止まり、眷属達に退散を促し錫杖を止め闇に戻します。

 一礼して元の壁の花に戻りますと、会場から大きな拍手と歓声があがりました。



「御使い様! なんと! なんと素晴らしい舞でしょう! 年甲斐も無く興奮し涙があふれて参りました」


「本当に素敵でしたわ。忘れることのないよう心に留めておきます」


「天使様達の愛らしくそれでいて荘厳なお姿。幻想的な中で踊らせていただき嬉しく思いますわ」


 ミレガン侯爵、侯爵夫人、エリノア様がそれぞれ感想を言われます。

 アルブ殿下は三人の後ろに控えています。


“喜んでいただけまして幸いです”



「オーリス様と一緒に舞う事が出来たなんて感激です!」

「愛らしいだってー」

「チョロい、チョロすぎる!」


 これでヴォルブ様への義理は果たしたでしょう。そろそろいとまを告げましょう。


“ミレガン侯爵、私はそろそろいとまをいただきます。楽しい時間を過ごさせていただきました”


「おお、そうですか。御使い様、またお目にかかる日を楽しみにしております」


 侯爵夫人とエリノア様にも暇を告げ、馬車に乗り侯爵邸を後にします。

 侯爵邸から王城まで馬車で五分程ですが、しばらく進むと眷属達が声をかけてきました。


「オーリス様。侯爵邸を出た時からつけられております」

「誰かの使い魔ねー」

「殺っちゃっていいよね!」


“どうぞ”


「珍しくドライの意見に賛同を!」

「えーいっ」

「使い魔粉砕パーンチ!」


 梟ツヴァイと蝙蝠ドライの攻撃にあっけないほど簡単に倒れる、カラスを模した使い魔。

 偵察用でしょうかね。

 

「グガガガ、ミツカイサマ。トリストロイトデマツ」


「オーリス様!」

「あー殺されるの前提な使い魔だったー」

「旅費くらい出せよ!」


 聖皇国の誰でしょうね、こう言うことをするのは。

 こう言う失礼な招待状は無視するに限ります。

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