第19話 あなたに力を授けましょう


 そして陽が沈み月明かりが輝き始めた頃、お迎えが来ました。


「御使い様、お迎えに上がりました」


“アルブ殿下? なぜ殿下が?”


「私の婚約者宅でのパーティーです。ホスト名代役としてお迎えに上がりました」


 会食の際の尊大な態度とは変わり、丁重な物腰で挨拶をしてくださいます。


“ありがとうございます”


 アルブ殿下に付いていき豪華で大きな馬車に乗ります。

 殿下の護衛騎士の方がひとり同乗され、他にも二人護衛騎士がおり馬車のサイドに付くようです。

 この馬車は左右外側に小さめの護衛用ステップが付いていて、そこに乗り馬車に付いている取っ手を片手で掴みながら警戒出来るようです。


 眷属達は打ち合わせ通り獣の姿で目立たぬよう飛んで付いて来ています。

 孔雀アインスの獣の姿は目立ちますので、孔雀と同じ系統の濃い茶色のキジに変化させています。


「キジに化けるとは不本意です!」

「じゃあ留守番ねー」

「アインスってさ、喚ばれてから実は役に立ってないよね?」


「な、なんて事を! 気にしていたのに! なんて事を!」

「気にしてたんだー」

「ドンマイ」


 蝙蝠ドライの音波中和によって馬車の中に声は聞こえません。

 私には聞こえていますよ、眷属達。


「御使い様、披露目の時は感動しました。天使とはくも美しい存在だったのかと」


“アルブ殿下、会食の際の話し方で結構ですよ。私は気にしませんので”


「そ、そうか。それで母上は信徒になられたのだと聞いたが?」


“はい、いたく感激なさってお出ででした”


「であろうな。母上は純情と言うかなのだ。初心うぶ故に他人を寄せ付けなかった」


“心の美しい方なのですね”


「そうだな。だが王族としてはそれではいかん時がある」


“そうですね”


「私はまだ御使い様のやりように納得はしていない。神敵は排除などとは……それは今でも変わらぬのか?」


“はい、変わりません”


「私が信徒にならなかった場合、私も排除するのか?」


“そうなります”


「ではここで私が信徒となろうと言っても戯れ言なのだろうな」


“はい”


「私はどうすべきなのかまだわからぬ。父上のおっしゃる事は、そういうやり方もあるのだという事はわかる。しかしそれを実際にやれるかと言うと……私は出来そうにないのだ。考え方の違う人間がいても良いのではないか? 人とは人と切磋琢磨して競争し、その競争で昇華されるのではないか? 世界に戦争を無くす平和的な解決方法はないのだろうか?」


“それは究極的な力を持つ者しか出来得ません。ただの一般人には声を上げる事は出来ても、届かす事が出来ません。そういう声を届かせる為にも、力というのはどういう形であれ必要なのです”


「力か……。私に力があれば……」


「あ! これは!」

「フラグ立てちゃったー」

「今、殺っとかないと!」


 確かにまさに今、排除しておかないと力を求める英雄には、力を授ける存在が寄ってきてしまいます。

 ここは少し無理をしてでも将来的な不安を消すべきでしょう。



“アルブ殿下、力が欲しいですか? 何者にも屈しない心を、究極の力を、心から願い欲しますか?”



「欲しい……私は、力が欲しいっ!」



“ではあなたに力をさ≪あなたに力を授けましょう≫”


 !!!


「この感じは……」

「お先越されたー」

「まずいよコレ! 本物だ!」


 月明かりだった周りの景色が、朝を迎えるように少しずつ明るくなり、やがて眩しいほどの光に包まれます。

 護衛騎士が警戒を始め、アルブ殿下から目を離さないようにしていらっしゃいます。

 馬は静かにその場で停止し、御者の言うことを全く受け付けません。

 アルブ殿下は何かに導かれるように馬車の扉を開け、外へと出て行かれました。

 外にいた護衛騎士二人は空を見て放心しているようです。


 私も外へ出ると空には巨大な地母神ガイアの姿が……。



 やってくれましたね。横取りしましたね。また私の邪魔をしましたね。



 ≪我は地母神ガイア。其方は英雄の道を歩む者。その叡智を持って神の尖兵となり神敵を討ちなさい≫


 アルブ殿下に虹色の光が降り注ぎ、神の叡智が流れ込んできているようです。


“眷属達”


「皆さん準備はいいですか?」

「いつでもおっけー」

「行っくよー!」


 梟ツヴァイがアルブ殿下とガイアの間に結界を張り叡智の流れの邪魔をし、孔雀アインスが羽を広げ、魅了し麻痺させ覚醒を止めます。

 蝙蝠ドライが超指向性超音波でアルブ殿下の下半身を消し飛ばします。

 すかさず私が上半身を闇で包み込んでいきます。

 こうしてアルブ殿下の存在その物が消えます。


 たとえ神でも復活させることは出来ないでしょう。身体の上半身は私の中にあるのですから。


 護衛騎士三人は眷属がそれぞれ一人ずつ排除して回りました。


「やりましたか!?」

「フラグー」

「いやこのフラグ回収は無理!」


≪おのれー!≫


「おっ、これは」

「死語だわー」

「オノレーとか古すぎ」



『ガイアッ! そこで待っていろ!!』



「オーリス様が吠えた!」

「よほど腹が立ったのねー」

「はぁ、オーリス様かっこいい」


 ガイアは苦渋の表情を浮かべゆっくりと消えていきます。

 周りの光も消え元の月夜に戻っていきました。


「では、オーリス様。行きましょうガイアの所へ!」

「勝負下着付けてきたし勝負勝負!」

「フフフ、今宵は僕の神殺しパンチが血に飢えてるよ」



“行きませんよ?”



「え……先程、待っていろ、と吠えられ……」

「日にち指定なーし」

「百年後パターン再び!」


 眷属達が呆れていると、貴族の物だと思われる馬車が近づいてきました。

 私達の乗ってきた馬車に気付くと止まります。


「これは御使い様。何か忌まわしい光が見え、忌々しい姿も空に浮かんでおりましたので近くに寄せましたが」


 困った時のフレイザー侯爵でした。

 馬車の窓からそう言うとすぐに降りて来て挨拶され、立ち話もなんですからとフレイザー侯爵の馬車の中へ招かれました。


“ガイアですね。今追い返した所です”


「さすがで御座います。感服いたしました」


“アルブ殿下を覚醒させようとしましたので、この場でアルブ殿下を排除しました”


「なんと! 私の仕事でありましたのにお手を煩わせ申し訳ありません」


「素晴らしいお力ですわ、御使い様。初めまして、ダリオンの妻のレイチェルでございます」


 紹介下さった四十代ほどと思われるご婦人は朗らかな笑顔で、夜に映えるオレンジのドレス。長く美しい濃いオレンジの髪をしておられました。


“初めまして、フレイザー侯爵夫人。オーリスと申します。鮮やかなオレンジのドレスがとてもお似合いです。夫人の笑顔と相まってオレンジ百合のように華麗ですね”


「まぁ! まぁまぁまぁ! どうしましょう。私、オレンジの百合が大好きですのよ。嬉しいわ」


「御使い様はひと声でレイチェルの心を掴んだようですね」


“私は本当の事を申し上げただけです”


「オーリス様に女性を口説く才能が!」

「たらしー」

「僕も女型になろうかなー」


「さてオーリス様。今から向かうパーティーに、アルブ殿下がいらっしゃらないとなると良くない状況になりますね」


“そうですね。眷属にアルブ殿下をかたどらせようと思っていましたが”


「それは……失礼ながらすぐに綻びが出るかと思われます」


「私は完璧に出来ます」

「良きに計らえって言えばいいんでしょー」

「良いではないか良いではないか!」


 あ、これは駄目そうですね。


「御使い様、それでしたら僭越ながら私がかたどらせていただきますわ」


 フレイザー侯爵夫人がそうおっしゃいますが、大丈夫なのでしょうかね。


「御使い様、妻は密偵を得意としておりまして、どのような姿もかたどる事が出来ます。先程お話ししました「私の自慢」であります」


 なるほど、そうでしたか。ミレガン侯爵邸を探っていたのは夫人だったのですね。


“美しいドレス姿を会場で見られないのは残念ですが、お願いできますでしょうか?”


「うふふ、承りました。御使い様は嬉しいお言葉を下さいます」


「ははは! 妻は張り切るようです」


「こんなオーリス様見たくありません!」

「はぁーあたしにも言ってー」

「外面がいい上司ってどうなの!」


「では、アルブ殿下の馬車の御者は処分いたします。馬車の御者は配下の者にさせましょう」


 フレイザー侯爵がそうおっしゃると、侯爵の影から配下の者が這い出してきて、震えて隠れていた御者を飲み込み馬車で待機します。


 間もなくフレイザー侯爵の馬車からアルブ殿下が降りて来られました。

 資質をかたどる事は出来ないでしょうが、殿下の威風堂々とされた佇まい、醸し出す雰囲気は殿下その者でした。


「御使い様。参ろうか」


“はい、アルブ殿下”


 殿下の馬車へと乗り込みミレガン侯爵邸へ向かいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る