第18話 片乳さわっても良いわよー


 お城に戻り貴賓室へ向かっていると、ちょうどヴォルブ様とすれ違いました。


「よう、オーリス! どこか行ってたのか?」


“王都散策に行って参りました”


「おう、眷属達も一緒だな! なんだ? 犯罪でもやったのか?」


 数珠つなぎに連行されている眷属達を見ながら言われます。


「オーリス様、私は夢を売るつもりだったのですが」

「ちょっと触らせてあげたんだから対価報酬よねー」

「僕は通りを横切ろうとしただけだし」


 言い訳がすでに犯罪者のソレです。


「ちょっと執務室に寄っていけ。昨日の件だ」


 聖職者保護と教会接収の事ですね。

 ヴォルブ様に続いて執務室に入ります。

 眷属達は縄をかけたまま、黒騎士さんに連行されています。



 ヴォルブ様と対面のソファーに座り、眷属達は私の後ろに立たせておきます。


“聖職者達の保護の件ですね?”


「おう、聖職者達は聞き取り中だな、まだかかると思うぞ。教会接収の件は、やはり朝一で司教がやって来て返せと要請があったな、何と言ったかあの司教……」


「オード司教です」


 銀騎士さんが司教の名前を教えて下さいます。

 オード司教は保護出来なかったのですね。


「強気だったな! まぁ、大説法会までには返してやると答えてやった」


“大説法会は明後日ですしね。司教はあわてた事でしょう”


「だろうな。明後日はどうするんだ?」


“大司教がどう出るか、が問題になります”


「大司教も信徒にするんだろ、何が問題だ?」


“おそらく大司教は信徒に出来ません。眷属達か私に似た存在だと思います”


「大司教も御使いなのか!?」


“お目にかかってみないとわかりません”


「見ればわかるのか」


“いずれヴォルブ様にもわかるようになります”


「ほう、それは魔王が関係しているのか?」


“そうです。この世界の真の姿を映し出すことでしょう”


「お、怖い物言いだな。しかし楽しみにしておこう!」


 魔王に英雄にミージン王女のような方が同居……。

 主よ、本当に楽しい世界へ送って下さいました。ありがとうございます。



“ヴォルブ様に報告が御座います”


「お、なんだ?」


“今日、王都散策の前にフレイザー侯爵と会談しまして、フレイザー侯爵とミッツルフ男爵には教会から手を引いていただくことになりました”


「お! それはお手柄だな! フレイザーが一番教会への影響力がでかかったからな!」


“侯爵は教会と敵対する事になります”


「そうだな、それはフレイザーの事だからうまくやるだろ。奴はしたたかだからな、何度殴ろうと思ったか!」


“聡明な方だと思いました。一筋縄ではいかないような印象を受けましたが”


「そうそう、こう罠にじわじわ嵌めていく感じなんだよな! で、何を材料に手を引いて貰ったんだ? 信徒にしたか?」


“いえ、信徒にはしておりません。取り引き材料はありません”


「オーリス様の御心に触れたら誰でも言うことを聞きます」

「たらしー」

「ねー魔王様、僕らを釈放してくれない?」


「はっはっ、眷属達は何をしたんだ?」


“詐欺とスリと当たり屋です”


「未遂です」


 すかさず黒騎士さんがフォローしてくれます。


「黒騎士様!」

「片乳さわっても良いわよー」

「黒騎士さん三番目に好きだよ!」


「未遂なら一晩でいいわ。牢の体験していけよ」


 ヴォルブ様が判決を言い渡します。一晩静かに過ごせそうです。


「魔王様!」

「釈放じゃないのー?」

「魔王様三番目に嫌い!」


 眷属達は黒騎士さんに牢へ連行されていきました。



“ところでヴォルブ様、シトラさんの件、ありがとうございました”


「ダーラはいい歳だしな、あそこの後継者が欲しかった所だ。シトラは中々頭が切れるようだぞ」


“いい所に配属になったと思っておりました。ありがとうございます”


「シトラは信徒にしたのか?」


“はい”


「よし、使い倒せるな! オーリスのソレは為政者にとって便利だな! お前達もなるか?」


 王が銀騎士さんを見ながらおっしゃいます。

 銀騎士さんが一瞬ビクっと肩を震わせます。

 戯れだ、と言いつつ目は本気でした。


“三日ほどかかりますが、食事睡眠が必要ないというだけでして、きちんと取った方が仕事効率は上がるかと思います”


「そうなのか、まぁたまにはいいだろ!」


 たまにしてくださいね。たまに。



「ところでなオーリス。貴族からのパーティーの誘い、放置してるだろ」


 ああ、保留にしたままでしたね。


「一件だけは出てくれんか、五月蠅い奴がいる。こっちに話が回ってきた、俺でも断り切れん」


“畏まりました”


「おう、すまんな。俺の妹を娶っている奴なんだが、メルビン・ミレガンと言う。侯爵だ」


 王が軽い口調でも謝罪を口にするとは……。


“ご兄妹がいらしたのですね”


「んー、まぁな。そこの娘とアルブが許嫁だ、いとこ同士だな」


 歯切れがよくありません。普段のヴォルブ様らしくないですね。


「急だが明日の晩だ、参加する旨はこちらから出しておく。迎えに来させるから部屋で待っていてくれ」


“はい”


 日時は決まっていて私がずっと保留していたせいでしょうから、他の人にとっては急ではないのでしょう。


“パーティーの形式はどのような?”


「ダンス有りレセプションだな、立食になる。皆パートナーを連れてくるだろうが、オーリスはひとりの方がいいだろうな。服は披露目で着ていた物がいい」


“畏まりました”



 それでは失礼致しますと挨拶し執務室を出て貴賓室へ戻ります。


 侍女さんにフレイザー侯爵との面談の先触れをお願いします。

 ミレガン侯爵について情報が無く、少しでも知っておいた方がいいような気がします。


 侍女さんがフレイザー侯爵にはミージン王女との謁見の終わりに会え、明日の朝にと快諾いただいてきたようです。


◇◇◇


 翌日早朝、私の平和な日が終わりを告げました。


 それは朝の静けさを崩す凶兆。

 髪を振り乱し一心不乱に這いずり回る獣。

 それには朝も昼も夜もない、時を喰らう化け物(馬鹿者)。



「オーリス様! ただいま戻りました!」

「さみしかったー?」

「ハー、牢とかもうイヤ! 魔王様め三倍返しにしてやる!」


「オーリス様何事もなかったですか?」

「檻こわしちゃったー」

「オーリス様、肩揉んで! 肩!」


「オーリス様……?」

「なによー無視?」

「僕らが戻ってきて感無量なんだよ!」



 ああ、主よ。これは主の試練なのですね。


 眷属達を無視し、祈りを続けているとフレイザー侯爵が訪れてこられました。



「御使い様、再びお目にかかれまして光栄です」


 優美な動きで跪き挨拶をしてくださいます。


“フレイザー侯爵、お呼びだてして申し訳ありません”


「いいえ! 御使い様にお目にかかれる事は私の誉れ。いつなんどきでも馳せ参じましょう」


 侯爵を席に案内しお茶を出して貰います。


「オーリス様が喜んでいらっしゃる……?」

「またお目にかかれちゃったねー」

「月のない夜は背後に気を付けろよ!」


 眷属達は昨日のように少し離れたテーブルでお茶をしています。


“早速ですが、今晩ミレガン侯爵のパーティーに招待されました。ミレガン侯爵について知りたいのです”


「パーティーです! 執事の出番です!」

「何着ていこうー」

「パーティーイベント! ダンス! 決闘! フォーリンラブ!」


 君達は留守番ですよ。


「メルビン・ミレガン侯爵五十五歳、濃い灰色髪で恰幅の良いお姿、領地はお茶の産地で国内生産の半分以上を担う、アルブ殿下派閥筆頭、ミレガン侯爵は陛下の妹君の降嫁先、侯爵の一人娘エリノア様がアルブ殿下と御婚約。と言うのが一般的な情報になります」


 すらすらと出てきますが、全ての貴族関係の情報が頭に入っているのでしょうか、そうでしょうね。


「一般的ではない情報は、ミレガン侯爵家はトリストロイト聖皇国現人神様の信徒で御座います」


“侯爵家と言われましたが、侯爵家全員という意味ですか?”


「その通りで御座います。執事、騎士、侍女に至るまであの家におる者は全員で御座います」


“それは国の諜報さんも掴んでいらっしゃる情報ですか?”


「おそらく掴んでいないでしょう。侯爵家全体に異常なほどの結界、家人は警戒心が強く他者はまず受け入れられません」


 諜報さんでも掴めない情報をこの人は……。


「ミレガン侯爵家でパーティーが行われる事は数年ぶり、時を逃さず諜報も入り込むでしょう」


“フレイザー侯爵は参加されるのですか?”


「はい、私にも招待状が届いております。迷っておりましたが、御使い様が参加されるのであれば私も参加致します」


「オーリス様が参加されるのであれば私も参加致します」

「しまーす」

「当然だよね!」


 フレイザー侯爵の話を伺って、ミレガン侯爵家は怪しさ満点ですね。

 これは眷属達を連れていった方がいいかもしれません。


“フレイザー侯爵はその情報をどうやって入手したのですか?”


「私の自慢である密偵の成果です。手段は申し上げられません」


 申し訳ありません、と立って頭を下げられます。


「ところで御使い様はパートナーにどなたをエスコートされるのですか?」


「私です」

「あたしー」

「僕だよ!」


“ヴォルブ様より私はひとりで出席した方が良いと言われましたので、どなたもエスコートしません”


「魔王様……」

「おじさんきらーい」

「魔王様十倍返しだ!」


“フレイザー侯爵はどなたを?”


「私は伴侶がおりますので」


“失礼ですが、フレイザー侯爵夫人は普通の方ですか?”


「いえ、妻もミージン王女に仕える者です」


“そうですか。今晩を楽しみにします”


「では御使い様。今夜またお目にかかれるのを楽しみにしております」



 フレイザー侯爵は頭を下げゆっくりと部屋を出て行かれました。


「オーリス様! まさか私達は留守番で!?」

「つれてってー」

「招待客殺して入れ替わればいいんだよ!」


“いいえ、君達にも来て貰いますよ”


「オーリス様!」

「やったー!」

「ほらね! オーリス様は僕達を忘れない!」


「私はいつもの執事服で大丈夫ですね」

「勝負下着にしようー」

「誰と勝負するんだよ!」

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