第16話 ダリオン・フレイザーと申します
翌朝、お茶を味わっていますと来客のようです。
侍女さんが対応してくださっています。
眷属達はもう一人の侍女さんとまた寝室で朝寝遊びをやっているようです。
「オーリス様、ダーラ様とシトラ様がお見えです」
“お迎えしてください”
ダーラさんに隠れるようにしてシトラさんも一緒に入ってこられます。
椅子を勧めておふたりにもお茶を用意して貰います。
“おはようございます。今日もいい日和になりそうですね”
「おはようございます。オーリス様。朝から先触れも無く突然の訪問、申し訳ありません」
ダーラさんがおっしゃいますが一向に構いません。
話を促してまずは聞く事に徹します。
「シトラに謝罪の機会を与えて下さいますよう、お願いに参りました」
教会の件ですね。ただあれは私がシトラさん利用したような物。
謝罪しなければならないのは私ですね。
「どうか、シトラの謝罪を聞いてやって下さいませんか」
“シトラさん、今回は私がシトラさんを利用してしまい申し訳ありませんでした”
「ふぇっ! あ、あれ? いいえ! そんな、私が悪い事しました。ごめんなさい!」
「オーリス様! オーリス様が謝罪するなど!」
“教会への牽制をして少し動きづらくしたかったのです”
「は、はい」
“シトラさんにはご迷惑をおかけしました”
「いいえ! そんな、私こそごめんなさい!」
シトラさんは席を立ち、頭を下げられました。
“私のせいで職を失ったでしょう? ヴォルブ様が用意して下さると思いますが、私がお力になれる事でしたらおっしゃって下さいね”
その時、ダーラさんの目が光ったように見えました。
「シトラをオーリス様の嫁にお願いします!!」
“お力になれそうにありません”
シトラさんはびっくりしていましたが、私がお断りすると肩を落とされたようでした。
「仕事はおばあちゃんのお手伝いをさせて貰える事になりそうです。ありがとうございます!」
“そうですか、助祭になれなくて残念ですが……ああ、私の主の信徒になれば助祭になれる可能性はありますね”
「えっ!? オーリス様の信徒に!?」
「私はすでにオーリス様の信徒ですよ、シトラ」
“お間違いなきよう、私の主の信徒です”
「おばあちゃんどう言う事!? オーリス様は神様?」
「そうです! 神です!」
“違います。シトラさん、私は神界から参りました。御使いです”
「え? ええー! 御使い様!? し、失礼いたしました!」
シトラさんは驚いて席を立ち最上級のカーテシーをしてくださいます。
ダーラさんは満足そうに頷いておられます。
“シトラさん、主の信徒になりますか?”
「なります! お願いします!」
『跪け!』
『主は唯一神であらせられる。改心せよ!』
「オーリス様、お慕いします!」
シトラさんは私に祈りを捧げながら目を潤ませておっしゃいます。
“主をお慕い下さい。私ではありません。”
これが第一歩、そして嫁。
ああ、そしてオーリス様が孫に……と、ダーラさんから不穏な言葉が聞こえて来ます。
ダーラさんガッツポーズをやめてください。
“シトラさん、教会に勤めるきっかけは何だったのですか?”
「ダンスの先生が一度で良いから話を聞いてみてって言って……それで一緒に教会に行って、司教様のお話を聞いて気付いたら侍祭に申し込んでいました」
「シトラ! 言葉遣い!」
“信徒では無く侍祭に、でしょうか。普段通りの言葉で構いませんよ。その方が話しやすいでしょうし”
「ごめんなさいおばあちゃん! どうすれば司教様みたいになれますかって聞いたような気がします」
軽い洗脳状態になっていたようですね。
昨日この場に王がいらした事と、王のお言葉によって平静を失い洗脳が解けたのでしょう。
“司教様はニールセンさんですか?”
「いえ、オード司教様です」
“説法はいつもオードさんがなさっていらっしゃるのでしょうか?”
「んー。そう……ですね。ほとんどオード司教様がなさってました」
騎士さん達による「保護」にオード司教もいらっしゃるのでしょうかね。
その辺りは聞き取りの結果を教えていただく事にしましょう。
“ありがとうございます。書庫管理は大変なお仕事だと思います。ダーラさんは素晴らしい管理者です。是非見習って下さいね”
「はい! 頑張ります!」
「あらあら! そんな素晴らしいだなんて! オーリス様ちょっとおばあちゃんと呼んでみて下さいな」
“それでは書庫管理室へ伺う事もあるかと思います。よろしくお願いしますね、シトラさん”
「はい! 失礼いたします!」
「おばあちゃんと……」
シトラさんはダーラさんの背を押しながら退出されます。
退出前にもう一度深く頭を下げ、部屋を出て行かれました。
「おはようございます。オーリス様」
「おっはよー」
「ハー眠いワー。徹夜しちゃったワー」
眷属達が朝寝遊びを終えたようです。
付いていた侍女さんは少しお疲れのようですね。
ありがとうございます。
「オーリス様、本日の御予定は?」
「遊びに行こうよー」
「お城探検していい?」
“今日は決めてある予定はないですね”
ノックの音がします。部屋にどなたかが来られたようです。
侍女さんが応対してくださっています。
「オーリス様、フレイザー侯爵様より拝謁のお願いが届いております」
ミージン王女が早速手配をしてくださったようです。
“侯爵はいつがよろしいとおっしゃっていますか?”
「オーリス様の御都合に合わせます、との事です」
“では、これからお目にかかりましょう”
侍女さんは待機していた侯爵の使いに今から会う旨と、貴賓室へ来ていただくよう伝えてくださっています。
“さて、眷属達。大人しくしておいてくださいね。これから来られるのはおそらく君達の同族です。喧嘩しないでください”
「畏まりました」
「相手次第ねー」
「向こうが喧嘩売ってきたら殺していいんでしょ!」
“殺すと面倒な人が怒りますので、殺さない程度にしてください。梟ツヴァイ、結界を張っておいてください”
しばらくすると侯爵が訪れてきました。
髪と口髭が白髪で人に好印象を与える穏やかな顔立ち、背は高く私よりも二十センチ程高いようです。
五十代くらいの男性を模倣しているようです。痩せていなく太ってもいない身体で均整が取れていますね。濃い青のフロックコートに赤と銀の細かい模様の入ったアスコットタイをしておられます。
侯爵は跪き私に挨拶をしてくださいます。
「お初にお目にかかります。御使い様。ダリオン・フレイザーと申します。陛下より侯爵を賜っております」
瞬間、眷属の三体が侯爵に攻撃を仕掛けます。
孔雀アインスはその凶悪な羽を飛ばし、梟ツヴァイは針のような暗器で、蝙蝠ドライは口から超指向性超音波で身体そのものを粉砕しようとしています。
フレイザー侯爵はそれを避けようとせず全て受けた後、引き裂かれた服を、飛び散った腕や足を、粉砕された腹を、何事もなかったかのように修復していきます。
“初めまして。フレイザー侯爵。オーリスです。素晴らしい一日となりそうな朝ですね”
「ええ、そうですね」
「おや、効かないですね」
「はーこいつめんどい」
「もう一回行っとく?」
私とフレイザー侯爵は三体の言葉を受け流し、話を続けます。
三体は少し離れたテーブルでお茶をしながらこちらの様子を窺っています。
“どうぞ席へ。美味しいお茶をお出し出来ます”
「ありがとうございます。失礼します」
優美な所作で席に着き、侍女さんの淹れたお茶を一口含みます。
「ああ、これは美味しい。お茶の淹れ方が完璧ですね。素晴らしい侍女のようです」
「お茶の味はわかるようですね」
「侍女さんのお茶はホント美味しいからねー」
「僕のお茶も美味しいし!」
三体は自分達が気に入っている侍女さんが誉められて嬉しいようです。
こう言うのを何と表現するのでしたでしょうか。
チョロい……?
「御使い様、ミージン王女殿下よりお話は伺っております。率直に話をせよと申しつかっております」
“フレイザー侯爵は無派閥貴族達を牽引する立場だと伺いました。何を目的とされていらっしゃるのですか?”
「はい、その通りで御座います。ミージン王女殿下のお望みは争い。またそれを近くで見て人間の欲望、死の瞬間を吸い上げる事で御座います。ご自分で戦うのが好きなお方ですから参戦されたがっていらっしゃいますが、立場上私がお止めしております」
確かに王女が戦場に赴き参戦するなど考えられないでしょう。しかしミージン王女は本当に争いがお好きなのですね。
私の表情を確認するように見てから侯爵はさらに話を続けます。
「無派閥貴族を使って、他国の貴族達や教会に出資しており協力的です。教会から国に圧力をかけ、より教会を動きやすくします。そうしますと教会が影響力を持つ事が出来ますので、簡単に戦争を引き起こせるようになるかと思います」
“今でも充分影響力があると思われますよ”
「ヴォルブ陛下はなかなか厳しいお方でして、この国では教会がうまく機能しておりません。私がフォローしておりますが、一国の貴族では限界があります。またアルブ殿下もヴォルブ陛下と同じく、教会にいい印象を持っていらっしゃいませんので」
“ミージン王女にアルブ殿下排除をお願いしました”
「伺っております」
“アルブ殿下をどのように排除する御予定でしょうか”
「近く、陛下の名代としてノバル戦争の仲裁に行って頂く予定で御座います。その時にお隠れになるかもしれません。そうしますと我が国もその戦争に参戦という形になりますでしょうね」
アルブ殿下排除とミージン王女の望みを同時に叶える計略ですね。優秀ですね。
「オーリス様ならばおひとりで世界を簡単に掌握出来ると思いますが」
「じわじわと
「僕の惑星破壊パンチでやっちゃおうよ!」
“私はミージン王女が次の王に相応しいかと思います”
「はい、オーリス様はそのように考えていらっしゃるようだと、ミージン王女殿下から伺いました」
「王ならばオーリス様しかおりません」
「あれよー、オーリス様は世界の王になるのよ」
「僕はオーリス様と一緒なら何でもいいよ!」
「くっ、ここで点数稼ぎですか!」
「あざといわー」
「侍女さん、お茶おかわりー!」
“ミージン王女には私の協力を願い出ましたので、帝王国へ嫁がれる事はありません。このままこの国へ残られ次代の王へと……”
「それがミージン王女殿下の望みならば私は従うのみです」
“では、フレイザー侯爵はミージン王女派閥へ入ってくださいませんか?”
「拝領いたしました。オーリス様の
「おや? 私達より侯爵の方が眷属っぽいのですが」
「なんなの!? あたしよりそいつがいいの?」
「もういい? もう殺していい?」
“派閥の争いが激化しそうですね。ミージン王女が喜ばれそうです”
「ミージン王女殿下が好きそうな状況でありますね」
“元ミージン王女派閥の方々を
「畏まりました」
“ところで教会はどうやって掌握しているのでしょうか?”
「教会は私の手にありません。協力的ではありますが、あれは大司教が動かしております」
“大司教の上の序列の方は?”
「枢機卿がいらっしゃるようです。教会のトップになります」
“お目にかかったことはありますか?”
「大司教はありますが、枢機卿はありませんね。何処にいらっしゃるのかさえわかりません」
「ふむ、調査不足ですね」
「まだまだねー」
「役立たずー!」
“フレイザー侯爵が派閥に入る事になれば教会はどう出るでしょうか?”
「ミージン王女殿下を推すよう私が話を付ける事は出来ます」
“せっかくですから敵対しましょう。教会をヴォルブ様より何とかしろと言われておりますし”
「畏まりました。他にご要望は御座いますか?」
“ミッツルフ男爵は無派閥ですか?”
「そうです。私の代わりに教会との折衝役を担う事もあります」
“なるほど、大説法会での内陣登壇の話は侯爵からの話ですか?”
「はい、私が教会から依頼を受けまして、ミッツルフ男爵に御使い様に話を聞いてくださるよう動いて貰いました」
“内陣登壇はお断りします”
「そうでしょうね。畏まりました」
“ミッツルフ男爵にミージン王女派閥へ入っていただく事は出来ますか?”
「出来ます」
“では、それもお願いします。帝王国との折衝役にとヴォルブ様に推薦してあります”
「なるほど、大きな仕事で本人は喜びますね。畏まりました」
「何だか仕事を与えられて羨ましいですね」
「あたしは楽な方がいいわー」
「殺し、奪うしかないよ!」
“有意義なお時間でした”
「はい、私もであります。御使い様とのお話は教会と違いスムーズに進みます」
“ミージン王女に報告お願いしますね”
「もちろんです。ありがとうございました。またお目にかかれる日を楽しみにしております」
「お目にかかれる日が来ますかどうか」
「来ないと思うわー」
「明日の朝日を見られると思うなよ!」
フレイザー侯爵は美しくお辞儀をして退出されました。
“さて、君達。還りますか?”
「オーリス様……?」
「いやよーおもしろい事になりそうだしー」
「なんでだよ! 還らないよ!」
“喧嘩はしないでくださいと伝えておいたはずです”
「オーリス様、一言申せば相手にされてませんでしたので、喧嘩ではありません!」
「あったまいいー。その通り」
「あいつめ、覚えてろよ!」
なるほど、確かにそうですね。
三体には可哀想ですが格が違ったようです。
少し話をしただけでもフレイザー侯爵の聡明さがわかりました。
ミージン王女の参謀で間違いないでしょう。
私も三馬鹿ではなく参謀が欲しい所ですね。
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