第15話 オーリス、ミージンを引き取れ
日が沈み部屋にランプの灯が入った頃、銀騎士さんが来室され王の執務室へと呼ばれました。
案内され執務室へ入ると、ヴォルブ様とキャソックを着た聖職者の方が向かい合わせでソファーに座っておられます。
聖職者の方は黒髪に少し白髪の交じった六十代くらいの男性で、キャソックを着ておられなかったら、外業の人かと見紛うような屈強そうな方です。
“オーリス、
「おう、こっち座れ」
ヴォルブ様の隣へ誘われゆっくりとソファーに座ります。
王に並び座る私に、目の前の聖職者の方はびっくりしているようです。
「さて、オーリス。こっちは司教だ、名前は……何と言ったか?」
「アルモンドです。アルモンド・ニールセンと申します。お初にお目にかかります」
“初めまして司教様、オーリスと申します”
ニールセン司教は私のキャソックをちらと見て言われます。
「聖職者ですか? どの教会でしたか……? 申しわけありません、覚えがなくて」
「オーリスは御使いだ。教会ではない、神に直接仕える者だ」
「なんと! 神の御使い様とは! 失礼致しました」
ニールセン司教はそう言って私の前に跪き祈りを捧げ始めます。
「言っておくがガイア神の御使いではないぞ」
「そ、それは……!」
ガイア信仰教義の根本に関わることでしょうから否定したくとも、王と親しげで御使いでもある事ですし否定できない。
ましてや肯定も出来ないと言う所でしょうか、そうでしょうね。
“さて、ヴォルブ様何か御座いましたか?”
「おう、司教がティーセットを突っ返しに来た」
王の後ろで控えていた銀騎士さんがティーセットを見せてくださいます。
なるほど、行動が早い。保身と金の動きには機敏なようです。と言うよりもこちらの思惑を読んでいるのかもしれませんね。
“そちらの物は私の週定献金として教会に強制徴収された物になりますが?”
「いえいえ! 誤解無きよう! 強制的に献金していただいたりはしておりませんので」
“いえ、強制でした”
「おう、強制だったな!」
王が強制的に持たせたという意味でもありますけれど。
献金を集金して回っている、ましてや強制的に徴収している事実はなかった、という事に繋げたいのでしょうか、そうでしょうね。
「み、御使い様。け、献金とは信徒の皆様のお気持ちであります。それを強制的に集めているなどと噂を立てられては……」
「噂じゃないぞ、事実だぞ。俺もその場にいたからな!」
ヴォルブ様が集金の現場にいた事は知らなかったのでしょうか、ニールセン司教は一気に青ざめ、口を開けたり閉めたり……パクパクしていらっしゃいます。
「お前、御使いに対して虚偽事項を押し通そうとしたな? 献金の強制徴収はあってはならん! 調査に入る」
ヴォルブ様がニールセン司教を睨みます。司教は、ひぃっと声をあげてソファーから滑り落ちます。
「こいつは捕縛、シトラを今すぐ保護、聖職者達も保護、騎士達に教会を接収しろと伝えろ」
銀騎士さんにそう指示を出し、銀騎士さん達はすぐに行動に移ります。
聖職者達は保護という名の取り調べですね。
銀騎士さんがニールセン司教を捕縛しようと近づきますが、司教は逃げるようにソファーの後ろへ回り込みます。
「陛下! これは誤解です。ちゃんと話し合えばわかる事です! どうか、どうか!」
銀騎士さんは王の撤回命令がなければ絶対に行動を止めませんので、先の行動のまま司教を捕縛し執務室から出て行かれました。
“教会接収までされますか”
「まぁ返すことになると思うがな、ここまでやるぞという意思表示だな」
“しかし、わざわざ捕縛されに来られるとは……”
「前倒しで事が進められるな、教会の献金強制徴収についての法整備を進められる」
せっかくこうしてヴォルブ様とふたりで話が出来ますので、根回しをしておきましょう。
“ヴォルブ様、帝王国と聖皇国は戦争になります”
「なに! 本当か! いやどこからの情報だ!? おい、マリスと諜報長を呼べ」
“一、二年以内という所でしょう”
「確かな情報か?」
“ほぼ間違いないでしょう、聖皇国の出方が気になりますが”
「現人神らしいからな、本気出したら、一方的に帝王国が
“現人神、拝見したいですね”
「こっちに来る事はないからなぁ、見たかったら行くしかないな。……しかしミージンをどうするか」
“皇太子との御婚約の件ですね”
「そうだ、知っていたか。戦争になるなら向こうに行かすわけにはいかんなぁ」
喜んで行きそうですけれど……。しかし私の協力をしていただきますので、ね。
「戦争になるまで様子見だな。戦争になったら婚約破棄だ。その時はオーリス、ミージンを引き取れ」
“お断りします”
「少しは考えろよ、まぁミージンは腹黒そうだしな。でも可愛い所があるんだぞ、美人だしな」
腹黒いのをご存じでいらっしゃる……。
腹黒く行動しようとするけれど、それが透けて見えて微笑ましくなるタイプですね。
しかし実際にノバルを戦争状態にしましたし、帝王国も詭謀に嵌まりつつありますからね。
聖女と呼ばれていらっしゃるようですが、本質は悪です。
「しかし国交が樹立しそうな時になぁ」
ヴォルブ様に呼ばれたマリスさんとひとりの男性の方が入ってこられました。
諜報さんでしょうか、そうでしょうね。
「オーリス様、お呼びとか!」
いいえマリスさん。呼ばれたのはヴォルブ様です。不敬ですよ。
「おうマリス。まぁそっち座れ。オーリス、こいつが諜報の頭やってる奴だ」
“初めまして諜報長さん。オーリスです”
諜報長さんは覆面をしておられます。顔を覚えられたくないのでしょうね。
「御使い様、覆面で失礼致します。これは王命でありますので」
声は少し高め、この声も作っていらっしゃるかもしれません。
“私の事を探る際にも顔を知られていたら困りますしね”
「御理解いただき感謝を申し上げます」
「帝王国と聖皇国が戦争になるらしいぞ、知ってたか?」
「なんと! そういう情報は入っておりませんな」
「はっ! 耳に入っておりません。情報に漏れがありましたようで申しわけありません」
「これからそういう前提で動け。諜報は両国の情報収集に力を入れろ。ノバルは減らしていい」
「畏まりました」
「承りました」
「ついでだ、諜報からオーリスに何かあるか? オーリスから諜報への要望でもいいぞ」
「僭越ながら諜報から陛下へ報告が」
「なんだ」
「御使い様はミージン王女殿下とふたりきりで、この十日間でお茶を一緒に飲まれる事三回。うち二回はミージン王女殿下が、泣きながら御使い様の元を去っております」
おっとアレですね。見る人が見れば痴話喧嘩にでも見えるのでしょうか。
「おい、そういうおもしろそうな事は早く報告しろよ!」
とたんヴォルブ様がニヤニヤ笑いをしながら私を見てきます。そういうのではありませんよ。
「はっ! 御使い様にはアレがありますので近づいてお話を聞くことが出来ず、情報の精度を高めておりました」
「オーリス様! ミージン王女はだめですぞ! 御婚約しておられますからな! 私がおりますぞ!」
“いません”
「本日、昼頃にもお会いしていた様子。その時に読唇の出来る者が、ある一言だけ判明したと申しておりました」
「お、なんだ?」
「あなたわたくしのことが……と」
諜報長さんはミージン王女の真似でしょうか、身振りを入れ声も女性声のように高くおっしゃいます。
「オーリス! やっぱりミージンを引き取れよ!」
「オーリス様! 私がおりながら!」
“諜報さんをおひとり信徒にした意趣返しでしょうか?”
「ハッハッハッ、マサカー!」
諜報長さんはそう言いつつ去って行きます。去って行ってもどなたかが控えているのでしょうけれど。
“では、私は部屋へ戻りますね”
そう言いつつ席を立ち出口へと向かおうとしますが、ヴォルブ様が引き留めます。
「まぁ、オーリス。ミージンとの事ゆっくり聞かせろよ、俺が父親になるかもしれないんだろ? ほら父と呼べ」
“なられません、呼びません”
この方は本気なのか冗談なのかわかりません。
銀騎士さんは冗談だとわかっているのでしょう、出口への道を空けて下さいました。
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