第13話 シトラよ、存分に徴収しろ


「おはようございます、オーリス様」


 部屋をノックし侍女さんがそう声をかけながら入室してきます。


“おはようございます。眷属達を起こしてください”


 三体の眷属達はベッドの上に人間の姿で寄り添って、寝ている振りをしています。

 わざわざ自分の変化で作った夜着を付けています。

 そういう遊びなのだとか……。


「アインス様、ツヴァイ様、ドライ様。朝で御座います」


 侍女さんがそっと三体に触れながら起こします。


「おや、もう朝ですか。おはようございます。侍女さん」

「ねむーい。あと五分……」

「ハー、寝たの朝方だったワー、まだ眠いワー」


「皆様、モーニングティーをご用意致します。起きてくださいませ」


「それはいいですね。ありがとうございます」

「侍女さん、ちゅーして! ちゅーで起こしてー」

「おはよー! 濃くしてね、濃く!」


 すみません侍女さん。阿呆ばかりで。



 三体はいつもの人間の服を纏い席に着きます。


「オーリス様、本日の御予定は?」

「王子様とかいないのー? 会いたいわー」

「遊びに行こうよ! ね、ね!」


“王女の御予定がなければお茶にお誘いしようと思います。あと王子殿下は英雄資質ですよ”


「畏まりました」

「げっ、今すぐ王子殺さなきゃ!」

「殺られる前に殺ろう!」


 ミージン王女に午後からのお茶のお誘いと、マリスさんにお目にかかりたい旨の先触れを侍女さんにお願いしました。



 侍女さんが戻るよりも早くマリスさんが来られました。

 息が上がっています。走ってこられたのでしょうか、そうでしょうね。


「オーリス様! 私と新しい世界へ行くと伺いました! さぁ!」


“行きません”


「ならばどちらへ!!」


“何処にも行きません。マリスさん伺いたい事があります。貴族の派閥について教えて下さい”


 マリスさんはすぐ真剣なお仕事の顔になりご説明を始めて下さいました。


「はい、現状三派閥に分かれております。現王を慕うヴォルブ陛下派、アルブ殿下を早く王位にと推すアルブ殿下派、残りは少数ですが無派閥となります。ヴォルブ陛下派が最大派閥ですな」


“ミージン王女を推す方はいらっしゃらないのでしょうか”


「ミージン王女は先日帝王国エランのラモラック皇太子と御婚約しましたゆえ、派閥は今、中に浮いている状態のようですな」


 なるほどあちらで企てとやらを起こすつもりなのでしょうか、そうでしょうね。


“貴族同士で諍いはありますか?”


「ヴォルブ陛下派とアルブ殿下派の仲違いはありませんな。何もなければアルブ殿下が王位を継ぐ事になるでしょうから、協力体制と言ってもいいでしょう。無派閥は少しやっかいですな」


 頷きマリスさんの目を見て続きを促します。


「貴族達に教会が付いております」


“貴族の資金源だと言う事でしょうか?”


「おそらくそうですな。陛下とアルブ殿下は教会に対して当たりが強いですし、あまり自由に動けないよう法の締め付けを行いましたからな」


“無派閥に中心貴族はいらっしゃいますか?”


「ダリオン・フレイザー侯爵ですな。ノバル公国に近い位置に領地があります」


 ダリオン・フレイザー侯爵、貴族動向に記載のあった方ですね。

 ノバル王国、ノバル公国、帝王国エランの教会や貴族達に出資しているらしい方です。

 フレイザー侯爵とミージン王女にお話をしないといけないようですね。


“フレイザー侯爵は王都にいらっしゃるのですか?”


「いますな。領地は代官が努めておりますな」



 マリスさんとそのような話をしていると、控えていた侍女さんとは別の侍女さんが入室され、来客との事。どなたでしょう。


「先触れがありませんし、家名をおっしゃりません。ただこちらにオーリス様がいらっしゃるはず、としか言われませんので城門で門番が止めておりますが……」


 一段落した事ですし、城門まで行ってみましょう。


「私も行きますぞ」


 マリスさんも着いてきてくださるようです。



 城門に近づくと女性と門番さんが、何やら喧嘩腰になって向かい合っているようです。

 門番さんの背が大きいのでその向こうの女性がよく見えません。


「城内には許可の無い者は入れん! 何度も言っているだろう!」


「とにかく! オーリスさんと言う人はここにいるんですか! いないんですか!」


「それも教えられんと言っているだろう!」


「それじゃ困るんです! 助祭がかかっているんです! 集金しなきゃ行けないんです!!」


「さぁ、もう帰ってくれ!」


「帰れません!!」


 なるほど大教会のシトラさん、でしたか。

 門番さんの後ろからひょいっと顔を出します。やはりシトラさんです。


「あー! 発見! 見つけました! お金払ってください!!」


“こんにちは、シトラさん”


“門番さんこちらは知り合いです、通していただくわけにはいかないですか?”


「はっ! オーリス様がおっしゃるのでしたら!」


「なんだシトラか。何しに来たのですかな」


 おやマリスさんのお知り合いでしょうか。親しげにマリスさんが話しかけます。


「宰相様! こ、こんにちは。そのオーリスさんに……」


“まぁ中へ入りましょう。城門でする話でもなさそうです”



 シトラさんを連れ、マリスさんも一緒に貴賓室へ戻ります。着席を勧め侍女さんにお茶を淹れていただきます。シトラさんのお茶の作法はきちんとした貴族教育を受けた感じがしますね。


“シトラさん、今日はどうされましたか?”


「どうされましたじゃないです! 今日は説法の日です! 教会へいらしてないでしょう?」


“ああ、そうでしたか。それがどうかされましたか?”


 週定献金の集金だろうという事は以前に教会のやり方を黒騎士さんにお聞きしましたし、門番さんとのやりとりでも見当が付きます。しかし少しとぼけてみます。


「週定献金をお納めください!」


“収入がありませんのでお金を持っていないのです”


「ならば現物徴収です!!」


“どうぞ”


「シトラ、ここは王城だぞ。王の物を強制徴収するのか?」


 マリスさんがそう声をかけます。


「オーリス様、まさか借金が……?」

「ちょっとーあたし達養っていけるのー?」

「夜逃げだー!」


 マリスさんに、ヴォルブ様がお手隙ならば不敬ながらお越しいただけないかとそっと頼みます。

 少し出ますぞ、とおっしゃって貴賓室を出られました。


「よーし、あっ……、えぇー!? えぇ!? どうするんですか! オーリスさん!」


 シトラさんには悪いですが、ちょうど良い機会です。

 少し教会の出方をみる為にもがんばって徴収していただきましょう。



“これなどどうでしょうか?”


 眷属達を指し示します。


「オーリス様……?」

「いやー! 眷属虐待でしゅに訴えるわ!」

「僕たち売られていくの?」


「これなら充分……、えぇ!? えー!? あれ!?」


 シトラさん混乱しているようです。


“まぁシトラさん。落ちついてお茶でも飲みましょう”


「は、はいぃ」


 おずおずとお茶を飲むシトラさん。美味しいと言う言葉が聞こえ少し落ちついたようです。


「あ、あの……、オーリスさんは王城で働いているんですか?」


“いいえ”


「え! じゃあ何故ここに……?」


“この部屋をお借りしています”


「ええー! ど、どういう事ですか? 偉い人なんですか?」


“さぁどうでしょうね”


 シトラさんにニコッと笑いかけて誤魔化します。



 しばらくするとマリスさんが戻ってこられました。

 ヴォルブ様となぜかダーラさんが一緒です。


「よう! オーリス、おもしろい事になってるそうだな! まぜろよ」


「シトラ! ここで何をしているのです!」


 ヴォルブ様とダーラさんがそれぞれ言われ、シトラさんはびっくりしていらっしゃるようです。


“ヴォルブ様、どうぞ特等席へ”


 上座の席を勧め、侍女さんにお茶を淹れていただきます。



「え! えぇ!? 陛下!? おばあちゃん!? あれ? なんで! ええー!?」


「シトラ! 不敬ですよ。きちんと御挨拶なさい」


「はいぃ! 陛下、お目にかかれて嬉しゅう御座います。シトラと申します」


 修道服で綺麗な所作のカーテシーをしています。

 ダーラさんはよしと頷いています。合格のようです。ダーラさんはシトラさんの祖母だったのですね。書庫管理室でのマリスさんとの談話はシトラさんの事だったのでしょう。


「うむ、畏まらずとも良いぞ。公の場ではない、好きに致せ」


「オーリス様申しわけありません。シトラは私の孫になります。シトラが何か仕出かしましたでしょうか?」


“いいえ、何も。私がシトラさんにご迷惑をおかけしたのです”


「で、オーリスよ。俺はなんで呼ばれた?」


“ヴォルブ様、私は無収入で教会への週定献金が払えません。教会に現物徴収をしていただくのに不敬ながらお越し願って、ヴォルブ様に一緒に確認していただこうと思いました。このお城は王の物、この部屋にあるのも王の物です。しかし今は私がお借りしている状態ですので、いったんここの物を教会に徴収していただいて、後ほど私がヴォルブ様へお返ししようかと思いました。”


 とたん、ヴォルブ様がそういう事かと悪い笑顔を浮かべます。


「よし、話はわかった。シトラよ、存分に徴収しろ」


 オラオラと迫りそうな勢いでヴォルブ様がおっしゃいます。

 シトラさんはびくびくしながら小さくなっていきます。

 ダーラさんは、これはいい機会だわといいつつシトラさんを見つめます。


「え!? えぇー……、ど、どうしようおばあちゃん……」


「あなたはあなたのお仕事をなさい。陛下とオーリス様はお手隙ではないのよ」


“このティーセットはどうでしょうか。いいお値段しそうです”


「マリス、これいくらだ?」


「一般平民区に家が建ちますな」


「じゃ、これでいいんじゃないか? 足らんか?」


「ひぇっ、いえいえいえ! 出来ません! そんな!」


「なぁシトラよ、王の俺が預かっている客人が金を払えないとなると困るんだわ、持っていけ」


“ではヴォルブ様、このティーセットをお借りしますね”


「おう、払えなかったらどうなるかわかるか?」


“大変な事になるでしょうね”


「ひぃぃっ」


“ではシトラさん、七日後にまた徴収にいらしてくださいね”


「え!? えぇー?」


“七日ごとにお支払いしなければならないのでしょう?”


「無理、無理です! ごめんなさーい!」


 そう叫びつつ走って出て行かれました。

 ティーセットは侍女さんが包んで持たせてくださっています。



“ヴォルブ様、ご足労頂きありがとうございました”


「おう、構わん。シトラには悪いが後が楽しみだ」



「魔王様に申し上げたき儀があります」

「オーリス様、あたしたちを売ろうとしたのよー!」

「売られて行くノー」


「お、売るなら俺が買うぞ、オーリス」


「魔王様……?」

「おじさんの方があたし達をこき使いそうだわー!」

「三食昼寝オーリス様付き、それ以上は譲れない!」



“それでシトラさんですが”


「わかっている、城に職を用意させる。マリス頼むぞ」


「陛下、ありがとうございます」


 ダーラさんが深々と頭をさげます。

 マリスさんはわかりましたと頷いておられます。


「よし、じゃあな! おい、白騎士隊と黒騎士隊隊長を執務室に呼べ」


 ヴォルブ様は銀騎士さんにそう伝えながら貴賓室を出て行かれました。


 精鋭達で教会を囲みますか。

 本気ですね、ヴォルブ様。



 マリスさんとダーラさんはお仕事に戻られました。

 王城内信徒一覧におふたりとも載せておりますので、これから一日中ずっと働き詰めでしょう。

 ご協力ありがとうございました。

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