閑話・マリス二話


 あの天使様と共にあられたお姿を拝見してから二日、まともにオーリス様のご尊顔を拝見させて頂いておりません。もう私は! もう私は! どうにかなってしまいそうです! 仕方がありませんので貴賓室のベッドで匂いを堪能しようと思いましたが、匂いがありませんぞ! 使った形跡もありませんぞ! どういう事ですかな、イソベル!


「オーリス様は睡眠を必要としないとの事です、神ですので」


「なんですと! ではせめてオーリス様の使われた食器をねぶらせてください!」


「オーリス様は食事も必要としないとの事です、神ですので」


「な、なんですと! お茶は!? お茶を飲まれるでしょうが!」


「カップは全て私がコレクションしております。毎日カップを変えて。神ですので」


「いくらですか? おいくら払えばよろしいのですかな!」


「例え宰相閣下でもお譲りする事は出来ません。閣下はこのような場合、人にお譲りなさいますか?」


「ぐっ、王命でも逆らいますな! 気持ちがわかるだけに悔しいですぞ!」


「さて、そんな閣下に朗報が! 侍女何名かに絵のうまい者がおりまして、オーリス様のお姿を描かせ「ください! それを! 私に!」」


「お待ちください、閣下。ひと月、いえ二週間お待ちを。侍女連を総動員してただいまオーリス本の製作に入りました。それが出来た暁にはお届けに上がりましょう」


「なんと! 侍女連を動かしてまで! さすがです、よくやりました! 予算が足りなければ私が個人的に出しますゆえ!」


 侍女連、それはロムダレン国の王都を含む全ての街や村に住み従事する侍女、給仕、お手伝いさん達の連合。男性でその存在を知る者は侍女室を直轄に置く私のみ。構成員は全て女性で秘密厳守の組織であります。侍女連が同盟罷業ストライキを起こせば経済破綻が起き国が潰れますな。そんな侍女連の秘密のひとつが今話題の人物を本にした物。魔法を駆使し製作、配布される写本は一万冊を超えると言う話ですな。全て無料で製作され配られます。どの分野にも侍女連は食い込んでおりますから、材料から配布まで賄う事が出来るというわけですな。皆が自主的に寄付しますから、侍女連の積立金は国家予算に迫る物があるらしいですぞ!

 そして配布される本には魔法陣が描かれており、配布先の本人以外が開くと燃えて隠滅するらしいですし、秘密を漏らしそうになった者は人知れず消されるという話ですぞ。


「お金は結構で御座います。ある日、ひっそりと枕元にその本が届く事でしょう」


 思わずガッツポーズですぞ! 男性で侍女連の本を手に入れる事が出来るのはおそらく私だけですからな! 本が届いたら寄付させて頂きますぞ!



「宰相閣下、ミレガン侯爵領について報告です」


「む、聞きましょう」


 イソベルが侍女室室長の顔になり調書を渡します。


「調書の通り、侯爵領では茶葉の品種を少しずつ変えております。また城勤めの護衛兵士がここ半年で三十人ほど辞めておりますが、いずれも侯爵領へ再就職しております。その護衛兵士達は皆、ミレガン侯爵領の茶葉輸出護衛に付いた事がある兵士です」


「あやしすぎますな!」


「変えた茶葉を入手させております。現在王都へ向かっていると思います」


「その茶葉が麻薬というのが物語の定番ですな!」


 私の持っている本でもそういうお話がありましたからな。


「確かに、そこへオーリス様のような神が乗り込み悪役退治という事ですね!」


「オーリス様さすがです! ご活躍なさるお姿が目に浮かぶようですぞ!」


 イソベルと二人オーリス様へ祈りを捧げていると、銀騎士が来室して陛下がお呼びとの事。銀騎士に連れられ執務室に向かいます。


「陛下、何でしょうかな! 私はお祈りをしておったのですが!」


「マリスよ、ここ二日宰相執務室へ顔も出しておらんそうじゃないか、仕事はどうした?」


「私の仕事はオーリス様の居ない貴賓室の警備ですぞ! 仕事はしておりますな!」


「お、おう。そうなのか、いやいや待て待て。宰相としての仕事をせよと言っているのだ」


「ですから、仕事はしておりますぞ! 陛下、成果が出るまでもうしばらくお待ちください」


「お、そうか。マリス、任すぞ」


「はっ! 承りました! では、私は警備の仕事に戻りますぞ」


「いやいや、それだけじゃない。昨日の披露目を見たミレガンがな、オーリスを招待してパーティーを開きたいと言ってきた」


 ふむ、ミレガン侯爵がですか、動きが早いですな。しかし侯爵のパーティーは数年ぶりですな。どこの貴族も間者を入れてきそうですぞ。


「そこに諜報を入れるのですな。侍女室室長にも人を入れるよう言っておきましょう」


「おう、任すぞ」


 全く、この忙しいのにそのような事で呼び出すとは! さて、いつオーリス様がベッドに横になっても良いように私の匂いを擦りつけておきますぞ!




 はぁ……。オーリス様が戻られなくなってもう五日。私の心に咲いた清く美しい花はもう枯れそうですぞ。オーリス様は突然、私を置いて獣人の村へ向かわれたとか、私を置いて。その間、宰相の仕事など手に付きませんぞ。今は部下が自分の裁量の範囲で仕事を回しておりますな。

 そんな私に宰相執務室付きの侍女エイが話しかけてきます。


「宰相閣下、掛かりました」


「もう我慢できなくなったのですかな」


 これまで密かに決裁書類に紛れ込ませて、少しずつ少しずつ国費を横領する輩がおり、それの調査を始めておったのですぞ。今までは毎回違ういろいろな部署を経由して横領しており特定が難しかったのですが、今だけは自分で決裁できるとわかりあせったのでしょうな。私が目を通さないわけが無いでしょうが。これもほんの一握りの事かも知れませんが、こうやっていつでも立証出来るのですぞと見せておかねば図に乗りますからな。

 さて、横領犯は三貴族、いずれも無派閥の教会依存貴族ですな。証拠の書類と財産差押え命令書、死刑執行命令書を作成し陛下の元へ向かいますぞ。



「おう、どうしたマリス」


 執務室でお仕事をされていた陛下がいつも通り声をかけてくださいますな。私の子のようなお歳ですが、その成長を見て来た私は感慨深い物がありますぞ。あなたは間違いなく賢王になられました。ご自分の我が儘を通していらっしゃるようでありながらその実、全て民の為に尽力なさってお出でになる。先代様よ、あなた方のお子は立派な王になられましたぞ!


「陛下、仕事が終わりましたゆえ報告に参りました」


「おう、警備の仕事か? もういいのか」


「はっ! これを」


 書類を陛下に渡し採決を待ちます。

 陛下は読み始めた途端、眉間に皺を寄せ怒りを露わにされます。その後、無言で全ての書類にサインをし私に返しました。


「よくやったマリス。あとは頼む」


「はっ! 二日で片付けますぞ」


「おう、任す」


 執務室を退出し、黒騎士隊に指示を出し、係わった貴族の財産押収と身柄を確保します。誰に知られる事も無く、ひっそりと処刑は行われ全て事なきを得ます。


 まだまだ不正は多い、これからも貴賓室の警備に精を出しますぞ!

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