第11話 俺たちはここで生きて、ここで死にます


 獣人さんの村に向かっている途中で信徒の獣達に手を振りつつ二日。もう村の近くに来ているそうです。眷属達と黒騎士さん達にはここで待機していただき、私とテリサさんで村へ向かいます。


「止まれ人間! 動くと矢を放つ! テリサどうした! 捕まったのか!」


 村の入口にいた犬の顔の獣人さんに警告されます。三十代くらいの男性のようです。


 犬獣人さんはこちらに向かって矢をつがえ弓を引き絞っています。

 広くはなさそうな村に犬獣人さんの大声が響き、村の人々が武器を手に集まってきました。


「捕まってないにゃ! 御使い様を連れて来たにゃ!」


 村の人々は十二名いますね。テリサさんにこれで全員ですかと聞くと、「そうにゃ」と答えて下さいました。

 その中には子供が二人いるようです。勇敢にも手に小さめの剣を握っています。

 テリサさんを入れて十三名ですね。

 猫、犬、狐、そして人間と同じような見た目で、顔が髭だらけで背丈が小さく手足の筋肉が異様に発達している人がいます。あの人が岩人でしょうか、そうでしょうね。

 教戒した方が話が早いでしょうね。



『跪け!』



 皆さん一様に跪いて下さいます。



『主は唯一神であらせられる。改心せよ!』



 皆さんに教典が入り主の教えを理解して行かれます。

 そうして祈り始めました。


「これが信仰か……! これが神の教えか!」

「うおぉぉ!!」

「素晴らしい! 力がみなぎってくる!」

「御使い様、ワシを抱きしめてくれ!」


 信仰を得るのは初めてなのでしょう、皆さん主を賛美しながら涙ながらに祈りを捧げます。

 ひとり危険な方がいらっしゃいます……。


“皆さん、初めましてオーリスと申します。神界より参りました”


「初めましてー!!! ようこそいらっしゃいましたー!!!」


 皆さんで声を合わせて大声で答えて下さいます。

 全員信徒でありますから羊皮紙は使用せず、空中に文字を直接現出させています。


“この近くに同じ信徒の者五名が控えています。連れて来てもいいでしょうか”


「いいですよー!!!」


 やはり皆さんで声を合わせて答えて下さいます。

 テリサさんに眷属達、黒騎士さんを連れて来ていただくようお願いし、私は村へと入っていきます。



「オーリス様よぉ! ワシと一緒に岩を眺めねぇか?」


 岩人さんらしき人がそっとにじり寄って来られました。まさか!


“岩人さんですか? 今おいくつになられましたか?”


「おぅ、そうだ岩人だ。七十から数えてねぇ」


 これはやはりご高齢の方に特殊な作用が……。


「初めての共同作業っつー事で、一緒に武具でも作るかぁ!」


“お断りします”


 到着した黒騎士さんに岩人さんをまぁまぁこちらへと引き離していただき、テリサさんの父である黒猫族族長と、族長の家でお話をする事になりました。



 家というより小屋に近い作りの物で床に大きな獣の毛皮の絨毯があり、生活必需品があるくらいで装飾品はありませんでした。

 入口から遠い、上座だと思われる所の床に直接座るよう案内されます。

 眷属達は人間の姿をとり、入口近くの一番下座に控えさせています。


「オーリス様、ようこそお越しくださいました。そして我らに信仰を与えてくださりありがとうございます」


 族長とテリサさんが平伏します。テリサさんと同じ黒猫さんですね。

 左耳が欠けているようです。声が低いですね、それだけでも貫禄を感じます。


「黒猫族族長のブラドと申します。族長とは言え今この村にはテリサと俺の二人しかいません」


“オーリスです。もう黒猫族はどこにもいらっしゃらないのですか? 帝王国にも?”


「黒猫族は森の獣人が海を渡る手助けをしておりました。船で渡っておりますと海の獣に襲われ、人間と戦ったりします。帝王国側にもガイア神信徒がおります。獣人が海を渡るのを見越していたのでしょう。渡った先でその人間が襲ってくる事がよくあり、その戦いの中で獣人達を守りながら命を落としていきました」


“ここにいらっしゃる獣人達は海を渡ろうとは思わないのですか?”


「もう船がありません。半年ほど前、向こうに渡って戻る時に海の獣に襲われ船が壊されました。俺はなんとか泳ぎ切りましたが、その時にテリサの母親を亡くしております。船をまた作るにしても残っている岩人ひとりでは難しいでしょう。もうあいつはいい歳ですし。俺たちはここで生きて、ここで死にます」


“私が主の教えを広めれば数年の後には差別が無くなり、世界中大手を振って何処へでも行けるようになるでしょう”


 ありがとうございます、とお二人で平伏されます。


“最後に質問をよろしいでしょうか”


「なんなりと」



“ブラドさんは語尾に「にゃ」を言わないのですか?”


「にゃっ!?」


「猫獣人は大人になると自然と使わなくなります。テリサはまだ子供だという事ですにゃ」


 ブラドさんは照れながら語尾に「にゃ」を一度だけ言ってくださいました。ありがとうございます。

 確かに渋いお声での「にゃ」は違和感がありますが、それはそれで有りではないでしょうか、有りですね。


「あの猫は子供だったのですね」

「よちよちかわいいでちゅねー」

「バブー! バブブー!」


「お前ら五月蠅うるさいにゃ! フーー!!」


 テリサさんは眷属達と仲良くやっているようです。



 ブラドさんの家から外へ出て村を見て回ります。案内にテリサさんが付いてくださいました。

 家の数は七軒。村人がいなくなる度に壊し他の家の修繕や家事、風呂の薪にするそうです。


「オーリス様、風呂に入っていくかにゃ? 村のみんなで入るから広いにゃ」


“私の身体は汚れませんので結構です”


「入れないわけじゃないにゃ? なら入るのにゃ!」


 風呂場の方へ、でしょうね。連絡をしにダダダッと走って行かれました。

 また勢いよく戻ってこられたテリサさんが、広い風呂だから石を焼くのに時間がかかるにゃ、と言われます。石焼き風呂ですね。



 今日はここに是非泊まり歓待させてくださいとの事で、そう簡単には来られない場所ですしお言葉に甘える事にしました。

 テリサさんが「信徒は食事しなくてもよくなるのにゃー」と村人におっしゃって、歓待の宴はここぞとばかりに村の貯蔵食糧を放出、秘蔵らしきお酒も全部出るそうです。



「オーリス様、よろしいですか。村の外に獣が集まっております」


 ブラドさんが呼びに来られ一緒に村の外へ出てみました。

 いろいろな獣達が二十頭ほどおり皆信徒の獣のようです。最初の兎と犬の獣もいますね。

 私が姿を見せるといったん伏せてそれから咥えていた果物や植物、根菜などを私の前に置き、頭を下げて下がります。

 貢ぎ物でしょうか、そうでしょうね。


“ありがとうございます”


 兎と犬の獣を撫で、貢ぎ物は村の皆で運び今晩の宴に使用して貰う事にしました。

 信徒の獣達には村周辺に住み処を作り、村を守ってくれるようお願いをしておきました。



「オーリス様、秘蔵のお酒をどうぞ。わたしが造りました。美味しいですよ」


 狐顔であでやかなお姿の女性の方がお酌をしてくださいます。

 ここは村の中央井戸の周りで、屋根は無くお祝い事があると集まる場所だそうです。

 お酌をして頂き飲んでみますと、確かに美味しい。酒精は強くなく弱くもなく花の香りがします。

 かがり火と星の光の調和が見事で、それをつまみにお酒をいただきます。


“ああ、これは美味しい。飲み過ぎてしまいそうになりますね”


「そうでしょう? 飲み過ぎてしまっていいですのよ。あたしが介抱いたしますから」


“私は酔いませんので大丈夫です。どうぞ黒騎士さん達にもお酌をしてあげてください”


 お姉さんは「ん、もう!」と言いながらも黒騎士さんの元へ行ってくださりました。


 食事も堪能します。村の貯蔵庫から出した森ならではの食材、食べた事のない肉やスープ、海が近いらしく貝や魚、そして獣達が持って来てくれた根菜や果物、全て美味しいですね。

 眷属達も大人しく料理とお酒を堪能しているようです。



「オーリス様、楽しんでくださっておりますでしょうか」


「おりますかにゃー」


 ブラドさんがテリサさんと共に傍に来てくださいます。

 テリサさんは少し酔っているようで足元が覚束ない様子です。


“はい、楽しいですよ。狐獣人さんのお酒は美味しいですね”


「そうでしょう! あのお酒は今晩が最後らしいです。もう全部出したそうです。信徒になりますとすごいですね、食事と睡眠がいらないとは」


“そうですね。必要はないですが、味を楽しむ事は出来ますので全部出すことはなかったのではないでしょうか”



その時、宴が一瞬で静まりかえりました。



そして一斉に悲鳴と怒号と泣き声が上がりテリサさんへの視線が集まります。



「テ、リ、サー!!!」

「んにゃ!?」



 その騒動を余所に黒騎士さん達と共に風呂場へ行きます。

 服を脱ぎ裸になって浴室へ入りますと、二十人くらいは入れそうな浴槽が見えました。この浴槽は木材で出来ているのでしょうか。地面に半分ほど埋まっていますので半地下のような見た目です。

 汚れておりませんがマナーとして身体を洗い浴槽へ身を落とします。


“ああ、入浴してよかった。深い森の中で星を見ながら入れるとは素晴らしいですね、黒騎士さん”


「はい、王都でもこんな贅沢はできませんね。気持ちがいいですね」



「にゃー!」「ひゃー」「おおおー!」


 ゆっくり浸かっているとテリサさんとふたりの子供が浴槽へ飛び込んで来ました。

 飛沫が私と黒騎士さん達にかかります。子供は狐獣人と犬獣人の男の子のようです。


「オーリス様、こんばんはー!」「はー!」


 子供二人が挨拶をしてくださいます。


“こんばんは、元気ですね。たくさん食べましたか?”


「はい! 食べましたー!」「たー!」


 少しもじっとしておらず、ばしゃばしゃと泳ぎ始めたかと思うと黒騎士さんの肩に乗ったり、潜っては笑い、浴槽を出てまた飛び込んだりしてとても楽しそうでした。


「ほほう、これは子供達から私達への挑戦ですね」

「受けてたつー」

「水責めだー!」


 眷属達も子供達に混ざって遊び始めます。



「あの子らはこれから良くなっていくという事を感じてるにゃ。いつもは大人しく入ってるにゃ。狩りで村の者が一人また一人と、二度と帰って来られなくなったりするにゃ。もうこれからはそんな事考えなくてもいいにゃ」


 いつの間にか横にいて子供らを微笑ましく見つめているテリサさんが言います。


“テリサさん”


 真顔でテリサさんをじっと見つめます。


「な、なんにゃ?」



“あの子らは子供なのに語尾が普通なのですね”


「にゃっ!?」



 ブラドさんの家に泊まらせていただき、翌日早朝。ワシも付いていく! と言う岩人さんを獣人さん達が押さえ込み、皆さんに別れを告げ王都への帰路に入ります。

 テリサさんに王都手前まで送っていただく事になり、テリサさんも食事、睡眠の必要がなくなりましたので夜通し歩き一日と少しで着くことが出来ました。

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