第3話 小さな自警団
「アリアン流剣術四ノ型【オウカ】!!」
腰を限界まで捻った態勢から放たれる七連撃がアルラウネの蔓をバラバラにする。息絶えて地に伏せる魔物を見下ろし、私は刃に付いた汁を拭いとった。
「もう少し踏み込んだ方がいいわね。捻りは悪くないから戻す時に意識を向ければ八連撃いけるかしら?」
技の調整をしていると疲れも感じにくい。やっぱりただ鬱蒼と生い茂る木々を見ているだけの方が気持ち的に折れやすいのだ。集中力も高くなってきてかなり調子がいい。
歩きながらメモ帳にアルラウネの記述を残す。実際に来てみて分かるが、動物系より植物系の魔物が極端に増殖しているようだ。元々は大猪のビッグボアがこの辺りのボスだったはずだけど、恐らく今は植物系のトレントクラスがボスになっている。だとすると、
「あれ? ここは······」
ふと顔を上げると、目の前に古びた木造アーチが建てられていた。いつの間にか到着していたのか、大きく『ナルプスの村』と書かれている。こんなにも森と隣接しているところに門を構えるなんて、余程昔に建てられたのだろう。
アーチを潜ってもまだ森の中。よく目を凝らせばと少し先に煙も上がっていて人の気配は感じられる。大型のアルラウネも近いのにこんな所で生活出来るのだろうかと疑問はあるが、とにかく入らなければ話にならないのでそのまま足を運んだ。
村を目視した時、私の中で疑問は膨らんでいく一方だった。
「人が、多い」
左手に広がる大きな畑と農家の女性達。子供集まって遊び回り、大工の男達に叱られてもイタズラな顔で逃げていく。右手には獣の皮なめしが干されていたり貯蔵庫らしき倉の前でひと休憩入れる年寄りの溜まり。危険な山奥とは思えないほどの人がきちんと『村』を築いていた。
そして何より気になったのは自警団が全く見えないことだ。駐屯兵もいるトロトンの村にすら自警団は存在するのに、どこを見ても農家ばかり。仕切りの柵も有って無いようなものだし流石に山奥の村として有り得ないのではないか?
「なんだ姉ちゃん! どこから来たんだ!」
「え、あっ、ごめんね。いま遊んであげられないの。他を当たってくれる?」
急に話しかけられてビックリしてしまった。さっき怒られていた子供達の三人が立ち塞がるように並んでいる。私の背の半分くらいだろうか、手作りの兜や木の剣を身に付けている様から冒険者ごっこをしているようだ。
「怪しい奴め」
「やめとこうよロッシュ。この人強そうだよ?」
「バカヤロー! 強い敵から逃げる勇者がいるか! チコは精霊魔道士から新米魔法使いに降格な」
「ま、またぁ? この前賢者から落ちたとこなのに······」
「ふん、臆病な性格を治さないとずっと落ちるからな」
「やだよ〜、セタくんもなんか言ってよ」
「······僕は忍者だから喋らない」
「ふぇ〜ん」
勇者役の男の子から無慈悲な降格を受ける女の子。もう一人は無口な男の子であんまり会話は得意じゃなさそうだ。私は無かったけど、子供達の間では勇者ごっこは一定の人気があるらしい。本物の勇者だから微妙な気持ちだけど、平穏を感じられて微笑ましいことだ。
「キミ達、お父さんかお母さんは近くにいる? 村長さんでもいいのだけど、話をしたいの」
「む、父ちゃんはそこらへんにいるけど、まだ『ケンモン』は終わってないんだぞ。身分を示すのだ!」
「困ったなぁ。ほら、この勲章じゃだめかな?」
帝国を表す赤い布地に勇者の刺繍。大人なら知っているかも知れないが、子供は分からないだろうな。
用心深く近付いてきた勇者のロッシュは首を傾げて他の子を手招きする。魔法使いのチコと忍者のセタも同じように疑問を浮かべ、分からない知らないと繰り返すだけだった。
「これはね、帝国の勇者であることを示す勲章なの。どうかな?」
「勇者? そんな勲章知らないよ! 嘘じゃないというなら俺らと戦え! 勇者なら強いはずだ!」
「えぇ? 怪我させちゃうからダメだよ」
「戦うのー! 戦わないと認めないからな!」
ロッシュが騒ぎ始めて少し注目され始めてしまった。まるで子供を虐めてるみたいで居心地が悪い。
「こ、こらロッシュ!また知らない人に迷惑かけてるのか!」
「父ちゃん! 怪しい姉ちゃんが来たぞ!」
細身の男性が走りよって来て、すみませんと腰を曲げロッシュの頭を下げさせる。その人は私の勲章が分かるようで、焦った様子でまた頭を下げた。
「ロッシュ、この人は本当に勇者様なんだ。書庫の本にあの勲章載っていただろ? ちゃんと謝りなさい」
「え!? じゃあ本物!? だったら戦おうよ! 俺らこの村の自警団なんだ! めっぽう強いって勇者様と戦ってみたいんだよ!」
「駄目だってば! すみません勇者様。ロッシュはずっと勇者に憧れているんです。後できちんと叱っておきますのでここはどうか寛大なお心で······」
子供が迷惑を掛けて申し訳なく思う気持ちは受け取るが、どうも不自然だ。普通は勇者がポっと現れたら驚くものだと思う。あの漁師のように。まるで勇者が珍しくないような落ち着き。慣れている、いや、信じていない? とにかく変な感じだ。
「それは構いません。出会ったばかりで失礼ですが、この村には自警団はいないのですか? すぐ近くに大型のアルラウネも出没しています。手の打ちようがないのなら帝国に駐屯兵の依頼も考えた方がいいと思います。近々、
「えぇ!? アルラウネですか! ロッシュ! また巡回をサボって遊んでいたのか!」
父親はロッシュの頭をポカリと叩くと、小さな勇者は罰が悪そうに口を歪めてそっぽを向いた。
「ち、ちょっと叩かなくてもいいでしょう。アルラウネですよ? 子供が狩れる野ねずみの話ではなく人喰いの魔物です。わかっているんですか?」
「だからこそです。何せこの村の自警団はこの子達なのですから」
「え、えぇ? 自警団?? 子供が??」
突飛な発言につい呆気に取られてしまった。こんな小さな子供達が自警団だと言ったのか? 冗談でも笑えない。大型アルラウネは帝国の新兵五人は必要なレベルだ。それをこの子達は駆除してきたというのだろうか。
ロッシュに目を向けると、先程怒られたばかりだというのに目をキラキラさせて見上げてくる。この無垢な眼差しで何が出来るというのだろう。
「姉ちゃん信じられないんだろ? ほら、戦えば分かるんじゃないかな! 俺たちはいつでも準備出来てるぜ! どれだけやれるか見てくれよ!」
「いい加減にしなさいロッシュ!」
「わかりました」
「え、勇者様?」
父親がまた手を上げるものだから、つい即答してしまった。見ていられないのだ。愛情であれ叩かれる子供の姿というものは。
はしゃぎ回るロッシュを横目に愛刀と鞘を紐でしっかり固定する。怪我をさせるワケにはいかないから素手でもいいのだけど、憧れの勇者が素手なんて夢を潰してしまうかもしれない。形だけは剣士を見せてあげたいのだ。
「なぁなぁ! こっちは三人でいいだろ? いつも三人で戦ってるからさ!」
「好きにしなさい。でも刃物は駄目よ? 怪我をするかもしれないから」
「わかった!」
無邪気なものだ。勇者ごっこをしていたから木の剣や荒削りの杖、オモチャみたいな短刀を構える三人はやる気十分。早く終わらせて本当の自警団に合わせてもらおう。どうせいるのだろう、ちゃんとした大人が。
「父ちゃん! 合図!」
「やれやれ······」
すみませんねと首を捻る父親。私が頷くと、困った様子のまま手を振り上げた。
「始め!」
父親の手が振り下ろされる。
そして、私は反射的に大きく退いていた。
「速い!」
「うわっ、姉ちゃん速っえぇ!」
ロッシュが低く踏み込んだ所までは見ていた。気を抜いていたのは認めるが、それでも予想より数段以上速く無駄のない突進に回避を強いられた。
それだけで分かる。この子、相当強い!
「だららららららら!!」
乱雑だが正確な軌道で急所に切り込んでくる。しかし、どれも後一歩踏み込みが足らず捌く必要もなく避けられる。
リーチの短さにやきもきしたのか、ロッシュは一度仲間の所に下がると地団駄を踏んで二人の背中を押した。
「やっぱ剣は駄目だ! お前たち! 時間稼ぎよろしくな!」
「ひぇえ、無理だよ〜」
「チコ荷物持ちに降格な!」
「それもやだぁー! セタくん守って!」
「······ん、近付けさせないよ」
ロッシュが離脱し、入れ替わりでセタが飛び掛ってくる。ロッシュよりずっと身軽な短刀を振り回す自称忍者は、剣筋こそリーダーに及ばないがその速度は比べ物にならない。私はとうとう振り切ることが出来ず、剣による捌きで防衛を始めさせられた。
そして、手元の違和感を感じた。
「【ヒートエレメント】!!」
遠くから声が聞こえた瞬間、何も無かった手元に火花が散る。セタが引く姿が目に映り、自分の行動が遅れたことを悟った。
なんてことを、攻撃魔法だ。
「ぐっ!」
火花が爆炎に変わり、子供なら丸呑みに出来るほど巨大な火球が至近距離で爆発した。剣は空高く弾かれ、自分の身体が煙を出しながら大木に叩き付けられた。
私は理解した。
自分の甘さを。
激突の圧迫感を噛み締めている内に接近を試みるセタ。武器もなく、無防備な硬直を晒す騎士にこの状況を覆せる術はない。
そう、ただの騎士ならば。
「······え?」
私の首に一太刀入れたはずのセタの身体が宙で回転する。視界は定まらないだろう。遠心力に体は動かないだろう。
君達が悪いんだよ。強いから。
「核抜き」
私の掌底がセタの心臓を射抜き、彼は回転したまま遠くの地面に転がる。土煙の中、気絶したセタはピクリとも動かなくなる。
これで一人。
「セ、セタくん〜······」
「貴方は危険ね」
「ひぃ!」
空から落ちてきた剣を掴むと、一番の危険人物である魔法使い目掛け踏み込む。さっきの魔法。どこで身に付けたのか知らないが、あの規模の攻撃魔法は帝国魔術師学校の入学に十分足る威力。冒険者ギルドならベテランのCランク相当。攻撃対象がこちらであるのならば、一番に潰すべきだ。
私の剣が少女の杖に打ち込まれる瞬間アルラウネとは匹敵にならない圧力が真横から迫り、寸前で飛び退く。
「待たせたな!」
「ロッシュ〜!」
大きな気配は離脱したリーダーであった。私がいた場所は破壊音と共に大穴が空き、その一撃が砲撃並の威力だと主張していた。彼の手には木の剣ではなく、槍に似せた鉄棍が握られている。
「刃は付いてないからさ! これは許してくれよな!」
「構わないわ」
構わない、か。そんな余裕はなさそうね。
恐らく、この子のメイン武器は槍なのだ。勇者に憧れて剣の練習をしていたのだろうが、ずっと槍の間合いでいたことから想像はついていた。ロッシュの師が槍なのだろう。今の姿の方がずっとしっくりきている。
先程とは違い、今度は一発も避けることは出来ない。縦横無尽な斬撃はしっかりと私に届き、子供とは思えない破格のパワーの攻撃を集中していなしていく。一歩間違えれば骨折は免れない。
ロッシュの絶え間ない斬撃、正確なサポートを入れるチコの魔法。先にセタを気絶させなければ危なかったかもしれない。自警団なんて冠が小さく感じるほど、この子達は強力なパーティーだ。
だから、もう終わらせる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「そろそろね。いい勝負だったわ」
「ま、まだ終わっ······!」
ロッシュの言葉が途切れる。大きく口を開いたまま、私の構えに魅入られるように。
「アリアン流剣術一ノ型【イトキリ】」
縦に構えた剣が円を描きながら二人の間を通過する。同時に、鉄棍と木の杖が粉々に破壊され子供達は尻餅をついた。
「な、な······」
「え、えぇ〜?」
私は剣を腰に差し、何が起こったのか分からない二人の背中をポンポンと叩いて頭を撫でた。
「信じなくてごめんなさい。貴方達は間違いなく強いわ。自警団にしとくには勿体ないくらいにね」
「ね、姉ちゃん······なんだ今の」
「帝国最強と名高いアリアン流剣術の初歩技よ。見えなかったでしょ? 本当は真っ二つに切り裂く武器破壊なんだけど、鞘だったから粉々になっちゃった。代わりの武器はまた用意してあげるわね」
「す、すげぇ!! 姉ちゃんすげぇよ!!」
負けたのに嬉しそうなロッシュは、気絶しているセタを起こして興奮を押し付けていた。ダメージが残らないように打ち込んだから寝起きのようなセタはうんうんとわけも分からず頷いていた。
「姉ちゃんは本物の勇者様だぜ! もしかしたら『ドジなおっちゃん』と同じくらい強いかも!」
「ど、ドジなおっちゃん?」
「俺たちの師匠なんだ! ほとんど森から出てこない変なおっちゃんでさ! 面白いんだぜ!」
「??」
この森には仙人もいるのかな? 子供がこの強さだから何がいてもおかしくなさそうだ。
一区切りついたところで、見学していたロッシュの父親が苦笑しながら近付いてきた。
「ありがとうございました。ロッシュに変わって深く感謝致します」
「いえ、それより森に住んでる人が居るんですか?」
「それも込みでお話ししましょう。どうぞ、私の家でゆっくりしていってください。あ、申し遅れましたが、私がこの村の村長をしておりますナグルと申します」
「そ、村長さんでしたか······」
な、なんだか独特なテンポの村だな。
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