第47話 ジェイとハンナ

 ある夜、いつものように5人で夕食を取っていると、ハンナが意を決した顔で言い出した。


「皆さん……私はこの世界に残ろうと思います」

 

 皆はハッとする。

 だが、それを聞いたアキは冷静に返事をした。

「それが自然ですね。本来、ハンナさんはこの世界で生まれた存在、情報生命体ですからね。それに、この世界ならジェイさんもコトミさんもいるから安心です」

 

 ヨシミーは、アキのその言葉を聞いて、

(いや、そうじゃないだろ! ジェイがいるからここにいたいんだろ! まったくアキはもう!)と心の中でツッコミを入れていた。

 

 ハンナの言葉で固まっていたジェイは、いきなり立ち上がったかと思うと叫ぶ。

「アキさん、心配しなくていい! ハンナさんの事は俺が一生かけて守るから!」

 

「え? 一生!?」

 ヨシミーは、その思い切ったセリフに、思わず大きな声を出す。

 

「ジェイ坊ちゃまもいよいよ私の手を離れるのですね」

 コトミは妙に嬉しそうだ。

 

「……ジェイさん、それはプロポーズですか?」

 アキも思わず疑問を口に出した。

 

 ジェイはアキのその言葉に目を見開いた。そして、ハンナを見ると、

「そ、そうだ! ハンナさん! 俺と結婚してくれ!」

「え? ……結婚?」

 

 ハンナは一瞬キョトンとする。しばらくしてその言葉の意味に思い至り、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情を浮かべた。


「俺、今だから白状するけど、今まで無理して背伸びして、カッコつけて、だけどそういうのがバカバカしくなったんだ。全部ハンナさんを見ていて気付いた事なんだ!」


 皆はジェイの思いがけない告白に驚きを隠せないままジェイをじっと見る。

 

「俺は、ハンナさんの、そのいつも明るい笑顔や前向きな姿勢や、いつでもどんなときでも頑張る姿を見てものすごく元気づけられたんだ。そして、自分の未熟さに気づいた。俺、カッコ悪いけど! だけど、だから……」

 

 ヨシミーは、ふと隣に座っているコトミが、テーブルの下で握りこぶしを作って、「行け! 押せ!」と振っている事に気付き、思わず吹き出しかけた。

 

「ハンナさんに見合う男になる! そしてハンナさんを一生かけて守り抜く!」

 

 アキとヨシミー、そしてコトミは、ジェイのその情熱的な告白を自分の事のように聞いていた。

「ジェイさん、思い切りましたね……」

 アキは腕を組んでうんうんと感心する。


 だが、当のハンナは、彼を見つめていた目をふっとそらした。

 そして、再び彼を見るが、その目は悲しみの色が濃く、ゆらゆらと光が揺れている。

 

「ジェイさん。ありがとう。でも、知っているでしょう? わたしは人間じゃないんです。この感情も、この姿も、かりそめの姿なんです! みんなに迷惑かけた暗黒球ダリアと同じ存在なんですー!」

「いや、そんな事は……」

「そんなわたしが、ジェイさんと一緒にいてもいいのか分からないんです! 少し考えさせてください……」

 ハンナはそれでも笑顔でジェイを見つめ返す。

 

 ジェイは、そんなハンナを見て何も言えなくなり、

「分かった。でも、俺は何があっても諦めないから。俺も一緒に考えるから!」

 そう力強く応えるのであった。


 アキたちは、思いがけないハンナのセリフを聞いて、予想外に思い詰めた彼女の気持ちに初めて気付くのであった。




 その夜、ハンナは、ヨシミーとアキ、そしてコトミに相談することにした。


 コトミは真面目な顔をすると、ハンナに優しく語りかける。

「ハンナさん、あなたのその気持ちは分かります。ここは、そうですね、ジェイ様付きのメイド、ハンナさんの仲間として、わたくしはお二人を助けないといけません」


「このことは内緒にしておいてくださいね。ジェイ様にもです」

 たずらのような顔でコトミは話し出す。


「私は魔力によって実体化した自我。あなたと同じ情報生命体なのです」

「ええええっ?」

 三人が一斉に叫ぶ。

 

「情報生命体! なのに人間の体を持っている、それはどういうことですか、どういう理屈で……」

「アキ、今の論点はそこじゃない、それはあとにしろ。コトミさん、続けて」

 

「はい。その私が人間の肉体を持つように、ハンナさんにもそれが可能です。本当の人間の身体を得るために協力しましょう」

「本当ですか! わたしも、ジェイさんや、みんなと同じ体になれるという事ですか?」

「そうですね。心身共に、本当の人間になれるという事です」

 ハンナはそのコトミの言葉を聞いて、ぽろぽろと涙をこぼした。


「さて、肉体その他の問題はそれでいいとして、ハンナさんはどうなんですか? あなた自身の本当の気持ちは?」

「私の本当の気持ち?」

 

「そう、あなたの存在、そして、その心は人間と全く変わりはないのです。それは私が保証しましょう。そして、あなたが新たに得たその気持ちは、人間の最大の能力なのです。人は、そのあやふやで捉えどころのないその感情のおかげで、多様性を作り出すのですよ。そして、恋や愛が感じられたのなら、あなたはもう立派な人間なのです。今流しているその涙は、本物ですよ」

 ハンナは、そのコトミの言葉を聞いて、さらに涙を流す。

 

 そんな彼女をコトミは「大丈夫ですよ。安心してください。坊ちゃまがどうにでもしてくれますから……」と優しく抱きしめるのであった。


 

 

 次の日の昼、ハンナはジェイに頼んで、もう一度あの場所へ案内してもらった。

 

 全天の抜けるような青空。岩場の周りには花が咲き乱れ、二人を祝福しているかのようだ。

「ハンナさん、昨日の話だけど、俺、考えたんだけど……」

「ジェイさん、わたし、あなたのプロポーズ、お受けします」

「へ?」

 ジェイは昨日の今日で、しかも深刻そうなハンナの様子から、すぐに返事をもらえるとは思っておらず、変な声を出した。

 

「ジェイさんのおかげで、わたしも頑張れました! 一緒に頑張って楽しかったですし、嬉しかったですし、その感情は確かな物だと思うんですよね!」

 ハンナは、本来の元気で楽しそうな表情を浮かべた。

 

「恋? 好きって気持ち? 不思議ですよねー。暖かくて、でも、苦しくて、悲しくて、嬉しい。わたし、その感情がなんだか気に入りましたー! それに、わたしにはそれが、わたしの中にある確固たる物として感じられることがわかったんです! ジェイさんへの想いは確かなんです! なのでこの気持ちに素直になろうと思います!」

 ハンナは、そう言うと、太陽のような眩しい笑顔を浮かべて、ジェイを見つめる。

 

「こんなわたしですけど、一緒にいてくれますか?」

 ジェイは、目を見開き、思わずハンナを力強く抱きしめた。

 ハンナも彼を抱きしめ返す。

 

 しばらくして、ジェイはそっとハンナの体を離すと、彼女の顔を見て言う。

「ああ、ハンナさん。俺は一生あなたの事を大事にすると誓うよ」


 しばらくすると、ジェイはハンナを離し、岩場の上で万歳をすると「やったー!! やったー!! 俺は世界一の幸せ者だー」と喜びいっぱいの笑顔で大声で叫ぶ。

 そんなジェイをハンナは見て「男らしくなったけど、やっぱり子供ですねー」と笑うのであった。



 二人が宿屋に戻り、手をつないで部屋に入ってくると、コトミが慈愛の籠もった笑みで「お帰りなさいませ」と二人を迎えた。

 

 ジェイのニヤけた様子から察するも、コトミはわざと質問する。

「それで、ジェイ様、ハンナさん、結論は出ましたか?」

「ああ、俺たちは結婚することにした」

 ジェイはハンナの手をしっかり握り、その手を上に掲げて、皆にそう宣言した。

 

「ハンナさん、ジェイさん、おめでとうございます」

「二人ともおめでとう」

 アキとヨシミーは、晴れやかな笑顔で二人を祝福する。

 

「坊ちゃんも大人になって。これで本当に私もお払い箱ですね」

「コトミさん! 先輩として私の助けになってくださいー!」


 幸せいっぱいの二人を見て、ヨシミーは自分もあんな風になれるかなと思い、ふとアキの事を見た。

 二人を祝福しているアキの横顔を見て、いつかわたしも彼の横に立てればいいなと密かに思うヨシミー。


 しばらくして、ハンナがアキたちに打ち明ける。

「アキさん、ヨシミーさん、そういうわけなので、わたしはこの世界に残りたいと思います!」

「はい分かりました。そもそもこの世界こそがハンナさんの本来の世界。当然でしょう。ジェイさんと共に幸せになってください」


 アキは笑顔でそう言うと、急に真面目な顔をして、

「でも、ハンナさん、帰還用の魔法陣を作る手伝いと起動はお願いしますね」

「もちろんですー!」


 ハンナはいつもの笑顔で応えるのであった。

 

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