第46話 帰還用魔法陣
とある場所にある石舞台。高さ2メートル、直径20メートルほどの巨大大理石だ。
ここは、かつて使徒と呼ばれた人物が現れ、帰って行った場所として、王家と神殿ネットワークが管理している神聖な場所だ。極秘の場所でもある。
「こんな場所にあるとは……これがあの史郎おじさんが転移してきた場所なのか」
「ジェイ様は初めてですね」
コトミはどこか懐かしい場所を見るような目で、神殿を見る。
「ああ、こんな魔の大樹海の真ん中だとは思ってもみなかった」
アキは王家からの許可を得て、彼らが元のVR世界に戻れるように、この神殿の魔法陣を変更する事になった。
「帰還用魔法陣に必要な情報は、この『魔法陣実行機構の起源』に大筋が記されています。ただ、本来の魂が繋がっていた世界――我々の場合はVR世界のマギオーサですね――そこに戻らないといけないので、魔法陣を修正する必要があります」
アキが説明をし始め、眉をひそめて続ける。
「転移先の世界の指定は、魔法陣実行のキーがその座標となっているのですが、それをどう表現するかが問題でして……。ハンナさん、ここへ来た時の例の転移魔法陣覚えていますか?」
アキは苦笑しながらハンナを見た。
「え? えっと、防御魔法陣じゃなくてですかー?」
「あれは転移魔法陣だったんです。その魔法陣を参考に書き換え方法を探ってみたいので、後で見せてください」
「分かりました!」
そして、アキはさらに深刻な顔をする。
「そして、肝心のその魔法陣の魔法陣起動方法ですが、少々複雑でして……」
世界を超えるには、拡張魔法陣による12種同時発動と全体の精密な制御が必要なのだ。
よくよくアキが書物を解析してみると、アキの言語術式とヨシミーの描画術式によるハーモニー、さらにハンナの意志力と総合力による制御、そして彼女の膨大な魔力。この三人の組み合わせが必須であり、彼ら三人がいなければ発動できない代物だったのだ。
「12種同時発動?」
ヨシミーが首を傾げた。
「ええ、例の三重の魔法陣です。それを両手で、かつ、二人組で、です」
「マジか?」
「はい。この内容を考えると、誰か一人でも欠けると帰れないところでしたね」
その事実に、彼らはなぜ三人揃って転移してきたのか、なぜハンナの元の魔法陣があったのか、なんとなくわかるような気がしたアキとヨシミーだった。
アキとヨシミーが主体となり、ハンナとジェイとコトミの手伝いで、毎日、魔法陣を変更する日々が過ぎる。
前回と違って、アキは皆に協力を頼んだ。魔法陣の詳しい仕組みや解説を交えながら作業も分担して効率よく進める。
ハンナも相変わらず楽しそうにしているように見えるが、時々彼女の顔に影が差すのが気がかりなアキとヨシミーだった。
この日の説明はいつにもましてややこしい。
「それで、この部分ですが、本来は同一時空間での移転の場合の時空間座標を四次元の座標で表現するのですが、我々の場合のような、世界を超える場合は、七次元座標が必要でして、その場合の必要なエネルギー総量は、相対性理論から導かれる質量保存の法則を考慮して……」
「えーん、むずかしいことはわかりませんー!」
ハンナが音をあげた。
「アキ、だから、それじゃあハンナには分からないと言っただろ! というか、それは自分にも理解できない」
ヨシミーは呆れた顔でアキを見る。そして、
「はぁ。ジェイ、ハンナに気分転換させてやってくれ。取りあえずこの辺りの作業は、アキと自分だけで大丈夫だから」
アキには集中して欲しいと思ったヨシミーが、ジェイに頼む。
ジェイは、パッと目を輝かせて、嬉しそうにハンナに向かって声を上げた。
「分かりました! ハンナさん、じゃあ、ちょっとデートにでも行きましょう!」
ジェイはハンナを連れて街を案内した。パン屋に併設のカフェでお茶をし、雑貨屋を見たり、花屋を見たり。
その夕刻、街から少し離れた場所にある丘の上、湖を含め一面を見渡せる公園から少し離れた場所にある岩場の上に、ジェイがハンナを案内する。
「この場所は俺のお気に入りなんだ」
「綺麗ですー!」
二人は岩の上に並んで座り、丘から湖に夕日が沈む風景を眺める。
ジェイはふとハンナを見て聞く。
「ハンナさんはこれからどうするんだ?」
「わかりませんー。……わたしの居場所ってどこなんでしょうね?」
彼女は目を細めて、じっと夕日を見つめたかと思うと、視線を落とす。そして、ジェイの方を振り向いて、悲しそうに微笑んで呟く。
「アキさんたちと一緒に行っても、そこはわたしの住む場所じゃないんですよねー」
そんなハンナの顔を見て、ジェイは、意を決したように、ハンナの方を向く。そして彼女を正面に見据えて力強く言う。
「ハンナさんはここに残れよ」
「……そうですねー……でも……」
ジェイはバッと立ち上がり、両手を広げて、おどけたように話す。
「この世界はいいぞー! いや、地球やマギオーサがどんなところか知らないけど、でも、何でも揃っているし、自然も綺麗だし、美しい場所がいっぱいだし、ハンナさんにぴったりだ!」
「ありがとうございますー!」
ハンナはそんな調子のジェイを見て嬉しそうに返事した。
そして、彼は急に真面目な顔をする。
「それに……自分勝手かも知れないけど、俺は、いろんな事に真剣に笑って叱ってくれる仲間を失いたくない。アキさんとヨシミーさんは仕方ないけど、ハンナさんにはここにいてほしいんだ、……俺のそばに」
「……わたしもそうしたいです……」
ハンナは小さく呟いた。
ジェイはフッと体の力を抜いて、ハンナを見る。
「俺、実は、実家では凄い人たちに囲まれて、これまで焦りすぎて空回りしてたんだ。でも、ハンナさんと一緒なら、自分を見失なわないでいられる。ハンナさんの前ではありのままの自分でいられるんだ! どんなことでも未来を見つめて乗り越えられると思ったんだ。今までみたいに、お互いの成長の助けになり、励ましたり叱ったりしていきたい」
ジェイはハンナの目を見つめた。
「ずっとずっとその笑顔を見ていたい。考えてくれないか?」
ハンナはほほ笑みを浮かべてジェイを見つめ返す。
そして、ただただ思い詰めたように空を見上げるのであった。
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