第40話 転移魔法陣
数日後、アキがみんなを招集した。ジェイの部屋での作戦会議だ。
アキは、神妙な顔で切り出す。
「さて、ここ数日の研究結果、転移のための魔法陣を解明する事が出来ました」
「転移のための魔法陣? それは何のためだ?」
ジェイは訝しげに聞いた。
「ダリアをおび……いえ、ダリアに来ていただきます」
その瞬間ジェイは椅子をガタンと倒して立ち上がった。そこには満面の笑顔が浮かんでいる。
「おおー! 凄いよアキさん!」
「コトミさんにお願いして、神殿として使える場所の確保をお願いしました。私がそこに転移魔法陣を設置します」
アキは三人を見回した。
「もっとも、魔法陣は完全に解明しきれていません。確認しながらの長丁場の作業になると思います」
「それと、一点大事な注意事項があります」
アキが妙に真剣な顔つきで言う。
注意事項? と皆はきょとんとした。
「ダリアは、探査もしくは盗聴のような魔術を使っている可能性があります。四六時中ではないと思いますが……。なので言動に気をつけてください」
「盗聴だと? そんな事が……?」
ジェイは驚いた。そんな魔術は聞いた事が無いのだ。
「はい。私も確実な事は言えません。ですが、あの探査用と思われるミニ暗黒球、そして、不自然な霧。これまでの彼女の現れ方を見ると、何らかの手段で我々の動向を監視していると考えられます」
アキがそう言うと、コトミが続ける。
「そのことに関してですが、ギルドの情報で小型のブラック・スフィアが増加傾向にあるという報告がなされています」
「ダリアがなんらかの活動をおこなっているかもしれないな。残念ながら当のダリアらしき巨大ブラック・スフィアの目撃情報は無いが」
ジェイは残念そうに言った。
「もしダリアがそういう行動をとっているとすれば、私の転移魔法陣は彼女を招待するにはもってこいの情報となりえますね」
アキはそう言うとニヤリと笑った。
その後、四人はコトミが確保したという郊外にある古い神殿跡地を訪れた。
立派な古い石造りの建物で、四角い広場を柱が取り囲む。屋根は無く、全天の青空が美しい。
「なかなかそれっぽい場所だな。この辺りの地区は人が寄りつかないからちょうどいい。俺も来るのは初めてだが、……うん、なかなかいい」
ジェイは、アキが計画を打ち明けてからはご機嫌だ。アキなら何とかしてくれるだろう、ハンナを取り返せるかも知れない、という期待に胸をふくらませているのだ。
神殿の場所は、街からは魔導車で1時間ほど。コトミが用意してくれたそれを使って通うことになる。この車は魔石に蓄えられた魔力で動くという違い以外は地球の自動車とほとんど同じ機構で、アキは簡単に運転できた。
「では、今日から作業に入ります。それぞれの役割を頑張りましょう」
アキがそう言うと、皆は分かったとうなずき合った。
アキが魔法陣を作成する。ヨシミーは治癒魔法の訓練、ジェイは魔法陣の描画に必要な材料等の手配と配達、さらに白立体の数と制御の強化の訓練、コトミは情報収集だ。
アキは、神殿の中心にある大広間の石の床一面に転移魔法陣を描くと説明した。その広さは30メートル四方ほどある。アキは、魔法陣の大きさは直径20メートルほどだと説明した。
ヨシミーたち三人は彼が作り上げた下書きの図案を見て感嘆の声を上げる。
中心に大きな魔法陣が一つ。
その周りにはずらりと小さな魔法陣があり、複雑な構造をしている。
ジェイもヨシミーも、見た事の無いその形式に興味と疑問を抱き、アキを質問攻めにしたが、大まかな内容の説明は理解できるものの、詳細になると難しすぎて二人には理解できない。
それなりに魔法陣に詳しいと自負していた二人だが、アキの前では、大人と子供ほどの違いを痛感する。
魔法陣の設置は、魔法を使って図面通りに石の床を彫っていき、そして、エクリルと呼ばれる魔金属の液を削った溝に流すことによって行う。それは金属状に固まり、魔法陣全体に魔力を注いだときの魔力の通り道となる。そのパターンが魔法の発現内容として認識されるのだ。
作業を始めた数日で、アキの顔つきが変わった。
大枠を決めて全体のフレームを書いたかと思うと、ある場所は詳細に描き、ある場所は概要だけ描きと、真剣にテキパキと作業を進めるアキ。
アキの様子を見ながら、その常人ならざる才能に三人は畏怖した。
それと同時に、彼が自分の方法に誇りを持ち、それを実践する行動力をも持ち合わせていることに素直に尊敬の念を抱くのであった。
「アキ、ちょっといいか?」
「どうしました?」
「自分にも手伝わせてくれ」
「ダメです」
一事が万事この調子なアキ。何も手伝えない事をもどかしく感じるヨシミー。
「なぜだ?」
「こればっかりは一人で作らせてください。何度も言いますが、慎重で高度な魔法陣言語で記述しないといけないのです。ヨシミーの技術が素晴らしい事は分かっています。でも、これはヨシミーの使う絵画系の魔法陣とは異なるタイプ。一人で集中させてください」
いつもの主張をするアキ。こうなったアキは頑固だということを彼女は知っている。
「いや、しかし……」
「ヨシミー、大丈夫です。説明する時間が惜しいし、試行錯誤しながらの作業なのでヨシミーが加わると余計な手間がかかります」
「自分がいると、足手まといになると言うことか?」
「……いえ、今は時間が惜しい。集中したいだけです」
話しかける事自体邪魔になっているのだろうか。ヨシミーはそう思い、それでも、アキが最大限気遣ってくれているのだろうというのが伝わり、彼女はそれ以上言えなくなる。
「悪かった。集中してくれ」
いつもと同じように背中を向けとぼとぼと歩き出す彼女に、この日はアキが「ヨシミー」と声をかけた。
振り返った彼女の目には、一抹の寂しさと僅かな期待が映っている。
「なんだ?」
「えっと、実はですね、少し考えたのですが、エクリルを流し込む作業を手伝ってもらえませんか?」
ヨシミーに花が咲いたかのような笑顔が広がる。
「いいのか?」
「はい。繊細で丁寧な扱いが求められるエクリルに関する作業は、ヨシミーの方が私より上手いのではないかと思いまして。ぜひお願い出来ませんか? ヨシミーにしか頼めないのです」
「ああ、任せろ。ついでにエクリルの管理も自分がやろう」
アキは彼女の顔を見て思わず笑顔がこぼれた。
やはりヨシミーには笑顔でいて欲しい。それだけで元気が出る自分に、アキは内心苦笑いする。
実際、その作業ではエクリルをはみ出さないように流し込む器用さが求められる。スイスイと作業をこなすヨシミーの様子を見て、アキは、頼んで良かったですと笑顔を見せるのであった。ヨシミーはアキのそんな笑顔を見て、一応は信頼はされているのだろうと少し安心する。
彼女はアキの作業を見守りつつ、部分が完成するとエクリルを流す。
そのささやかな共同作業が楽しく感じていたのも束の間、日を追うごとに鬼気迫る様子になっていくアキに、常にそばにいるヨシミーは気が気ではなくなってくる。
魔法陣自体は
確かに彼女には全く理解できないような代物である。
こんなに多様な要素が彼の頭脳に蓄積されていて、それらを応用して組み合わせ、まるで複雑怪奇な建物を構築するかのように魔法陣を組み立てる。それだけで、尊敬をすっとばして崇拝に値する。
だが、それらの魔法陣が高度であればあるほど、ヨシミーは不安になってくる。
何を書いているのか分からない。――裏を返すと、彼が何をする気なのか、彼女には一切分からないのだ。
どうしても、魔法陣の詳細が気になる。だが、その事に関する議論はアキの邪魔になる。何か良くない事が起こる気がしてならない。
ヨシミーはそんな不安を打ち消そうとするかのように、ほんの僅かでも暇ができると、コトミから教わった治癒魔法陣の訓練に明け暮れた。
彼女が平常心を保つには、そうするしかなかった。かつて自分がそうであったように、アキも『人を信じられない』のではないか。一人で全部を背負ってしまおうとしているのでは無いか……。
助けたいのにできない。彼女がどれだけ悩んでも、時間は無慈悲に過ぎていく。
順調に魔法陣が出来上がっていく中、ある日二人は休憩のお茶をする。この日はコトミに渡されたお菓子と紅茶を持ってきたのだ。
「アキ、魔法陣の進み具合はどうだ? まだ解明していない部分もあるのだろ?」
「大丈夫です。何とかなりそうです。ヨシミーは、作業は苦じゃないですか?」
アキが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫だ。任せろ。それよりも、アキ、私は……」
彼女はそれ以上を言う勇気が出ない。
「ヨシミー……いつもありがとう。私は……ヨシミーがそばにいてくれるだけで嬉しい」
アキはぼそっと言う。
「アキ、無理はするな」
ヨシミーはアキが何かを隠しているのでは無いかと不安に胸が潰れそうになる。
アキの技術は信頼している。
アキの事も信頼している。
じゃあ、この不安は一体何だろうか。
自分はアキに信頼されているのだろうか。胸元に抱いたセレが心配するようにプルプルと震えた。
ヨシミーは独り言のように「あれをやるしかないか」と呟くのであった。
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