第39話 それぞれの想い

 この日、ジェイとアキは、二人だけで酒場へ来た。

 ジェイが行きつけの酒場だという場所へアキを案内したのだ。地球とは違い、フィルディアーナでは15歳から飲酒が許可されている。

 

「ここの酒場は家族経営で、女将さんの料理がうまいんだ」

 ジェイは嬉しそうに言うと、注文は任せとけと、適当に酒と料理を注文する。

「確かに美味しい料理です。それに、この酒が美味しい。地球でのウイスキーという酒に似ています」


 ひとしきり雑談と食事をした後、酒を酌み交わしながら、ジェイがアキに聞いてきた。

「そういえば、アキさん、一つ聞きたい事があるんだ」

「なんでしょう?」

 ジェイは思い詰めた表情をアキに向けた。

「あの時、ハンナさんが死んだと思ったときのことだ。あれだけアキさんのことを責めた俺だが、振り返ってみれば、俺は震えて何も出来なかった」

 ジェイはうつむき、悔しそうだ。

「それに比べ、アキさんは、あんな状況にもかかわらず、しかも、俺たちに誤解されるかも知れないのに行動した」

 ジェイは再びアキを見た。

「俺は、どうすればいいんだ?」

 

 アキは優しい笑顔を浮かべ、そして、ジェイの目を見て話し出す。

「ははは、ジェイさんはまだまだ若いので仕方ないですね」

 アキは一息置くと、あの時の自分の気持ちを思い出すかのように一旦目をそらす。

 そしてジェイを再び見た。

「誰かを守ろうと思うなら常に冷静にならないといけません」

 ジェイはハッとしてアキを見た。

 アキは続ける。

「そして、最後まで希望を捨ててはいけません。その時取り得る最適の手段を常に考え続けるのです。『押してもダメなら引いてみな』ということわざが地球にはあるんですよ。今回はダリアに太刀打ちできなかった。なら、……ね?」

 アキは悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、肩をすくめた。

 

 だが、すぐに真面目な顔をして説明する。

「これは大事な事ですが、見過ごされやすいので、しっかり覚えておくといいと思いますが……」 

 彼はそう前置きを置くと、ゆっくりと話し始める。

 

「魔法陣は実はかなり柔軟なのです。つまりは、自身の思考も柔軟でなければいけません。展開された魔法陣をよく見て、一瞬で理解し、意図を察知できるようになれば、それはこの世界では圧倒的に有利になると思うんですよね」

 アキは目を輝かせながら続ける。

「定型の魔法陣はごく一部しか機能を使っていません。魔法陣のを引き出す、それを目指してみてください」

 これは魔法陣言語の研究者としての意見ですよ、とアキは微笑む。

 

 ジェイは、アキの言葉を聞き目を見開く。そして、分かったと力強く頷くのであった。




 一方、コトミとヨシミーは女性二人だけで食事だ。コトミがおしゃれなレストランがあるというので、ヨシミーを連れてきたのだ。


「ところで、その後アキさんとは?」

「え!? い、いや、特に何も……」

「ふふふ、まあそうですよね。こんな状況では。でも、アキさん、ああみえて寂しがり屋みたいですし、ヨシミーさん、きちっと彼を捕まえておかないと」

 コトミは悪戯っ子のように微笑んで、ヨシミーを見た。ヨシミーは顔を赤くして俯くのみだ。


「そういえばコトミさん、治癒魔法陣のことなんだが」


 ヨシミーはそう言うと、あの時の事を思い出す。

 アキがダリアの雷ボールとジェイの火の玉で大怪我が負った後、コトミが治療したのだ。

 コトミがアキの身体の上で手をかざして展開した魔法陣。柔らかな白い光がアキを包み込んだあの様子。あの魔法陣は、自分の特殊魔法陣に近かった。

 

「もしかして、自分にも使えるのではないか、と」

「ふふふ。そうですね、ヨシミーさんのその絵画的な魔法陣、治癒魔法陣と似ていますね。では、後日お教えしますね」

「助かる」

「いえいえ。もしアキさんが怪我をしたら、ヨシミーさんが手当てしないといけないですものね。アキさんを運べるように力も付けてくださいね」

 コトミはそう言うと笑顔を浮かべる。

 

 コトミの運ぶという言葉に、ヨシミーはふと思い出す。

(あの時、コトミさんが小屋を設置して、アキを抱きかかえて彼の部屋のベッドへ移動させた。今考えると、コトミさんかなりの力持ちなんだな……)

 ヨシミーは改めて驚くと共に、あの後ろ姿に既視感を覚え、そんな事は無かったはずだと不思議に思うのであった。




 ある日、疲れがたまって寝込んだヨシミーに代わり、コトミがアキと一緒に図書館へ行く事になった。


 図書館で調べ物をしている最中、アキはコトミに話しかけた。

「コトミさん、実は相談したい事があるのですが」

 アキが思い詰めた顔で、コトミに話しかけた。

「じゃあ、あの開いている部屋でお話ししましょう」

 

 アキはコトミの目を見て聞く。

「単刀直入に言います。あなたたち二人は……ただ者じゃないでしょう?」

 

「ふふふ。さあ、どうでしょう。ただ者の意味によりますけどね」

 コトミは笑ってごまかす。その顔は肯定も否定もしないすました笑顔だ。

 

 アキは、それを見て満足して頷き、続ける。

「実は頼みがあります。多分、コトミさんたちにしか出来ない事です。離れた場所にある神殿みたいな場所、丈夫な建物がいいですね、そんな場所を確保して欲しいのです。一般には立ち入り禁止にして」

 

「神殿みたいな場所、ですか……?」

 コトミは首を傾げる。


「はい。私がその神殿にの魔法陣を描きたいのです」


 コトミは少し驚いた顔を見せるが、

「分かりました。何とかしてみましょう」

 彼女は笑顔を浮かべると、力強く頷いた。



 ふと、コトミは思い出したように話し出す。

「あ、そういえばヨシミーさんのことですが」

「ヨシミーが何か?」

「もう少し彼女の事を考えてあげてくださいね」

「彼女の事?」

「アキさん、ヨシミーさんの事はどう思っていらっしゃるのですか?」

「どう思っているか、ですか?」

 そう言われて、アキは考え込む。

 

 いつの間にか、いつも横にいるようになったヨシミー。

 それが当たり前のようになっていた。

 夢中になって魔法陣の話をする時も嫌がらずに聞いてくれる。それも、たまには私自身よりよく理解しているし、発想も違うし、話をしていて興味も議論も尽きない。

 女性が苦手な私でも、まったく自然体でいられる。

 あの時々見せる笑顔が可愛い。特にセレに見せる笑顔。

 それに、すぐに恥ずかしくなって赤くなるのも、強がってぶっきらぼうなのも、雷に怯える様子も、あの泉での水浴びの時の……。


 黙り込んだまま、真剣な顔をして、微妙に表情を変えたりニヤニヤしたり、どう言おうかと迷う様子のアキを見て、コトミは笑い出しそうになる。

「ふふふ。やっぱり、アキさんらしいですね。言わなくても結構ですよ」

 コトミは、顔に書いてありますよ、と呟いた。


 

「あ、それと、アキさん。以前アキさんが使って死にかけた魔力転送の事ですが」

「ははは、まあ、無茶でしたね、あれ」

「ふふふ。そうですね。以前にも少しお話しましたが、あれは魔力循環の応用です。そして、他人同士での魔力循環にはルールがあります。さらに応用魔法まで実は密かに研究がなされています。その辺りも調査されることをお勧めします」

「なるほど……」

 アキは、なぜコトミがあの危険な魔法についての調査を勧めるのかこの時は分からなかった。

 コトミは(アキさん達なら大丈夫でしょうね、きっと)と小さく呟いたが、彼には聞こえない。


 最後にコトミは慈愛の笑顔をアキに向ける。

「では、取りあえず、事情は了解しました。くれぐれも、無理しないでくださいね」

 そう言うと、彼女は部屋を出て行った。

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