第41話 ヨシミーの決意
「アキ、居るか?」
ある夕方、ヨシミーがアキの部屋を訪ねてきた。
「ヨシミー……。どうかしましたか?」
「ちょっと話がある」
アキは、彼女の思い詰めた表情が気になり、部屋へ招き入れる。
「えっと、立ち話も何ですから、どうぞ」
アキは部屋にひとつしかない椅子をヨシミーに勧め、彼はベッドに腰掛けた。
「今日はセレはどうしたんですか?」
「部屋に置いてきた」
アキはめずらしい事もあるものだと思いながらも、まずはヨシミーの要件に耳を傾ける事にする。
「アキ、その、実際のところ魔法陣の進み具合はどうなんだ?」
ヨシミーは、アキの目を真っ直ぐ見て、はっきりと聞いた。
彼女の理解を超える魔法陣言語で書かれた魔法陣。ヨシミーの不安は拭いきれないのだ。
「順調ですよ。かなり大きいのと複雑なので大変ですが、まあ何とかなりそうです」
アキは、ヨシミーの方を見てはいるが、決して視線を合わせない。
「アキ、自分に何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「……いえ」
彼は、目を泳がす。
ヨシミーはそんな彼を見てギュッと目を閉じると、意を決したように立ち上がった。
何事かと見上げるアキをよそに、彼女は黙って彼のベッドに潜り込む。
「え?」
アキが驚きで呆然としていると、ヨシミーが「アキ、来て」と、か細く呟いた。
「え?」
アキは何が起こっているのか分からない様子で固まる。
ヨシミーは、「もう」と小さく呟いて、ガバッと上体を起こすと、アキの腕を引っ張って彼をベッドに引き入れた。
ヨシミーは毛布を二人の上から被せて潜り込むと、アキに抱きつき、彼の耳元に囁く。
「ダリアの監視」
アキはハッとして、固まる。
「え? ああ、カモフラージ……」
「アキ!」
「……すみません」
ヨシミーが素早くローブを脱いでベッドの外に放り投げた。
突然の彼女の行動にギョッとしているアキに「アキも脱げ」と一言。
アキは、上着を脱いで、シャツも脱ごうとする。
「そこまででいい」
「……すみません」
二人は向かい合って横になり、体温を感じるほどの至近距離だ。ヨシミーは両手を胸の前にしてじっとしているが、アキは彼女の小さい肩が僅かに震えているのに気づいた。
そのカチカチに緊張している彼女の姿に、アキも心臓が激しく脈打つのを感じる。自分の鼓動がダイレクトに耳に響いてくるくらいだ。彼女にもそのドキドキが伝わるのではないかと気が気ではない。
「自分に伝えたいことがあるだろう、今しかない」
「い、い、いえ、何も。というよりも……な、な、なぜこんなことを……」
「ダ、ダリアの目を盗むには、これしかないだろ。いいから早く!」
ヨシミーは震えた声で言う。ここまでは監視しないだろ、と自分を納得させるかのように呟き頷いている。
アキは、唖然として言葉を失う。ヨシミーがここまでして彼との情報交換をしようとした事に対する感謝だ。
きっと、いや、ぜったいヨシミーにとっては一大決心に違いない。
アキは猛烈に感動し、黙り込む。そして、いきなりヨシミーの背中に手を当て、ギュッと抱きしめた。
「!」
ヨシミーは一瞬ぎょっとして体を強ばらせるが、アキがそれ以上動かないことに気付く。
「……アキ?」
「ヨシミー……。そうですね。あなたには伝えておきましょう」
これまでに無いほどの愛おしさをヨシミーに感じるアキ。
「やっぱり、何かあるんだな」
ヨシミーは少し体を離し、顔を真っ赤にしながらもアキの顔をじと目で見た。
「はい」
「で?」
「転移魔法陣は、いちおう本物です。ただ、完全ではないので恐らく起動はしません」
「なるほど」
「ダリアを固定する魔法陣を組み込んでいます。彼女が転移魔法陣を起動しようとしたら、発動するはずです」
「固定?」
「罠などに使われる魔法陣です。魔術書にありました」
「それで?」
「ダリアを捕まえる事が出来れば、私が封印解除の魔法陣をダリアに向けて発動します」
「その魔法陣は出来てるのか?」
「ほぼ。……後は最終調整のみです」
「そうか」
ヨシミーはアキがやっと彼の考えを教えてくれた事にほっとする。
と同時に、うれしさがこみ上げてきて、彼の胸に頭をコツンと付けた。
しばらく間が開いたあと、アキがぽつりと言い出す。
「そういえば、一つ頼みたい事があります」
「何だ?」
ヨシミーは、アキの頼み事ときいて、思わず嬉しそうに顔を見ようとする。
だが、アキはヨシミーの背中に手を当てて、抱きしめた。
「ダリアの障壁を破る方法があるかも知れません」
アキがことさら小さい声で、彼女の耳元に囁いた。
ヨシミーはハッとして、固まる。
「……マジか?」
「はい。覚えていますか? ハンナのドームのせいで泥だらけになったときの事。つまり、ドーム下から侵入が可能です。普通はそんな事は不可能ですが、ヨシミーの光の触手を使えば理論上可能ではないかと思ったのです。一旦内部へ入れば障壁の魔法陣へ干渉することにより、発動を阻害できるかも知れません」
「なるほど」
「いざというときの保険です。制御は難しいかも知れませんが、考えておいてください」
「わかった」
ヨシミーは、少しだけ心が軽くなるのを感じた。私にも出来る事はあるのだ、彼は私を頼ってくれているじゃないか、と。
アキはさらにヨシミーをギュッと抱きしめて、真剣な声で言う。
「ヨシミー」
「ん?」
「何があっても私を信じてくれますか? 何があっても手を出さない。何があっても、私を信じて行動する。今回の作戦は、あなたのその信頼にかかっているのです」
ヨシミーは少し身体を離すと、アキを見た。
すぐ目の前に顔がある。
二人はそのままじっとする。
「ああ、自分は……アキを信頼している。信じるさ。これまでも、これからも」
「ありがとう」
ヨシミーは再びアキの胸に顔を埋めた。
「アキ、無茶はしないで」
「はい。わかりました。まあ、いざとなったら、ヨシミーの治癒魔法で治療してもらいますよ」
はははと笑うアキだが、ヨシミーは内心冗談じゃすまないだろと心穏やかじゃ無い。
しばらく二人はじっとしている。
お互いの身体のぬくもりを感じ、幸福感に包まれ、安心する二人。
ヨシミーは、肩と背中に感じるアキの大きな手の感触に安心する。
アキは、ヨシミーの柔らかな身体といい匂いが心地いい。
「話はそれだけだ」
ヨシミーは未練を断つようにガバッとベッドから抜け出ると、ローブを頭からスポンと被った。
「じゃ」と部屋を出て行こうとするヨシミーの腕を、アキは無意識に掴む。
「ヨシミー、もし良ければ、もう少し雑談でも……」
「雑談?」
「いや、その、魔法陣の仕組みについてですね、えっと、例えば、その、魔力効率化の方法とか……」
クスリと笑ったヨシミーは、まあいいけど、少しだけだぞ、と言いつつ、嬉しそうにアキの話を聞く。
しばらく二人並んでベッドの上で壁に背をもたれかけさせて話し込んでいたが、途中からアキの話はヨシミーには理解不可能になってくる。
いつの間にかアキの肩にもたれて眠ってしまったヨシミーを起こさないように、そっとベッドに寝せてはみたものの、腕枕をしてしまったばかりに、彼は緊張してその夜は一睡も出来なかった。
結局、明け方になってアキは眠ってしまったが、彼と入れ替わりで目覚めたヨシミーは、自身の状況に大混乱をきたしていた。
(なぜ自分はアキに、アキに……抱きついて寝ているんだ!?)
盛大な悲鳴を上げると同時にアキを思いきり蹴飛ばし、気の毒な彼はベッドから転がり落ちた。
「寝落ちするなんて信じられない!」
顔を耳まで真っ赤にしながら、何故おこさなかったと、理不尽にアキに怒りを振りまくと、ヨシミーは自分の部屋へ帰っていった。
残されたアキは、睡眠不足の頭を振りながら、再びベッドに潜り込む。
しばらくの間、アキとヨシミーは顔を合わせるたびに顔を真っ赤にして挙動不審になり、ジェイにいぶかしげな顔をされ、コトミにはただ優しく微笑まれるのであった。
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