第42話 ダリア再び

 あの夜から10日ほどたったある日、皆が揃って神殿を訪れた。

 今日あたり転移魔法陣が完成し、動作テストを行うとアキが宣言したからだ。


 アキはその中心に立ち、テストのためにそれに魔力を流し込むと、魔法陣全体が淡く輝く。

「魔力伝達は大丈夫ですね。全ての箇所で、正常なことを示すマークが光っています」

 神殿の南側の入口付近側でテストを見守るために集まっていたヨシミー達に向かって、アキは叫んだ。

 

「じゃあ、これで必要な魔力を流せば転移できるのか?」

 ジェイが大声で聞き返す。

「そういう事になります」

 アキがテストがうまくいった事にほっとして、そう返事した瞬間、地面が揺れた。

 彼は、やはり来たかと覚悟の顔をして、空を見上げる。

 

 そこにはゆっくりと降下してくる暗黒球が一体。

 アキは片方の口角を上げて、動じずに静かにたたずんだままだ。

 

 ヨシミー達は、思わずアキの元に駆け寄ろうとするが、「その場にいてください!」と叫んだ彼の声に戸惑いながらも足を止めた。


 暗黒球は、神殿の北側にゆっくりと着地した。そして、うねうねと動いたかと思うと収縮してダリアに変化する。

 

「おっほほほほほ! この時を待っていましたわ。さすがはアキ様、素晴らしい魔法陣の出来映えですわ。これでこんな世界ともおさらばして、マギオーサで新たな人生を送る事が出来ますわ!」

 

「ダリアか。見張ってたんですね?」

「もちろんですわ! ハンナもわたくしもアキ様しか目に入りませんもの!」

 うっとりとした表情を浮かべてアキを見つめるダリア。

 

 だが突然、彼女はお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようにニヤリと笑いを浮かべると、

「その魔法陣頂きますわ!」

 そう言いながらアキに向かってツカツカと近づきはじめた。


 アキは冷静に魔法陣ごとドーム型の結界を張る。


 ヨシミーたち三人は、ダリアを止めようと一斉に攻撃する。

 しかし、ダリアが瞬時に貼るピンポイントの障壁にことごとく弾かれ、全く効果が無い。

「うっとうしいですわね!」

 ダリアはそう叫ぶと、多数の花びらミサイルをちゅうちょなく次々にヨシミーたち三人に放った。

 彼らは慌てて障壁を展開するも、その数と衝撃に吹き飛ばされてしまう。

 あの暴走しまくっていたハンナの双子というだけあり、莫大な魔力量を持つダリア。容赦が無くなっている彼女の攻撃の勢いが増している事に皆が気付く。

 


「無駄ですわ、アキ様」

 さらにダリアはアキの障壁にもミサイルを放った。

 アキの結界はひとたまりも無く、あっという間に破壊され、その衝撃でアキは吹き飛んだ。

「あら、アキ様、失礼しましたわ。勢いがつきすぎてしまいましたわね」

「くっ、全く歯が立たないか……」アキは悔しそうにダリアを見て、よろよろと立ち上がろうとするが、力が出ない。


「アキ!」

 アキの元へ駆け寄ろうとするヨシミーを目の端に捉えたダリアは、すかさず障壁の魔法陣を展開した。

 障壁ドームがダリアとアキのみを魔法陣ごと包み込み、ヨシミーはその障壁に弾き飛ばされる。


 ダリアがほほ笑みを浮かべ、ゆっくりとアキの横に来る。

「再び会えましたわね、アキ様」

 アキは、辛うじて立ち上がったかと思うと、ダリアの顔を真っ直ぐに見る。

 痛みに必死に耐えている彼の表情を遠くから見たヨシミーは、悲痛に顔を歪ませた。


 その時。

 アキは、フッとほほ笑みを浮かべ、信じがたい言葉を吐く。

「そうだ、ダリア。どうでしょうか、私を一緒に連れて行ってもらえませんか? その素晴らしい魔法を駆使するあなたのお役に立てる事は沢山ありそうです」

 

 アキのその言葉にハッとするダリア。

「あらあら、ふふふふ、良いですわよ。やっとわたくしの魅力に気付きましたのね? もとより一緒に行っていただくつもりでしたわ! おほほほほほ! わたくしの右腕にして差し上げましょう!」

 

 アキはチラリとヨシミーを見た。

 彼女は無表情だ。じっとアキを見つめている。

 そして、下ろした手の先に、おもむろに小さな魔法陣を展開したかと思うと、密かに非常に薄い光の触手を伸ばす。

 

 一方、アキのセリフを聞いたジェイは驚愕し、怒りで顔を真っ赤にする。

「アキさん、あんたって人は!」


 アキは、ジェイの声を無視し、ダリアに話しかけた。

「ダリア、ちょっと痛みでつらいので、肩を貸してください。もう少しお手柔らかにお願いしますよ」

「ふふふ、特別にいいですわよ!」

 といいながら、わざとヨシミーを見ながらアキに抱きつき、横から支えるようにした。

「おほほほほほ! そこの小娘、アキ様は私がいただきますわ!」

 ダリアは高らかにそう宣言すると、アキの描いた魔法陣に魔力を流す。それは強く光り輝き始め、辺りを照らす。

「皆さんお別れですわ、ごきげんよう!」


 

 その時、アキが右の手のひらに小さな魔法陣を展開し、ダリアの背中に押しつけた。

 その途端、元の魔法陣の外周部部分にある小さな魔法陣が光りだす。

 

 突如ダリアの身体を光りが包んだ。

「え? なんですの、これは! 身体が動きませんわ!」



 そして、右手の魔法陣が解除されずに、新たな魔法陣がさらに浮かび上がった。

「まさか、二重に異なる魔法陣を発動した?」

 ジェイが驚く。


 それは複雑で巨大な魔法陣。皆はそれがどこかで見た事のあるものにそっくりだと理解したが、その大きさに驚く。

「アーカイブ解除の魔法陣? でもはるかに大きい。あれでは必要な魔力が足りないんじゃ……」

 ヨシミーが呟いた。

 そして、その瞬間、アキは、さらに左手に魔法陣を展開する。

「え? あの魔法陣は!」

 ヨシミーが目を見開いた。

 彼はその手をダリアの胸の真ん中に押しつけた。

 

 アキの左手の魔法陣がひときわ輝いたかと思うと、ダリアの、この世のものとは思えないような叫び声が神殿に響いた。

 その顔は驚きと苦痛で歪んでいる。

 同時に、アキが先に展開したアーカイブ解除の魔法陣が光り輝きはじめる。

 アキも何かを耐えるかのような表情だ。

 

「あれは、魔力の吸収のための……そんな事したら!」

 ヨシミーは顔から血の気が引くのを感じる。

 

 ダリアの全身から光の粉が湧きだし、それはゆっくりとアキとダリアから少し離れた場所に集まりはじめた。


 やがてそれは一つに固り、ひとがたを形作り始めたかと思うと、ひときわ輝きを放った。

 あまりもの眩しさに皆は目を閉じる。


 光が収まり、皆が目を開くと、そこには目を閉じたまま浮いているハンナがいた。

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