第30話 ヨシミーとコトミ

 ハンナとジェイが二人だけで出かけた後、せっかくだからとアキたち三人も外に出た。

 アキは小屋の周りを何やら調べると言って歩き回り、ヨシミーとコトミはお茶でもしましょうと準備を始める。




「アキさん、何してるんだ?」

 小屋まで戻ってきたジェイは、アキが何やら楽しそうにしているのを見て尋ねた。

「え? いや、こういう水たまりの氷、割るのって楽しいでしょ? 子供の頃よくしたなーっと」

 そう言いながら、アキはパシャリと氷を踏みつけた。

 それを見たジェイは、はっと少年らしい笑みを浮かべ、

「あぁ、ほんとだ! これはいいな」と言いながら一緒になって踏みつける。

「楽しいですー! えい! ここにもありますー!」

 いつの間にか参加したハンナも同じようにはしゃぎ始めた。

 

 パキパリいう音と、その割れる感触に夢中になる三人。

 

 ジェイはハンナの元気そうな様子に少しほっとするのであった。



 

 ヨシミーとコトミは、小屋の前にテーブルセットを出し、ティータイムと洒落込むようだ。

「あいつら、何やってんだ? お子ちゃまだな」

 ヨシミーは、呆れて苦笑いしながら彼らの様子を見ている。

 

「ふふふ。ヨシミーさんは参加しないのですか?」

「ふん。子供じゃあるまいし……」

 湯気の立ちのぼるカップを両手に包んだヨシミーは、猫舌なのか、ずっとフーフーと紅茶に息を吹きかけている。

 

「でも、アキさんは楽しそうですよ?」

「……あいつは、大人なんだか、子供なんだか」

「ですね。アキさんのあの素直なところは、可愛いですね。私、アキさんに告白しちゃおうかな」

「え?」

 ヨシミーは、コトミの予想外の発言に、言葉を失って固まる。

 

「私、ああいう真面目で論理的で、でも子供っぽい男性が理想なんですよね。よい夫でありパパになると思いませんか?」

 コトミは視線をアキに向けた。彼らは楽しそうに水たまりの氷で遊んでいる。

 

 ヨシミーも思わずアキを見た。そして、コトミの言葉が頭の中をぐるぐると回るのを感じる。

 自分はアキの事をそんな風に思っていただろうか? 理想の男性? 夫? 彼女は、これまでの漠然としていた思いが急速に形作られてくる感覚を覚える。

 

「……そうだな」

 ヨシミーはボソリと呟くと、コトミを盗み見る。

 アキがコトミと楽しそうに並んで歩く姿を一瞬想像したヨシミーは、胸の奥がチクリとするのを感じた。

 

 もし自分がアキの横に並んで歩いたらどう見えるだろうか?

 魔術のことを楽しそうに話すアキ。

 無表情でぶっきらぼうに返す自分。

 絶望的だ。

 ぜんぜん楽しそうじゃ無いし、あまりにも似合わない。

 そう考えると笑いすら出てくるヨシミー。

 

 そんな彼女を微笑ましく思いながら、コトミは更にとぼける。

「あ、ヨシミーさんにはまだ早い話題ですね」


「コトミさんならお似合いだ」

 ヨシミーは顔を隠すかのように、ティーカップを持ち上げた。

 

「でも殿方はハンナさんのようなスタイルがお好みですよね。私でも許容範囲でしょうか?」

 コトミはいたずらっぽい笑顔を浮かべてヨシミーに聞いた。

「いいんじゃないか?」

 本人に直接聞け、と彼女は話を切り上げようとする。

 

「ふふふ。冗談です。アキさんには、ヨシミーさんがお似合いですよ」

 思いがけないコトミの優しい声に、ヨシミーは言葉を失った。

「ごめんなさいね。ちょっとからかってみたくなっちゃって。ヨシミーさんは素直で可愛いですね」

 ヨシミーは一瞬でも真に受けてしまった自分に内心苦笑し、肩の力を抜いた。そして、はぁ、と少しため息をつき、コトミの事を頼りになるお姉さんを見るような目で見て言う。

「こっちこそごめん。自分は、その、実際子供っぽい体型だし。ハンナやコトミさんみたいじゃないからと思って。……アキと釣り合わない事くらい自分が一番よくわかってる」

 

「そんなこと関係ないんじゃないですか? でも気になりますか?」

「だってほら、あいつ長身だし、自分は子供みたいだし、アキにはもっと大人の女の人の方が似合っているだろ? ……だから」

「アキさんはそんな見た目で女性を選ぶような殿方だと思いますか?」

 ヨシミーはハッとして顔を上げ、コトミを真正面から見た。

 

「彼の目を見ると分かりますよ。いつもどこか先を見ている。世界の理とか、その行き着く先とか、相手の心の先とか。そして、本音を話し合える人とうまくいくタイプですね。彼はある意味純粋すぎます。ヨシミーさん、あなたと同じくね」

 コトミはウインクする。

 

 ヨシミーは、彼女のその言葉を噛みしめるかのように、コトミを見たまま動かない。やがてゆっくりと、少し離れた場所で遊ぶアキの方を振り返り、彼を見つめた。

 

 ――アキは私の中の何かをみてくれているのだろうか。

 そう考えると、彼女は不安で胸が苦しくなるのであった。

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