第29話 雪:制御を手放すな!
荒涼とした丘陵地帯を進む一行。天気はいいのだが、砂漠地帯に近いせいか暑い。
「ああ、かき氷が食べたい」
ヨシミーがぽつりとそう呟き、それを敏感に察知したハンナが興味津々で食いつくように尋ねる。
「かき氷って何ですかー?」
かき氷を知らない? と怪訝な顔をするアキ。
「氷の塊を削ってふわふわにした食べ物ですね。甘いシロップなどをかけて食べるのです」
「えー、美味しそうですねー! 私も食べたいですー!」
「ほぅ、そういうのがあるのか? 俺も食べてみたいな」
ジェイまでが夢見るような目をして言い出す。
「じゃあ、せっかくだから、氷を作る練習がてら作ってみましょうか」
そう言うと、アキは氷の魔法陣を展開し、一辺10cm程の氷の立方体を生成する。
「まずはこれくらいの氷を作ります。ハンナさん、試してみてください」
その魔法陣をじっと見ていた彼女は、同じように魔法陣を展開する。が、いつもと違ってぼーっとしているハンナに気付いたヨシミーが「ちょっと待て」と叫んだ。
だが時既に遅し。一辺1mの立方体が出現したかと思うと、それがどーんと地面に落ちる。
「おい、集中しろ! イメージが大事だと言ったろ? アキの魔法陣をよく見るんだ。なぜ大きさがそんなに変わるんだ? 魔力量の制御が大事だぞ」
「えーん、分かってます! これでも小さくしようとしたんですよー!」
ハンナはいつものように、おかしいですねーといいながら舌を出す。
「で、この氷を削るのか?」
ジェイが興味津々で聞く。
「そうですね。本当はもっと小さい氷なんですが……まあいいです。小刀かなんかで削ります。ジェイさん、何か持っていますか?」
それを聞いたジェイは、持っていた小刀をアキに貸す。アキは、氷の角の部分をシャリシャリと削り、それをコトミが用意したカップに移した。シロップは無いが、コトミが持っていた砂糖をかけて食べる。
「美味しいですー」といつものハンナのように大喜びで楽しそうだ。
「おぉ、これは美味しいな」とジェイ。
しばらく皆が思いがけないデザートを楽しんでいると、ハンナがぽつりと言う。
「最初から削ってたらダメですか? ちっちゃい氷みたいにー?」
「それは、もはや雪ですね」とアキが返す。
「あ! 雪ですかー! 私一つ試してみたい事があるんです! もしかして雪を降らせられるかもしれません!」
「え? 雪? いくらなんでもそれは無理があるんじゃないか?」とジェイが苦笑する。
「おい、ハンナ、そういう自然現象は危険だから止め……」とヨシミーが止めようとするが、
「えい!」と可愛くかけ声をかけたかと思うと、その声の大きさとは裏腹に巨大な魔法陣がハンナの頭上に展開して輝く。
その瞬間、空が陰る。
周囲の空気がふっと動き、ひやりとした風が皆の間を吹き抜けた。
「おい、なんか寒いぞ」とぶるると震えたヨシミーが身体をギュッとして呟く。
そうこうしているうちに上空がみるみるうちに厚い黒い雲に覆われ、しばらくすると雪がちらつき始めた。
「おお、本当に雪が降り始めたぞ」とジェイは驚く。
だが、最初の興奮も束の間、降雪は徐々に激しくなり、さらに風も強く吹き始め、吹雪の様相を見せ始めた。
「おい、止めるんだ!」とヨシミーが叫ぶが、
「えー、わたし今は何もしてませんー!」とハンナが答えた。
「魔力の供給も発動も止まってる? なのに何故だ?」とヨシミーは理解できないという顔でアキを見た。
「恐らく、上空に大量の湿気を生成して、温度を下げたのでしょう。つまり、自然の状態そのものを変更してしまったようですね」
と、のんびりと分析を披露するアキ。
「凄いな、ハンナさん。魔力量が凄い」
ジェイは魔術に詳しい分、だんだんハンナの規格外の威力に気づき始めた。そして、ふと気付く。
「これ、半径数百メートルくらいは降ってるんじゃないか?」
「……ハンナ、そもそも範囲をコントロールできない魔法の発動なんてするんじゃない!」とヨシミーはあきれ顔で叱った。
「えーん、本当にそんなつもりじゃなかったんですー」とハンナは泣き顔だ。
あまりにも雪が激しくなったため、一同はコトミが設置した小屋へ避難することにした。
結局、小一時間ほど降り続き、50㎝ほど積もったのである。
雪を久しぶりに見るジェイは、初めて見るというハンナだけを誘い、外へ出た。景色を眺めることにしようと、小屋から少し離れた高台に椅子を並べる。
「なんだか寒いですー」
「ハンナさん、俺、実は火魔法が大得意で。そして、これが最近開発した魔術なんだが」
ジェイはそう言うと地面に魔法陣を展開する。
二人が座っている場所を中心に半径3メートルほどの雪が解け、さらに地面がじわりと暖かくなる。
「暖かいです! ジェイさん、有り難うございますー!」
しばらく黙って景色を眺める二人。
ハンナは、隣にいるジェイの存在感が心地いい事に気付いていた。
自分の事をかまってくれる。自分にはまだわからないが、好意を向けている事を感じる。魔法陣で暴走ばかりのドジだけど、褒めてくれる。
いろんな些細な事だけど、ジェイなら私の事をそのまま受け入れてくれるんじゃ無いかと思い始めたのだ。
ハンナがぽつりと話し始めた。
「わたし、……実は今回みたいに失敗ばかりなんです」
その表情は暗い。ジェイは、いつもと違う彼女の様子にハッとして、彼女を元気づけようとする。
「でも頑張ってるじゃないか。あれだけビシバシされて、ついて行っているし。だいぶ上手くなったと聞いているぞ」
「でもやっぱりちょっとヨシミーさんとアキさんには悪いかなー、なんて思ってて」
「いや、アキさんたちはそんな風には……」
ジェイがそう言いかけるが、ハンナが急に遠くを見つめ、声を荒げる。
「わたし! 頑張って、頑張って、練習してるんですよ! うまく出来るようになったら嬉しいし、うまくできるようになりたい! いつかアキさんやヨシミーさんみたいになりたい!」
ハンナは自分の声にハッとし、黙り込む。そして、ジェイを見て言った。
「ずっとそう思ってたんだけど、最近ちょっと自信が無くなってきたかな?」
彼女はそう言うと、泣きそうな顔をした。
ジェイはそんな彼女を見て心が痛んだ。
「ハンナさん……。いつか上手くなるから、頑張ってればきっとうまくいくから! 大丈夫、俺が付いてるから!」
ハンナの悲観的で自信の無い様子に違和感を覚えるジェイ。だが彼には上手く言い返す事ができず、もどかしく感じる。
この時はまだ、ハンナのその変化が何を意味するのか分かっていなかった。
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