第31話 嵐:字が違うじゃん!
ハンナが発生させた雪は、元々の気温がそれほど低くなかったせいか、次の日には融けて無くなっていた。
引き続き荒涼とした丘陵地帯を進む一行。青空が広がり、前日とは一転して、涼しい風が吹く。
「今日は寒いな」
「この地域は、過去に大規模暴走した魔術のせいで気候が不安定なのです」とコトミが解説する。
「アキさん、質問ですー!」とハンナが歩きながら突然言い出した。
「はい、なんでしょう」
「魔法陣の中心にあるこの文字は何ですか?」
ハンナはそういいながら魔法陣を展開する。
「魔法陣の中心の文字は、古代文字だな」とジェイがすかさず答えるが、それを聞いたアキは耳を疑った。
「え? 古代文字? これは漢字では?」
「漢字?」
それは何だという顔をするジェイ。
「漢字ってなんですかー?」
「え? ハンナさん、何を言って……、日本語の漢字ですが」
「日本語? 知りませんー!」
ハンナは、それはどこの国の言葉ですかー? と言いながら首を傾げた。
(どういうことだ? ハンナは日本人じゃない? いや、でも日本語を話しているはずだが……。というか、じゃあジェイとコトミは? というか、日本語と思って話しているこの言葉は何なのだ?)
アキはハッとしてヨシミーを見る。
「ヨシミー、もしかして……」
「私は読めるし、日本人だ」
彼女もアキと同じように狐につままれたような顔をしている。
「ですよね」
アキはそれを聞いて安心するが、混乱はおさまらない。
「ハンナさん、じゃあ、あのジェイさんの服に刺繍されている文字は読めますか?」
「えっと、アレですか? 『賢者は歴史から学ぶ』って書いてますね!」
「なるほど」
(ハンナは、この世界の文字が読める。私もヨシミーも読めない。彼女は姿形も変わらなかった。もしかしたら、ハンナはこの世界出身なのか? だが、マギオーサへはどうやって?)
「アキさん? どうかしましたかー?」
「ああ、すみません。えっと、文字の事ですね?」
アキはそう言うと、魔法陣を展開する。
「魔法陣の中心の文字ですが、例えば、この魔法陣のこの文字「風」は風魔法というように属性を表しています。その周りの図形は効果や方向などを示します。なので、これらを変えることによって自分なりのカスタマイズが可能なんです」
「へー、今まで真似してただけなんですけど、自分で好きなように出来るんですねー!」
『すきなように』という言葉にアキとヨシミーは嫌な予感がした。
「いや、好きなようにと言っても……」
「じゃ、これはどうですか?」
ハンナが手を頭上に
「待ってください、その文字は!」
展開された魔法陣はかなり大きく、直径5メートルはあろうかという巨大なものだ。
突然、上空に黒い雲が湧き出し、ゆっくりと渦を巻き始めた。
そして、ゴーッと空気が動き、しばらくして、風が吹き始めた。
「ハンナさん、その文字は何だ?」ジェイが見た事無いという顔で尋ねた。
「え? 風ですよー? ちょっと飾ってみましたけどー」
「いや、その上にある『山』は……」とアキが言いかけるが、
「ええ? 王冠ですー! なんかかっこいいって感じじゃないですかー?」
と無邪気に笑顔を見せるハンナ。
「違います。それは意味が違うんです! というか、文字自体を勝手に変えてはダメです」
「ハンナ、いつも正確に見ろと言ってるだろ! というか説明は最後まで聞け!」
ヨシミーはあきれ顔で怒る。
「それは『
「えーん、わかりましたー」
ハンナが魔法の発動を止めるが、いつものように天候は変わらない。
「やっぱり、一旦動き出すと止まりませんね。ハンナさんの魔法陣の怖いところは、天候自体の変化に、初動を与える事でしょうか。そうなると魔法の発動を止めても、その事象自体は止まらない……」
暢気に分析するアキに、ヨシミーは叫ぶ。
「アキ! 分析はいいから、これどうするんだ? あの渦の様子は嫌な予感がするぞ」
ヨシミーは空を見上げて、眉を寄せる。
「なんか渦巻きの動きが速くなってきてないか?」ジェイが唖然とした顔でぼつりと言った。
上空の渦は、まがまがしい様相で渦を巻き始め、風はますます強くなる。
「あれは、かなり強力な台風になりそうですね。まずいです」
そうこうしているうちに雨が降り始める。
アキはしばらく深刻な顔で何かを考え、「確かあの方法だと……。しかし、やっぱりまずいよな……」と一人でブツブツ言う。
「アキ、何を考えてる? どうするつもりだ?」
ヨシミーは、アキのいつもの独り言に不安を覚えて聞いた。
「ああ、実は……。えっと、ちょっと試してみたい事が。ハンナさん、いいですか? ちょっと近くへお願いします」
「なんですかー?!」
とハンナがアキの前に来た。
アキは右手を上に挙げ、手のひらを天空に向け、魔法陣を発動した。
先ほどのハンナの魔法陣とそっくりだ。
「アキ、ハンナと同じ? いや、少し違う?」
ヨシミーがその少しの違いに気付く。
「だが、アキの魔力じゃ……」
彼女がそう言いかけたとき、アキが急に真顔でハンナに向かって叫んだ。
「ハンナさん、今から魔力を使わせていただきます! しっかり立っててください! 失礼します!」
アキは左手を伸ばし、顔を真っ赤にしながらハンナの胸の真ん中に手の平を当てた。
その瞬間、左手の手首あたりから魔法陣が展開、光り輝き、それと共に、アキの右手で展開している魔法陣が同じように輝いた。
「え? アキ、お前何を……」
ヨシミーがハッとして目を見開く。
瞬間、大気全体が浮き上がるように動く。
一瞬の静寂。
そして、先ほどとは逆の方向へ風が吹き始めた。
「くっ、これは!」
アキがふらっと倒れかけた。
「アキさん!」
ハンナはアキが何をしているのか察したのか、片手でアキの手をつかみ、自分の胸に押しつけ、もう一方の手でアキを抱き寄せるように支える。
アキの魔法陣と現象を見てすぐにアキの意図に気付いたヨシミーとジェイは、同時にアキに駆け寄り支えようとするが、彼に触れた瞬間バチッと言う音と共に弾かれる。
「ダメです。近寄っては危険です。あと少し……」
歯を食いしばって必死に苦痛に耐えるアキのあまりにもの様子に、ヨシミーは泣きそうになる。
数分後、雨がやんで風が収まり、上空の渦がなくなり始めた。
「大丈夫そうですね……」
アキはそう言うと魔法陣を解除。
そして、「アキ!」というヨシミーの叫び声がどこからか聞こえるように感じつつ、膝から崩れ落ちて意識を失うのであった。
「あれ?」
しばらくしてアキが気付いた。
「アキ!」
ヨシミーが泣きそうな顔でアキを見ている。皆も心配そうな顔で様子を伺っていた。
「あぁ、大丈夫です。」
アキはそう言いながら、フラつきながらも起き上がった。ヨシミーが突差に支える。
「アキさん、さっきのは一体なんなんだ?」
「ああ、あれは魔力転送と魔法陣発動の組み合わせです。ハンナさんの魔力を使わせてもらいました」
「魔力転送? そんなのは聞いた事がないが」
「ジェイ様、魔力循環に近い特殊な術です。普通は知られていません」
「そんな術が?」
「アキさん、その魔術は非常に危険だという事はご存じでしたか? 流れる魔力量によっては命に関わります」コトミが真剣な顔で言う。
「はい、それはやってみてわかりました。実際、身体が燃えてなくなるかと思いましたよ。もう二度とごめんです」
「アキさん、ごめんなさいー! わたしのせいですー!」
「いや、ハンナさん、大丈夫です。でも、えっと、その、何も言わずに勝手に触れて失礼しました」
「大丈夫です!」
ハンナは力強く頷いた。
ヨシミーはただ目を伏せて悲しそうに「アキのバカ」と呟くのみであった。
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