第32話 霜柱:制御はうまくなってきたけど……

 一行が道を進めるごとに気候が変わり、数日前の暑さとは打って変わって朝晩が冷え込むようになってきた。過去に大規模暴走した魔術のせいで場所によって大幅に変動するのだ。

 

 この日の朝、小屋を出た途端アキが喜びの声を上げた。

「見てください! 霜柱ですよ!」

「おお、凄いな……。お! こっちにもっと大きなのがあるぞ!」

「綺麗ですー! これが霜柱ですかー?」

 アキ、ハンナ、ジェイの三人は、子供のようにはしゃぎ始めた。


「あ! こっちは一面にあります!」とハンナが嬉しそうにしている場所にアキが近づくと、いきなりアキがジャンプして勢い良く着地する。

「ふん!」

「あー、アキさん、なんで踏んじゃうんですか!?」ハンナは抗議の声を上げた。

「え? いや、このざくざくする感覚が好きなんです」

 彼は目をキラキラさせて、抑えきれないという表情だ。

「ハー、確かにこれは気持ちいいですね、アキさん」とジェイも一緒になってバリバリと踏み始める。

 なおヨシミーは、いきなりこいつら何してんだという、じと目で三人を見ていた。


「じゃあ、霜柱、もっと作りましょうー!」とハンナが声を上げた。

「お、それはいいアイデアですね。ちょうどいい訓練です、ハンナさん、これを試してみましょう」

 アキはさっと両手を突き出し、目の前の地面に平行になるように小さな魔法陣を展開する。

 

 すると、ふわっと魔法陣の辺りが白くなり、霜が発生する。

「こんな感じで地面を冷やす事ができます。それで、霜柱にするには、地面自体が柔らかくて細かい土、そして内部にある程度の水分が必要ですね。こんな風にします」


 そう言いいながら彼が直径50cm程の魔法陣を展開すると、地面がガガガと耕され、土の粒子も小さく粉砕される。

 続けて次の魔法陣を使って水をパッとまき、地面にしみ込むのを待つ。

 彼が最後の冷やす魔法陣を展開してしばらくすると、霜柱がにょきにょきと生えてきた。

 

「最後の冷却の時、温度の制御が大事です。ゆっくり氷が成長されるようにしないといけません」

「凄いですー! やってみます!」

 ハンナはワクワクしながら、アキの魔法陣をじっくり見た後、両手を広場の方に向かって突きだした。


 直径10メートルほどの魔法陣が展開した。


「え? ちょっとそれは大きすぎなんじゃ……」とジェイが言いかけたところで、ガガガガーという音と共に地面が波打ち、一挙に土が巻き返され、砂埃が立つ。

 

「おい」とヨシミーは止めようとするが、いつものように間に合わない。

 

 新たな魔法陣が輝くと、ザバーとシャワーのように水がまかれ、その水はなぜかあっという間に染み込んだ。

 そして、最後の魔法陣が展開し、辺り一帯が冷気に包まれる。


「ちょっと待て、なぜ冷気はここまで来てるんだ?」

 ヨシミーが怪訝な顔をして呟く。

 

 ハンナは、フッと目をそらすが、それに気付いたアキ。

「ハンナさん、何を考えてるんですか?」

「へへへ、イヤー何も……」

「お、見てみろ」ジェイが地面を指さした。

 地面全体であちこちから霜柱が生成されているのが見える。

「温度の絶妙な制御ができていますね。ハンナさん、見事です。しかし……」

 アキたちはふと気付く。

 

 元々魔法陣が展開していた場所より遙か向こうまで白い霧のようなものが発生し始めたのだ。

 そして、それが広がり始める。

「おい、発動を止めろ!」

 ヨシミーが叫ぶ。

「えーん、止まってます!」

 徐々に霧が発生する範囲が広がり、辺り一面が白い霧で覆われた。

 

「あそこに漂っているあれ、冷気の塊みたいに見えるぞ」ジェイが指さす。

 その時、ざーっと風が吹き、その部分の霧が流される。

 そこには直径10メートルほどのぷよぷよする液体状のものがなぜか空中を漂いただよい、それに触れる木々が一瞬にして凍るのが見えた。

 

 アキが鑑定魔法を発動した。

「いけませんね、あれは冷気なんていう生やさしいもんじゃ無いです。液体空気ですね」

「液体空気?」ジェイは何だそりゃという顔で聞き返す。

「ハンナ、何考えてたんだ?」

 ヨシミーが彼女を睨んだ。

「えーっと、へへへ、冷たくなるって、どこまで温度が下がるのかなーって?」

「なるほど。それで、空気が液体になるまで温度が下がったということですね」

 絶対零度とかにならなくて良かったですねと、アキは呟いた。

 

 アキが球体を見つめ、何かを考える風に口に手を当てる。

「何する気だ、アキ」

 ヨシミーは掴みかからんばかりにアキに詰め寄る。

「絶対に無茶はするなよ」

「わかってます。大丈夫です、もう無茶はしませんから」

 アキは服を掴むヨシミーの小さな手を取ると、そっと放させた。


「ジェイさん、火魔法が得意なんですよね? 徐々に暖めるというのは可能ですか?」

「ああ、いけるぞ」

「じゃあ、私があれを固定します。ジェイさんは暖めてください。ゆっくりやれば、なんとか気化できるでしょう」


 アキはそう言うと、魔法陣リボンを伸ばし、その球体を捕捉する。

 液体なので微妙に捉えにくいが、何とかそれを固定するアキ。

 そして、ジェイがそれに向かって温度上昇の魔法陣を展開。


 ジェイは温度などを調整しつつ、試行錯誤する。

 急激な温度上昇で爆発しては危険ですとアキが言い、慎重に作業する二人。

 アキは適宜アドバイスを与え、ジェイは慣れない魔術の使い方に必死だ。

 

 そして、それはまもなく無事空気に戻す事ができ、ジェイとアキは久々の協力作業に満足だった。

 

「ハンナ! まだ、範囲の制御がおろそかだ。対象、範囲、時間を慎重にするんだ! そして、余計な事は考えるんじゃ無い!」

 とヨシミーはハンナに説教する。

 

「大丈夫、以前と比べてかなり制御できていますよ」とアキ。

「そうですよ! ハンナさんは凄いです」とジェイは力一杯主張し、しゅんとするハンナをかばうのであった。



 予定外の事態があったものの、辺り一面の霜柱は無事残っていたので、アキたちが再び遊び始める。

 静かにその場を離れたヨシミーは、彼らが楽しく遊んでいる様子を遠くから眺めていた。

「あいつら、ほんとに氷を踏むのが好きなんだな」

 ボソリと呟くと、コトミが話しかけてくる。 

「ふふふ。ヨシミーさんはやっぱり参加しないのですね?」

「ふん。子供じゃないからな」

 

 ジェイとハンナがキャッキャ言いながら、お互いの足の近くを踏もうとふざけている。

「ジェイ様ったら、本当にハンナさんのことが気に入ったみたいで」

「あぁ。ハンナも嬉しそうだ」


 ヨシミーがそう言いながらも、少し憂いの表情を浮かべていることに鋭く気づき、コトミが聞く。

「ヨシミーさん、どうされました? 前の事を気にしてますか?」

「コトミさん。いや、そう言うわけじゃ……」

 彼女は口ごもる。

 

「ヨシミーさんは、アキさんとはもっと仲良くしないんですか?」

「え? いや、自分は……」

「何かわだかまりがあるようですね」

「……いや、これはアキのせいじゃない。私自身の問題なんだ」

「ご自身の問題?」

 

「前にコトミさんに言われて気付いた。アキはいいやつだ。これまでの道中ずっと彼のそばにいて、それはわかった。大人だし、魔法陣の技術は凄いし、紳士的だし、ちょっと抜けてるとことか、スイッチが入ったら止まらないところとか、そういうのを見て、いいなとは自分も思ってるけど、でもそれが何の気持ちかよく分からない」

 

 ハンナと仲良くしてるのを見るとなんだかイライラするし、自分の事を気にしてくれないと悲しいし、でも、自分はどうしたらいいのか分からない。

 そう呟くと、ふと顔を上げてコトミを見た。


「なるほど」

 コトミは優しい笑みを浮かべて、ヨシミーを見返す。

 その目を見ながら、ヨシミーは思い切って打ち明ける。

「自分は子供の頃から色々あって、今まで人を信じられなかった。今は……、いや、アキのことが信じられないというわけじゃないんだ。でも、一歩を踏み出す勇気が出ない。どうしたらいいのか分からないんだ」


「そうですか」

 コトミは顔を上げ、何かを思い出すように遠くを見るような目で話し始める。

 

「あなた方三人がここにいるというのは、運命によって引き寄せられた出会いのようなものでしょう。そして、ここまで助け合い、共に仲間として行動し、無事たどり着いたこと。それは信じるに値する事実なのでは無いですか?」


「運命によって引き寄せられた……」

 ヨシミーは呟く。そう、アキと出会えたのは、まさに奇跡。

 ヨシミーはその奇跡に感謝の気持ちが湧く。


 そして、とコトミは続ける。

「突然こんな世界に放り出されて、サバイバル状態。混乱するのも無理はありません。でもあなた方三人の団結。それは、みなさんの行動力と意志によるもの。誇るべき事ですね。アキさんと共に過ごした時間、そしてその間にヨシミーさんが感じたその気持ちは、信じるに値するでしょう? そして……」

 

 コトミはそう言うと、ヨシミーを優しく抱擁する。

「あのピアノ伴奏の歌のハーモニーは素晴らしかったですよ。あの時の自分の気持ちに素直になればいかがでしょうか」

 

 そして、身体を離したコトミは、真面目な顔をして聞く。

「それに、アキさんが魔力転送で気絶したとき……」

 それを聞いてヨシミーは目を見開いた。



 アキが無茶な魔法陣を使って倒れたときのことを思い出す。

 

 アキを助けようとして、弾かれて、近寄ることもできず、焦ってパニックになった。苦しそうなアキに何もしてやれない自分に、気が狂いそうだった。

 そしてアキが崩れ落ちたとき、我も無く取り乱して泣き叫んだ。彼を失うのが恐ろしかったのだ。


 一緒に歌を歌ったときに感じた不思議な気持ち。

 アキが無茶な魔法を使って倒れた時に全身で感じたあの気持ち。

 

 それらから導かれる、自分のアキに対する思い。

 私は――。

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