第33話 暗黒球ダリア(1)

 朝、アキたちが小屋から出ると辺り一面の霧だった。

「ハンナ、また霧を発生させたのか?」

 ヨシミーが呆れた顔で聞く。

「えー? 何もしてませんー!」

 ハンナは、本当に知りませんー、といいながら、遠くが見えませんねーと手をかざして丘の向こうを眺めた。

 

 アキはただ一人、黙って立ち尽くす。

(この霧はおかしいな。気温は低くない。冷気も無い。なのになぜ霧が発生するんだ?)

 

「アキさん、行きますよー」

 アキは訝しく思いつつ、皆と共に出発するのであった。




 この日はいつまで経っても霧が消えない。視界があまり良くない中、皆は慎重に歩みを進める。

 とある丘の上まで来たときに、ジェイがその方面を指さした。

「飛行船まではもうすぐだ。あそこにうっすらと見える森を抜けた先にある広場の泉に停泊しているんだ」

 彼の言葉に、一行は安堵の表情を見せる。

 いよいよ彼らの飛行船まですぐの場所までやってきたのだ。

 

「とうとうですねー!」

 ハンナはやったーと嬉しそうだ。

「泉?」

 アキは、飛行船になぜ泉と、ひとり首を傾げる。



 一行が森の手前まで来ると、すぅっと霧が晴れた。それはまるで上空へ引き上げられるかのような消え方で、アキは違和感を覚える。

 その時、地面が大きく揺れた。

「地震!?」

 ジェイが驚く。この世界では地震はほとんど発生しないのだ。

(この揺れは……どこかで経験したような)

 アキが思案していると、

「ぴ!」

「アレを見ろ」セレの警告に、ヨシミーが叫んだ。

 

 全員が空を見上げると、今までに見たことのない程の大きな暗黒球が三体、降下してくるのが見えた。

「ブラック・スフィア!? 三体も? しかもでかいぞ。みんな集まれ!」

 見た事の無い大きさに内心動揺したジェイが、焦りの表情を浮かべて叫ぶ。


 これまでの倍ほどの大きさの暗黒球は、白いもやをまとい、皆の前方にゆっくり降下してくる。だが、その動きはかんまんで、攻撃してくる様子が見られない。

「なぜ攻撃してこないんだ?」

 ジェイが怪訝けげんな顔をして呟いた。

 

 全員が警戒してどうしようかと迷っていると、真ん中の暗黒球がうねうねと動き出し、収縮し始める。

 それはやがて人型の女性に変化し、驚愕するアキたちの方へとゆっくり歩いて近づいてきた。


 皆の前で立ち止まり、片手を腰に当ててポーズをとると、高らかに声を上げる。

「みなさまごきげんよう! わたくし、ダリアと申しますの」

 

 突然話し出したその人物に、皆はあっけにとられた。

 金髪ツインテール。健康的な肌色。鮮やかなオレンジ色の瞳。

 身体にピッタリと沿った黒いタイトなワンピースは、サイドにハイヒールと同じ赤のラインが入っている。ハイネックにノースリーブ、そしてマイクロ丈のスカートが、ただでさえ魅力的なボディラインをさらに際立たせていた。


「やっと見つけましたわ! わたくしの考え出した広域濃霧探知魔法の成果ですわよ! おっほほほほ、我ながらなんて素晴らしい術なんでしょう!」

 腕を組んで笑うダリア。

 

 その容姿にふと既視感を覚えるアキ。

「どこかで見た事があるような……」

 

 小さく呟いたアキの声に鋭く反応したダリアが、驚くべき事実を言う。

「当然ですわ、アキ様! そこにいるハンナ姉様の双子の妹ですわ!」


「双子の……妹?」

 アキは目を見開いた。

 皆は思わずハンナの方を振り向く。確かに容姿はそっくりだ。

(何故アキの名前を知っている?)ヨシミーだけは警戒の表情を浮かべ、手の中の杖を握りしめる。

 

 当のハンナは「ダリア? 誰ですかー?」と言い、分からないと首を傾げた。


「姉様、何を言っているのです? わたくしのことをお忘れですか!?」

「うーん、思い出せませんー!」


「姉様、ふざけないでください! それより、わたくしたちの目的はどうしたのですか?」

「……目的?」ハンナは首を傾げる。

「そこにいるアキ様の情報取得と、マギオーサの調査ですわ。まさかそれも覚えていないなんて言わせませんわよ?」

「えーん、本当に覚えてないんですけどー!」

 

 ここへきて、ダリアはハンナが冗談を言っているわけではない事に気付き、怪訝な表情を浮かべる。

「まさか記憶をなくして……? 一体なぜなのですの?」

「わたし、ここへ来るまではマギオーサに住んでたので、そのことしかしか知りません!」

 

(え? まさか転移したときに記憶をなくしたと? そんなことが……)

 ダリアは予想外のハンナの状態に絶句する。


 同じく、アキは内心驚いていた。

(マギオーサに住んでいた? どういう意味だ? あの世界はあくまでVRゲームのはずだが)

 

 ハンナの言葉に興味を持ったアキは思わず前のめりになった。

「ダリアさん、双子の姉妹とはいったいどういう意味ですか?」

 

「おっほほほほほ! アキ様だけに特別に教えて差し上げてもよろしくてよ! わたくしたちは、このフィルディアーナ世界の『バグのようなもの』から生まれましたの。この世界のありとあらゆるメモリリーク存在の情報の漏洩が凝縮した存在。そこに存在したAIを核に発生した自我。世界のあらゆる情報のざんと魔力の欠片の集合体。つまり、全く新しい情報生命体、それがわたくしたちのなのですわ!」


「メモリリークと、情報のざん。……あの謎のインベントリはそのせいですね」

 アキは合点がいったというように呟き、ハッとした。

「なるほど、ハンナさんの膨大な魔力の由来もそれですか。ちりも積もればと言いますが、恐ろしい量ですね」

 こんな時でも冷静に分析しようとするアキに、「のんに考えている場合か」とヨシミーが小声でツッコむ。

 

「おっほほほほほほ、さすがアキ様ですわね、理解が早くてとても結構ですわ! わたくしの右腕にちょうど良くってよ」

 ダリアは嬉しそうにアキを見つめる。

 

 だが、急に怒った顔になる。

「で・す・が! この世界では、別に何も悪いことしていないのに、そこのジェイという小生意気なガキと、あの忌々しい白い箱に追いかけ回されてますのよ! 迫害ですわ! でもご心配には及びませんことよ! わたくしたちは別の世界マギオーサに引っ越すことに決めたんですから」

 

「なぜマギオーサ?」

「なぜかですって? いい質問ですわ! それはアキ様、あなたがいらしたからですわ!」

「……私ですか?」

 

 ダリアはパッと顔を輝かせ、片手を腰に当て、もう片方の手の甲を口元に形ばかり添えると、3オクターヴほど上で高笑いを始めた。

「おっほほほほほほ、その通り! マギオーサにおける魔術理解の第一人者であるアキ様を取り込んでその世界を支配する、その為にハンナ姉様とわたくしに分裂しましたのよ! 我ながら天才的発想!」

 ダリアは勝手に盛り上がっていて誰にも止められない。

 

「な・の・に! ハンナ姉様ったらマギオーサへ調査に出かけたっきりいつまでも戻って来ないんですもの! アキ様に初めてお会いするという重要な役割を譲ってあげたのに! どうしたかと思えば、お一人だけアキ様と楽しく旅なんかなさって! わたくし、一人寂しくずっと待っておりましたのに! 姉様だけずるい! わたくしだってアキ様とあんな事やこんな事や……きぃぃぃぃぃい!」

 ダリアの目が眩しいオレンジ色に輝き始める。そして全身からが吹き出す。

 

「でも覚えてないんですけどー!」

「しっかりしてくださいませんこと、ハンナ姉様! 自然発生した自我という神も驚く非常にレアな存在ですのよ、わたしたちは! あぁ、もう、そのプライドはどこへ消えてしまったのです!?」

「えーん、知りませんー!」


 呆れてものが言えなくなるダリアだが、ふと思い出す。

「……そうだ、姉様! おへその上に記号のような入れ墨があるでしょ! これとおなじものですわ」

 そう言って、ダリアは左腕の素肌に浮かぶ魔法陣のような記号を見せる。

「それが証拠ですわ! わたくしたちが近付くと姉様のも光るはずですわよ!」

 そう言うと彼女は数歩前に踏み出した。

 するとそれは光を放ち始め、定期的に強さが変化する。


「あれは……」アキとヨシミーは顔を見合わせた。彼らは思い出した。まだ転移してきたばかりの頃に水浴びで……。


「その記号……! あぁ、確かにありますー! あれ? じゃあ、わたしは……?」

 ダリアの記号を見た途端、急に何かを思い出したかのように固まるハンナ。

 そしておもむろに自分のお腹辺りを見た。

 ハンナの腹部がぼやっと光り始めているのが服の上からでも分かる。

 

 その瞬間、彼女の身体の彩度が下がり見え方が薄くなり、さらに黒い影が差した事にアキが気付くのであった。

 

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