第8話 身体と服と
突然ヨシミーが意を決したような顔をして話し始める。
「なあアキ……その、自分の身体で何か違和感はないか?」
「身体で? 違和感、ですか?」
アキは彼女の言葉に考え込む。と、同時に泉でのあの場面を思い出し、ほんの少し顔を赤くしながら話し出す。
「あぁ、そうですね……そういえば、私、腕にほくろがあるんですよ」
「ほくろ?」
これですといいながら、アキは袖をまくって腕を見せる。こことここにあるでしょう、と。
「それが?」
「もしかして、ヨシミーもありませんか? ほくろとか、痣とか……」
その言葉を聞いた途端、ヨシミーはじろりと彼を睨み、顔を真っ赤にする。
「……み、見ただろ」
「すみません、少しだけ見てしまいました。でも大丈夫ですよ。成長期でしょうし、これからです」
「……し、しっかり見てるじゃないか!」
何が大丈夫なんだよと、さらに顔を赤くする。
「い、いえ……すみません」アキは神妙に頭を下げる。
するとそこで突然ハンナが割り込んだ。
「ヨシミーさんも、もう少し成長したら、わたしくらい大きくなりますよ!」
両手で自分の胸をふわふわ持ち上げてあっけらかんと言うハンナ。
「黙れ」
ヨシミーはじろりと彼女を睨んだ。
「まったく! そうじゃなくて! 違和感というのは、ここの痣の事だ」
ヨシミーは顔を真っ赤にして胸の間をポンポンと叩く。
「その痣ですね。それがどうかしましたか?」
「実は……この痣、……現実の自分の身体にもあるんだ。それで……」
恥ずかしそうに言いよどみながら、そこまで言って言葉に詰まる。が、少し声を震わせながら続けた。
「それがあるという事は、この身体は本当の自分の身体じゃないかと。実は、本当の自分がこの世界に転送されてきたんじゃないかと……」
そこまで言うと、ヨシミーの瞳は揺らめいた。
もしこの身体が自分の身体なら、万が一の時にどうなるか。ヨシミーは急に不安に駆られたのだ。16歳の少女が受け入れるにはあまりにも現実離れした状況なのだ。
アキはそんな彼女の心配を察し、はっきりした堂々とした口調で言う。
「ああ、そういう事ですか。大丈夫ですよ! 安心してください。今のこの身体は元の自分の身体でもあり、そうでもないです」
「……どういうことだ?」
ヨシミーはアキの予想外の即答にキョトンとする。
「私も最初同じ事を思いました。ほくろの位置とかが正確に再現されているからですね」
「……ほくろの、位置?」
ヨシミーは意外な事を聞くように目を見張ってアキを見る。アキは、これですねと再び自分の腕を見せた。
「それでですね、私こう見えても昔スポーツをそれなりにしていまして、まあ、武道ですが、怪我も多かったんですよ」
「それがどうした?」
「ここに怪我の
「……」
「私自身の身体を裸でスキャンした覚えもありません。つまり、この身体は元のDNA、もしくは生まれた後の姿を元に、正確に再現されたものであると思われます」
「再現?」
「はい。もちろんどういう仕組みかは分かりません。ただ、この世界に来た時点で、現実の身体と全く同じよう再現されたこの身体が用意されたのでしょう。まあ、ある意味リフレッシュされて作り直された本来の身体のコピー。身体能力が向上しているのも、VRの様な仕組みが使えるのも、全てそのせいかもしれません」
アキはすらすらと自分の分析を述べる。その瞳に迷いはない。
ヨシミーは、あっけにとられる。そして、なるほどと一言言い、氷が溶けていくような表情を浮かべて全身の身体の力を抜いた。
アキの明確な理論で組み立てられた説明に心底安心したのだ。
「そういえば、わたしのおへその上にも記号のようなのがありましたー! 見ますか?」
ハンナはそう言うと、いきなりスカートをまくし上げようとした。
「え!? い、いえ! いいですから! 見なくても大丈夫です! ……えっと、それについては……何か心当たりは……?」
「無いです!」と
「……ですよね」とアキは苦笑する。
「ハンナ! おまえはちょっとは女性らしくだな……そんな簡単に見せようとするもんじゃない」
ハンナの辞書に『羞恥心』という言葉はないらしいとブツブツ言う。
ヨシミーはアキの説明を聞いて緊張がほぐれたのか、石の上に力なく座りこむ。
そして、おもむろに長すぎるズボンのすそを何回か折り曲げはじめた。
その様子を見ていたハンナが突然言い出す。
「ところでヨシミーさんの服、ぶかぶかですねー。そして、アキさんのはキツそうです!」
「え? ああ、マギオーサでの体型に合わせた服のままですからね」
「確かに歩きにくい」
それを見たハンナが、
「ヨシミーさんのズボンをアキさんがはいたら、ちょうどいいんじゃないですか? そうしましょう!」
「えっ?」
二人は思いがけない言葉に固まる。
「あ、ローブとコートも交換すると丁度良さそうですよ!」
「いや、しかし」とアキは狼狽し、「断る」とヨシミーは即断だ。
「えー、でも、素早く動けないと魔獣に襲われたときに大変ですよ! とくにヨシミーさんは
楽しそうに言う割に、いきなり的確な指摘に、二人は黙り込んだ。そして、お互いの目を見て、目をそらす。
が、アキは、まあそうですねと呟き、
「ハンナさんの言うとおりです。ヨシミー、もし差し支えなければ、服を交換しませんか。動きやすさは今後のことを考えると重要です」
ヨシミーは目を
今日起こった、一歩間違えれば死んでいたかも知れない事態が思い出される。
その事の重大さを改めて感じ、さらにアキの冷静な説明と判断を思い出す。
二人の言うことは正しい。恥ずかしがってばかりいては生き残れないかも知れない。
彼女は目を開くとアキとハンナの目を交互に見て、「分かった」とはっきりと言うのであった。
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