第26話 砂嵐:周りをよく見ろ!

 この日は朝からの晴天下、細長く広がる砂漠地帯を横断することになった。距離がそれほどあるわけではないので、今日中に踏破できるはずであるとジェイが説明する。

 暑さを耐えながら黙々と歩く一行。

 

「ぴ!」

「止まれ!」

 ヨシミーがセレの警告音を鋭く捉え「何か来るぞ」と叫ぶと、全員が足を止めた。

 どこからともなく地響きが聞こえ、地面が震動しているのが分かる。


「この振動は……まずいな」

 ジェイがそう呟いたとたん、百メートル程前方で、大音響と共に砂が吹き上がる。

 直径2メートル、体長100メートルにもなろうかという巨大ミミズのような魔獣が砂の中から突き出てきたのだ。それが、三体もいる。

 

「えーっと、あれは何でしょうか?」とアキが引きつった顔で聞く。

「サンド・ワームだな」

「もう少し小さければ可愛いかも」と嬉しそうに呟くヨシミーの意外な発言に「えー、なんだか気持ち悪いですー」とハンナはめずらしく嫌な顔をした。

 

 サンド・ワーム三体は向きを変え、皆の方へ向かってくる。歯がぎっしり付いた大きな丸い口を開けてぞぞぞぞっと突進してくるのだ。

 それを見たヨシミーは「あ、あれはヤバいやつだ」と顔色を変えた。

 

 すぐさまジェイが青白い火の玉を撃ち放つ。ハンナは赤いレーザー。コトミは水のジェットを撃って応戦しようとするが、その勢いを止めることができない。

 ヨシミーとアキが、魔法陣言語リボンと光の触手を複数地面に刺して壁を作り、ワームを払いのけてその針路を辛うじてそらした。


「うぉっ! あ、しまった!」

 だが、くねくねとうねった一匹のワームにジェイが接触し、弾き飛ばされる。その時、腰に付けていた短剣を落としてしまい、ジェイは慌てて拾おうとするも、あっという間に砂に埋もれて流された。

 

 その横で、ハンナが「いやですー! 気持ち悪いですー!」とキャーキャー言いながらの怒濤のレーザーを放ち、そのターゲットにされた一匹のワームはのたうち回りながら砂に潜ったかと思うとどこかに消えていった。

 

 間近に見るとさすがに迫力があって、その口は気持ち悪い。それを見て引きつった顔のアキとヨシミーは、多数のリボンと触手を展開し、とにかくバシバシと払いのける。二人は必死になってお互いをカバーするように攻撃を繰り出す。

 それを嫌ってなのか、その一匹はしばらくうねうねと暴れたかと思うと、砂の中に沈み込みいなくなった。

 

 最後の一匹は、コトミの水ジェットの連続攻撃が当たると、地表を滑るようにどこかへ逃げていった。


 

 なんとかワームを退散させたのだが、ジェイだけがパニックになっている。

「くそ! 探さなきゃ! 大事な剣なんだ!」

「落ち着いてください、坊ちゃま。こんな砂漠では無理です」

「でもあれがないと……」

 ジェイは地面を叩きながら、泣きそうになり、それをコトミがなんとかなだめようとしていた。


 その尋常で無い様子を見ていたアキが提案する。

「ジェイさん、落ち着いてください。ハンナさん、ちょうどいいです、広範囲探知魔法陣を試してみましょう。そして、探知できたらその部分の砂ごと地表まで持ち上げてみてください」

 

「広範囲探知だって? それは膨大な魔力が必要だから、そう簡単には……」

 とジェイは少し期待した顔をするも、その魔術の難しさに気付いて落胆の表情を見せる。

 

 ヨシミーが真剣な顔でハンナに向かって説明する。

「いいか、ハンナ。周りをよく見るんだ。全てを同時に認識すること! 余計な事は考えるな」

「分かりましたー! 任してください!」

 相変わらず動じないハンナは、元気いっぱいに嬉しそうな顔で大規模探索を発動した。

 ハンナの頭上に魔法陣が輝いたかと思うと、蜘蛛の巣のような光の糸が周りに向かって伸びていき、それが地中に向かって浸透する。


「これは凄い! ハンナさん、一体どんだけ魔力があるんだ?」

 ジェイは驚愕し、コトミを振り返る。

 彼女は首を振り、分からないという複雑な表情を浮かべている。


 しばらくして、ハンナが叫んだ。

「なんだか剣が沢山ありますー!」

「え? たくさんですか?」アキは確認の意味で聞くが、

「よく見て認識したけど、全部一緒くたで何が何か分かりませんー!」

「そんなにあるのか?」とヨシミーも訝しげに聞く。

「はい。たくさんです!」

「この辺りは昔戦場だったと伝えられていますが、そのせいかも知れませんね」とコトミが推測した。

 

「もう分からないから、全部いっぺんに持ち上げます!」

「え? ちょっと待て」

 ヨシミーがハンナを止めようとしたが、いつものように時既に遅し。

 彼らの周囲の半径100メートル以上に渡って、大量の砂が、ザザザーと一斉に持ち上がり、そのまま上昇を続けた。


 アキたち四人は、その様子に言葉を失った。

 自分たちのいる場所を除いた地面全体が空に上昇していっているかのようなのだ。

 

「あ! ちょっと持ち上げすぎましたー!」

 とハンナは目をそらして言う。

 5階建てのマンションくらいの高さに、巨大な砂の塊が浮いており、上を見上げると異様な圧迫感がある。

 

「おい、ちょっと待て! それをどうするつもり……」とヨシミーは叫びかけたが、

「えっと、砂を振り分けますー!」とハンナは叫び返す。

 その途端、どばーんと砂の塊がはじけ飛ぶ。

 

 それはまさに砂嵐のようで、大量の砂が嵐のように周囲に吹きすさぶ。

 器用な事に、ハンナはその状態で、その場の全員を守るためのドーム型障壁まで展開しており、アキは、「ハンナさん上達しましたね」と褒めていた。

 ただ、砂嵐の勢いがすさまじく、さらに障壁が地上部分だけであり、吹きすさぶ風が入ってくるために全員が砂だらけになるのが避けられなかったのだが。


 ジェイはハンナが発動した魔法陣を信じられないという目で見た。一体どんな訓練方法なんだ? と理解できない様子だ。


 しばらくして、砂嵐が収まったかと思うと、大量の剣が彼らの前に落ちてきた。

「たくさんですー」とハンナは嬉しそうだ。

「これはまた、確かに古い剣がいっぱいですね」とアキは目を輝かせて一つ一つを確認する。

 ジェイは、大量の剣の中を泳ぐように探し回り、

「あったぞ! やったー! ハンナさん、ありがとう!」

 彼は喜びのあまり、ハンナを抱きしめて礼を言う。

 ハンナも「どういたしましてー」といいながら抱きしめ返した。


 その様子を「あらあら」とコトミは温かい目で見ている。その後、大量の古い剣は、本人曰く「古い物好き」なハンナによって彼女のインベントリに収納される事になるのであった。



 その日の夜、無事砂漠地帯を踏破し、森の手前で小屋を設置した。


 小屋の外で、ジェイとハンナが星空を見上げながら話をする。ジェイがお礼を言いたいとハンナを誘ったのだ。

「ハンナさん、今日は俺の短剣を見つけてくれて、ありがとう」

「どういたしまして!」

「まさか、あの中から見つけられるとは思わなかったよ」

 心底助かったという顔をするジェイ。

 

「諦めちゃダメです! 目標に向かって突き進むのです!」

 片手を突き出し、満面の笑顔のハンナ。それを見てジェイはハンナらしいなと思いながら、応える。

「ははは、そうだな。諦めちゃダメだな。しかし、ハンナさんは、いつもあんな勢い、というか規模でヨシミーさんとアキさんと修業してきたのか?」

「そうですよ!」

 嬉しそうに返事するハンナに、ジェイはおずおずと質問する。

「その、辛いと思ったりしないのか?」

「辛い? どうしてですかー?」

「いや、どうしてというか、うまく出来なかったり、怒られたり?」

「うーん、思いません! 頑張って練習するだけです! うまく出来るようになったら嬉しいじゃないですか!」

 その前向きな態度と純粋で眩しい笑顔に、ジェイの胸はキュンとなった。

 

「アキさんやヨシミーさんって凄いよな。あのユニークな魔法陣や技術、あの二人はこの世界の基準でもかなりの魔術師だ。そんな二人に囲まれて、悔しくないのか? その、嫉妬とか」

「えー、そんなのないですー! 凄い人は凄いです! 私もいつかアキさんやヨシミーさんみたいになりたいんです!」

 さらりと言うハンナ。何の曇りも無いその言葉に、ジェイは自身を振り返って顔が陰る。

「俺の周りにも彼らみたいな凄い人が沢山居てな、でも俺自身はうまく出来なくて、ちょっと落ち込んでたんだ」

「えー、アキさんみたいな人たちが沢山居るんですか? 羨ましいです!」

「羨ましい?」

「教えて貰えるじゃないですか! ジェイさんもどんどん教えて貰えばいいんですよ。今は出来なくてもいいんですよ! 練習すればいつか出来るようになります! アキさんも言ってましたよ、先ず自分が楽しむこと。自分が心から楽しいと思うことをすること。そして、同じような事を目指す人と出会って切磋琢磨するといいんだって。ジェイさんも一緒に修行しましょうよ! きっと楽しいですよー!」

 ハンナの前向きな姿勢とその明るさに、ジェイは、自分に巣くった暗い心が癒やされるのを感じるのであった。

 

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