第25話 雷:サンダー・ボール?!(2)

「きゃああああああああ! アキのバカー!」

 ドカーンという轟音と目が眩むほどの閃光が発生した瞬間、雷より大きいかのような悲鳴と共に、半泣きに取り乱したヨシミーが喚きながら頭を抱えて縮こまった。

 

「綺麗ですー!」と、ハンナは平気というか嬉しそうだ。

 ジェイは動揺を隠しつつも「アキさん、大丈夫なのか?」と、なんとか冷静を保つ。

 ちなみにコトミは何があろうとほほ笑みを浮かべて少し離れて皆の様子を見ている。


 アキはヨシミーを安心させようと皆の方へ振り向き、笑顔を見せる。

「大丈夫ですよ、私のリボンだけにしか電流は流れないようにしてますから!」

 だがヨシミーにそんなものが通用するわけもなく、

「そういう! 問題じゃ! ない! やめ……」

 ヨシミーが顔を上げて抗議しようとした瞬間、アキがそのままにしていたリボンに再びドカーンと落雷が発生した。

 

「きゃああああああああ!」

 ヨシミーは絶叫すると、涙をぽろぽろ流しながら、目を閉じてさらに小さくうずくまり、セレをぎゅーっと抱きしめる。

 

「もうムリ……。アキのバカ! アキのバカ!」

 ヨシミーが怒り心頭の顔で唸っていると、セレが一部をにゅっと伸ばし、ヨシミーの頭をなでなでする。

 

 一方、何事にも動じないハンナは突然パッと顔を輝かせ、右手を突き出して魔法陣を展開した。

「あ、じゃあ、その光を私のこのボールに閉じ込められますかー?」

 彼女はアキに近づきながら、さっと障壁のボールを作り出す。

 

「お! ハンナさん、それ、上手く作りましたね。よく出来ています」

「修行の成果ですー!」

「じゃ、もう一度行きましょう」

 とアキが言うと、リボンを伸ばし、もう一方をハンナのボールへ接続する。

 

 ピカッ! どかん! と再び雷が落ちる。が、障壁ボールの中に流れない。

 おかしいですねと、アキは呟き、その後ハンナと共に何回も試行錯誤する。


 終始マイペースな二人を見ていたジェイは、この二人が実はむちゃくちゃの程度が似てるのではと気づき、少し嫉妬を覚える。だが、彼らの発想と実行力に羨望のまなざしを向けた。

 

「お前ら、何考えてんだよー!」

 ヨシミーは、その閃光と轟音の中、縮こまったままで、目に涙をためながら勇気を振り絞って二人に向かって叫ぶが、皆は気付かない。すると、セレが一部を伸ばして薄く伸び始め、ヨシミーを囲むように磨りガラス状の白い卵状のシェルを作り、彼女を頭からすっぽり包み込む。

 内部は温かいオレンジの光で薄く輝き、なんとなく温かくて、防音のそれにヨシミーは少し落ち着きを取り戻し、セレだけが分かってくれるのかとギュッと抱きしめるのであった。

 なお、彼女の顔面の部分は一部がきちんと透明になっている。セレもなかなかに芸が細かい。彼女の深層心理をきちんと汲めるのだ。


 しばらくアキとハンナの様子を見ていたジェイは、黙ってじっと何かを考えていたが、コトミに話しかけ、いくつかのパーツを取り出してある装置を組み立てた。

 

「アキさん、これをリボンと障壁のボールの接続路として試してみてくれ」

 ジェイがリボンと障壁をつなげる魔導具を作りだしたのだ。

「ほほう、これは不思議な装置ですね。では、試してみましょう」


 再度落雷を受けると、今度はその装置のおかげで雷の電流は障壁ボールへ流れた。

「おおー、できましたね! でも、流れる電子の量が少ないですね」

 

 その後三人は装置を改良したり、リボンの魔法陣を変更したり、障壁の種類を変えたりと、ひたすら試行錯誤を続けた。

 

 その間ヨシミーは頭を抱え、何度も続く落雷の恐怖にひたすら耐えるのであった。


 そして、とうとう、直径30cmほどの障壁ボールに、光り輝く雷を閉じ込めることに成功する。

 

「出来ましたー!」

 ハンナはいつもの満面の笑みで喜び、アキはやり遂げたという達成感が顔から滲み出る。そして、ジェイも満足そうに微笑んだ。


 ジェイは初めての彼らとの共同作業で、アキの知識と工夫、ハンナのガッツに驚いた。何度失敗しても諦めない。一見不可能というか突飛のないことでも実行して試す。

 ジェイは、何かが彼の心を変えていくような気がするのを感じた。

 

 コトミは、彼らのやる気と工夫と気概に、ただ呆れたような、感心するような気持ちで見ていたのであった。




 その後、彼ら三人は引き続きいくつもの雷ボールを作り上げ、それに満足したアキ。全てのボールはそのままハンナのインベントリに仕舞われた。

 

 雷ボール作成という一大作業を成し遂げたアキは、意気揚々とヨシミーに説明しようとしたが、彼女はアキを無言でじろりと睨み付け、セレが作ったと思われる白いシェルの中から出ようとせず、透明の窓部分もセレに頼んで白くしてしまうのであった。

 

 怖がっていたヨシミーに悪い事したかなと、少し反省した彼は一人皆から少し離れた大岩の上で背伸びをし、雷がおさまったあとの高い空を見上げていた。


 

 ふと気付くと、ジェイがその横に静かに腰を下ろした。

「ジェイさん。どうかしましたか?」

「アキさんは開発者の鑑みたいな人だったんだな」

 ジェイは憧れの人を見るような目で、アキを見る。

「開発者の鑑?」

「ああ。自分が欲しいと思ったものを、夢を、諦めずに追いかける。その強い意志は、開発者としての鑑だ」

「なるほど。そう言う意味では、私は簡単には諦めませんね」

 アキはうんうんと頷き、それは大事な事ですよと、おどけた調子でジェイに返す。

 そして、

「ジェイさんは、どうして冒険者に? 先ほどの様子から、私と同じように魔導具とかの開発の方が得意そうに見えましたが?」

 

「ははは。俺はまだ……そうだな、修行中なんだ。実家にいるときは、周りにアキさんみたいな凄い人たちがたくさんいて、でもその人たちと比べると俺はそんなに凄くない。しかも期待だけは大きくて、そのプレッシャーとコンプレックスに耐えられなくて。それで、一人で頑張りたいと飛び出したんだ」

 まあ、そうは言っても結局コトミ頼りなんだが、と自嘲気味に笑う。

 その瞳は遠い景色を眺めているようで、その中に過去の自分を見ているようにも見えた。

 だが、ぱっと上げた顔は明るく輝き、そして、アキを見て言う。

「俺の能力は魔導具に偏っているのは確かだ。だけど、そんな事に囚われずに、もっと世界を見たいと思ったんだ。それで、魔獣ハンターとして活動することにしたというわけだ」

 

「世界を見る事はいいことです。特にジェイさんのように若いうちはね。そして、いろんな事にチャレンジしなきゃ」

 アキはこれまでの自身の経験を思い出しながら、ジェイの輝く未来を祈るように彼を見た。

 

「そのとおりだな。アキさんたちに出会って、色々考えさせられた。それにハンナさんに頼られる存在になりたいな、なんて思ったり。それで、アキさん、ハンナさんのことは……?」

 ジェイはおずおずと聞いた。

 

「ハンナさんですか? 彼女は頑張り屋さんですね。私や、特にヨシミーに厳しく指導されていても、一向にへこたれない。ある意味あのガッツは才能です。それに、初めに比べればだいぶ上達しました」

「それはアキさんとヨシミーさんの指導が上手いからだな。で、女性としてのハンナさんは……?」ジェイははじめの勢いはどこへいったのか尻すぼみになる。

 

「ん? 女性として? うーん、確かに彼女は美しいですね」とアキは微妙な返事をする。

 ジェイはそのアキの表情と返答を聞いて、内心複雑だ。

 どっちだ? と思うも、それ以上踏み込めないジェイ。

 

 彼はアキのことを「頼れる魔術師」の理想として認識が変わりつつあった。技術、指導、理念、色々学べるところがあると感じたのだ。だから、ハンナの恋のライバルにはなりたくない思っていたのだが、今の彼にはそれ以上どうしようも出来なかった。




 ――その夜。


 一行は無事小屋を設置する場所を見つける。

 夕食後、いつもはピアノの修理で時間を過ごすのだが、雷の一件後、ヨシミーは全く目を合わせてくれないまま、一言も口をきかずに、自分の部屋にすぐに入り出てこない。

 ハンナが彼女の部屋のドアをノックする。

「ヨシミーさん、今日はピアノの修理しないんですかー?」 

 同じく心配するアキが「ヨシミー大丈夫ですか?」と声をかけるが、中から返ってくるのは「アキのバカ!」という叫び声だけであった。

 

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