第22話 小屋

 三人がジェイとコトミに出会った夜。

 そろそろ夕食の準備をしないといけません、小屋を設置しましょうとコトミが言い出した。

 

「小屋? テントとかじゃ無くてですか?」

 アキはふと聞き返すが、

「ふふふ、ええ、小屋です」

 とコトミは意味深な笑みを浮かべるのみだ。

 

 そして彼女が魔法陣を展開すると、眼前の広場に突然建物が現れた。

 その光景にアキたち三人は言葉を失う。

 

 それは、もはや一軒の家。

 

 さらに内部を案内されて、その設備に驚愕する。

 リビングとキッチンがあり、複数のベッドルームがあり、さらには風呂やトイレまで完備しているのだ。水道に照明、全て魔法で動いているという。

 

「これは凄い……! こんなことが可能なんですね?」

「ははは、まあこの小屋はこの世界でも特別な部類に入るな。コトミだから出来る特異な魔術ではある」

 と、なぜかジェイが得意そうに解説した。

 

 くつろいでくれと言いながら、ジェイが三人をリビングにあるソファーに案内した。

 久しぶりに見るふかふかのソファーに、三人は目を輝かせて、ふらふらと引き寄せられるように歩いて近づく。

 ハンナは早速座ったかと思うと、ふかふかですーといいながらピョンピョン跳ねる。

 その横で、アキとヨシミーは深く座り込み、その柔らかなクッションに全身を預けた。思わずそのまま眠りそうになる二人。これまでの石の椅子とは天と地ほども違う座り心地に心底リラックスしたのだ。



「まずは食事にしましょう」

 そう言うと、コトミはテキパキと料理を始めた。しばらくして漂ってきた香りにアキとヨシミーは思わず目を見合わせた。

(カレーの匂いか?)

(カレーですね? これはカレーです!)

 二人は目だけで気持ちが通じるのを感じる。

 

 そして出された料理は、まさに二人の想像していたものだった。真っ白に炊き上がったつやつやのご飯に、新鮮な野菜のサラダまでついている。

 

 久しぶりのまともな食事にアキとヨシミーは感涙して言葉も出ない。ただひたすら黙々と食べる二人。

 

 ハンナはその横で相変わらず「芋ですー!」「にんじんも入ってますー!」「これなんですかー?」と賑やかだ。

「それはブロッコリーだな」

「じゃあ、これはなんの肉ですか?」

「それはホーン・ラビットの肉だ。柔らかくて美味しいぞ」

「たしかに美味しいですー!」

「そうだろ、そうだろ! コトミは料理がうまいんだぞ。このカレーのスパイス配合はコトミのオリジナルなんだ。俺も手伝ったんだぞ。味にはちょっとうるさくてな」

 ジェイはコトミと自分の料理の腕前をハンナに必死にアピールしている。

 

「これまでの道中では食事はどうされてたのですか?」

 ふとコトミが疑問を口にする。

「川で捕獲した魚と、森で採れる葉っぱとキノコ、そればかりでした。調味料もなくて……」

 彼はそう言いながら自分たちの食べてきたものを振り返り、ヨシミーと顔を見合わせた。二人の間に得も言われぬ悲壮感が漂う。

 

「それは大変でしたね。では、好きなだけお上がりください」

 コトミは二人のその様子を慈愛に満ちた目で見ながらそう言うのであった。



「コトミさん、あの……風呂……入れるのか?」

 その夜、ヨシミーはモジモジと、自分の袖口を引っ張りながら上目遣いにコトミに聞いた。

「もちろん。いつでも入れますよ。入りますか?」

「ぜひ!」

 彼女は目を輝かせ、必死の形相でコトミに迫り手を合わせる。コトミはその様子にクスクス笑いながらも、優しい顔で「準備しますから、ちょっと待ってくださいね」と答えた。


 ヨシミーは久しぶりの風呂で、石けんやシャンプーまで完備している事に歓喜する。ハンナが作った温泉でお湯につかった時以外は、いつもはアキの洗濯機魔法陣での高速洗浄だったのだ。

 熱いお湯に裸でゆっくりくつろげるという事が大好きな彼女にとって、これまでの洗濯物扱いは苦痛でしかなかった。

 

 ヨシミーはセレを石けんで洗い、それが気持ちいいのかセレはピピピと嬉しそうに鳴く。そして、湯船にぶかぶか浮かぶセレを見ながらくつろぐヨシミー。

 セレは身体の大きさを変化させて、水中に潜ったり、浮かんだりして遊んでいる。そのセレをつかもうと彼女は手を伸ばしたが、セレは水鉄砲のように水をぴゅっとヨシミーに向かって吹きだした。

 キャーーっと可愛く叫んだヨシミーは、手で水をバシャッとセレにかける。

 すると、セレは先ほどよりもっと多くの水を吹き出し、それに対抗しようとしたヨシミーは両手で水をセレに向かって押し出す。


 ザバザバ、キャアキャアと風呂場から聞こえてくるヨシミーの普段聞き慣れない声に、アキはそわそわと落ち着かない。

 

 一体何をして遊んでるんだ、という興味と、自分も早く風呂に入りたいという気持ち。風呂の水音を聞いていると、ヨシミーの細い腕や肩や……あれこれいろいろ想像したり、セレが羨ましいと思ったり、疲れからなのかだんだんとりとめの無い事を思い浮かべながら、アキはチラチラと風呂場の方ばかり見ていた。

 

 そんなアキの様子に気付いたハンナは「ちょっとヨシミーの様子を見てきます!」

 といいながら風呂場の方に駆けていった。しばらくして「ヨシミーさん、アキさんが待ってますー」と叫ぶ声が聞こえ、アキは(え? いやそんなつもりじゃ)と内心焦るのであった。

 


 風呂から上がってきた、顔が火照って髪の濡れたヨシミーを見て、アキはドキドキする。とたんに先ほどの妄想が頭をよぎり、顔が赤くなるのを感じ、目をそらした。

 

 楽しんで入っていたところをアキに急かされて上がってきたヨシミーは「もう少し入っていたかったのに」と口を尖らせ、自分の事を見ないアキに「おい、こっち向け」と無邪気にいう。

 おずおずとヨシミーを見ると、その膨れた顔も可愛いなと思い、凝視してしまう。が次の瞬間には顔を赤くしてやはり目をそらすアキ。

 チラチラと挙動不審に自分を見るアキに「……何?」とヨシミーは訝しげに聞く。

「いえ、何でも無いです。えっと、じゃあ私も入らせていただきます」

 とアキはそそくさと風呂場に行った。


 

 アキも久しぶりのお風呂に感動する、が、お湯を生成する魔導具等に気を取られるのが彼である。

 お湯の生成と水の生成の魔導具は、アキの知っている魔法陣による魔法とは根本的に異なっているのだ。なぜなら、魔導具は術者がいないのに魔法が発動する。

 ジェイの説明にあった魔石や、この世界の、本来の魔術体系とその可能性を考えると、リラックスどころかますます頭がさえ、あれこれ考えているうちにそのままアキは居眠りしてしまった。

 いつまで経っても出てこず、静かなのを心配して見に来たジェイに起こされるという始末であった。



 なお、ハンナはお湯につかるという事に執着がないのか、あっという間に出てくる。

「わたし、全身を水で流すだけで大丈夫ですー!」

 と、あっけらかんと言う彼女に、みんなは驚くのであった。


 

「ああ、そういえばお三方にも部屋がいりますね」

 そう言ったコトミに、三人はどういうことかと首を傾げ、言われたとおりに全員が一旦小屋を出る。


 コトミがインベントリから部屋のユニットを取りだし、小屋を建物にくっつけるように増設した。

「こんなに簡単に部屋を増設できるんですか?」

 アキはその小屋の構造とコトミのインベントリ魔術に興味津々だ。部屋の接続の仕方や、インベントリ魔術の仕組みなどをコトミを質問攻めにした。


 

 再び中に入り、それぞれ部屋をあてがわれる。

 部屋には備え付けのベッドがあり、ふかふかの寝具が用意されており、アキとヨシミーは無言でそれらに目が釘付けになる。

「コトミさん、ジェイさん、ありがとうございます!」

 アキは心の底から出会った二人に感謝した。

 

「ちなみに、この世界の文明レベルは地球と同じと思っていいのでしょうか?」

 小屋の設備を見て、アキはふと聞いた。

「いえ、かつての勇者の談だと、地球での19世紀の雰囲気で、電気や科学の代わりに魔法での文明、だそうです」

「なるほど。魔法文明ですか。それは街へ到着するのが楽しみです。この家にある魔導具も興味深いし」

 アキは目を輝かせてそう言い、その様子にヨシミーは「アキは相変わらずだな」とクスリと笑うのであった。

 

 ハンナは、アキとヨシミーがいたく感動して風呂やベッドに魅入られているのを横で見ながら「お二人がそんなに嬉しそうなのはめずらしいですねー!」などといいながらニコニコ顔で見ていた。


 その夜、二人は泥のように眠って、翌朝生き返ったかのようにすっきりとした目覚めで起きるのである。ただハンナだけは「わたしは寝るのにはどこでも平気ですー!」といつも通りなのであった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る