第23話 木魔獣:増やすな!

 一夜明け、すっかり元気になったアキたちは、ジェイに先導されて雲ひとつ無い青空の下、林の中を進む。


 移動中、ゼンマイに似た植物が生えていることに気付いたアキが、それを採り「私ゼンマイが好きなんですよと」と声を弾ませて言い出した。

 

「ああ、この辺りはそれが豊富だな。意外に美味しいんだよな、それ」

 ジェイも嬉しそうにそう言うと、

「では、お昼ご飯はそれにしましょう」とコトミが提案し、休憩をすることになった。

「お! コトミの料理はうまいんだぞ」とジェイも待ってましたという期待に満ちた顔をする。

 

 

「そういえば、昔『ふるえるゼンマイ』ってありましたよね。確か、ミケン食品でしたっけ?」

「ふるえるぜんまいって何ですかー?」

 コトミが作った料理を食べ終わった後、突然アキが言い出し、ハンナがそんなの聞いたことありませんと首を傾げる。

 

「え? あの水につけると膨らんですぐに食べれる乾燥ゼンマイですよ。乾燥状態では軽いし体積も小さいので、非常食としては大変優秀なんですよね」

 

「ぷっ」

 珍しくヨシミーがふと笑顔を堪えるような表情を見せた。

「アキ、それマケン食材の『ふえるゼンマイ』だから」

「え、ふえる?」

 アキがキョトンとして聞く。と同時に、彼女のめずらしい笑みに思わず魅入る。


「そうだ。ん? 何を見ている?」

 よしみーは笑いをこらえる風にしながら、アキを睨んだ。

「……いえ。これ、ふえるんですか。いつも、お椀の中でゆらゆら揺れるゼンマイが、まるでタツノオトシゴの震えのように感じて、絶妙なネーミングセンスだなーと思ってたんですよ」

 アキは至極真面目な顔でそう説明した。

 

「あははは、アキって変」

 アキの話にヨシミーが思わず声を上げて笑い、アキおかしい、といいながらも、再び笑いを我慢しようとしている様子を見て、アキの胸にいつもよりもつよい痛みを感じた。

(この胸のきゅっとする痛みはなんだ?)とアキは不安になる。

 

「アキ、こっち見るな、笑いが止まらん」

「そうですか、これ『ふえる』ゼンマイだったんですね。え、じゃあもしかして、あの『ふるえる豆腐ゼリー』も『ふえる豆腐ゼリー』ですか?」

 

「アキ、それは『ふるえる』だ。しかも乾燥じゃないし」

 先ほどまでの笑い顔がすっと引き、憐れむような目をアキに向けるヨシミー。

 

「いや、でももしかしたら水を入れると膨らむかもですね。あの豆腐部分は一種の高分子と言えます。水を加えることで膨らむようにしたら商品として面白くなるのではないでしょうか? 乾燥豆腐としてスポンジみたいに」

 アキは自信満々の顔で自らの考えを述べたが、

 

「それじゃあ単なるこうどうだろ」

 と無表情になったヨシミーに一蹴された。

 

(あぁー、ヨシミーの顔から笑顔が消えてしまった! くっ、何故だ!?)

 アキは突然深刻な顔をして黙り込む。おかしい、何が悪かったんだ? アイデアとしては良かったはずだとブツブツ呟いている。


「アキさんって、時々変ですよねー」とアキの様子を眺めていたハンナが呟いた。

「アキさん、意外とぼけてるんだな」とジェイは聞く。

「時々あんなだな」

 ヨシミーは、あの滑ったときに真剣に悩む様子は意外と可愛いな、と思いつつ、無表情でアキを見つめるのであった。



「アキさん、質問です! じゃあ、ふるえる魔法陣ってあるんですか?」

「ふるえる……魔法陣?」

 ヨシミーの顔から笑顔が消えた理由を考えようと必死になっていたアキは、ハンナの質問にハッとして顔を上げた。

 

「はい! えっとー、ピアノの修理してて分かったんですけど、弦や板がふるえて音が出るじゃないですか! なのでそんな魔法陣ってあるのかなって?」

「ああ、振動系の魔法陣ですね」

 アキはそう言うと、こういう感じで簡単なのが音を出すのにいいですよ、とアキが魔法陣を展開する。そして音階を鳴らし「簡単な楽器みたいに出来ますね、音程を取るのは難しいですが」と解説した。

 

「へー、アキさん、不思議な魔法陣だな、それ」

 ジェイが興味深そうに近づく。そんな魔法陣は見たことないな、目を細めてアキを見た。

 

「私も試してみますー」

 ハンナがそう言うと、アキの魔法陣を真似して、展開表示する。

 

「ちょっと待った!」

 ヨシミーが鋭く叫ぶ。魔法陣の記述が微妙に違うことに気付いたのだ。


 突然キーンという音と共に、高音域の音を発し、全員が耳を塞いだ。

「ハンナさん、やめ……」とジェイが言いかける。

 

 その瞬間魔法陣の周囲に小さな魔法陣が多数出現した。

「それは! ループですか? いや違いますね、それは……まずいです」アキは目を見開く。


 高音域の音に混じって、他の音程の音が混じりだしたかと思うと、周囲の小さな魔法陣が吹き飛ぶようにハンナの背後に飛んでいく。

 

 すると、突然ギギギギーという音と共に、彼女の後ろ数メートルにあった高い枯れ木が動き出した。

 それに気付いたハンナが「木が動いてますー」と喜ぶが「ハンナさん、あれは魔獣かもしれません!」とアキが注意しようとして、何かがおかしいことに気付いた。

 

「緑が増えている?」アキが訝しげ注意深く見ると、木の表面がもぞもぞ動いているのが見える。

「おい、あれはトレント木魔獣だぞ! しかもツタが増殖している! ハンナさんこっちへ」

 ジェイが叫び、ハンナが急いで立ち上がった瞬間、トレントの上部から触手のようなものがシュッと伸び、ハンナの脚を絡めた。

 

 ハンナはそのまま引きずられ、宙づりになる。必死でスカートを押さえるハンナ。

「キャー、イヤー!」とハンナは叫ぶ。

 

 ジェイが思わずその状態の彼女をじっと見て固まった。その隙を突いて別に伸びてきたツタに身体を腕ごと巻き付けられ捕まってしまい、同じように宙づりになる。


「くそ! はなせ! ハンナさん今助けるから」

「イヤー、早く助けてくださいー!」


 その様子を見ていたコトミは呆れたようにジェイに向かって叫んだ。

「ジェイ坊ちゃま、しっかりしてくださいな! ハンナさんのパンツに見とれているからそんなことになるんです」

 意外と冷静なコトミに、これまた平静なアキが悠長に質問する。

「コトミさん、このトレントというのは魔獣なんですか? ざわざわ動くだけで攻撃してこないようですが。しかもあの触手というかツタですかね、ただ巻き付くだけみたいですが」


 コトミは、そうですね、といいながら考えるような素振りで答える。

「あれは魔獣なのですが……、このタイプの木の魔獣は特に害は無いとされています。普通は触手というかツタは無いのですが、この個体は特殊ですね。いきなり動き出したのは、おそらくハンナさんの魔法のせいですね。先ほどの高音の音に反応したのでしょう」

 

 コトミの分析に、アキは納得の表情を示し、

「なるほど。じゃあ、あのツタが増殖したのはハンナさんの二つ目の魔法陣のせいですね。あれは見たことが無いですが、増殖を促す魔法陣のようです」

 アキは、いったいどこからあんな魔法陣の記述を知ったんだと呟く。

 

「そのように見えますね。幸い増殖した分、あのツタは細そうですし、あまり危害は無さそうです」と微笑むコトミ。

 

 二人が捕まっているにもかかわらず、のんに話をするアキとコトミと横目で見ながら、ヨシミーは呟く。

「手を縛られた状態だと、逃れるのには難しそうだな」

 

「さてと、助けないとですね」

 アキはそう呟くと、両手で魔法陣を展開、左手の魔法陣から伸びた魔法陣言語リボンをハンナとジェイにふわりと巻き付ける。そして、その身体を支えながらも、同時に右の魔法陣から光のロープを伸ばし、ツタを順にカットして、順番に地面までゆっくり下ろした。


(自分の光の触手をあそこまで器用に使えるようになっている? いつの間に)

 ヨシミーは、知らぬ間にアキが自分の独自技術だったはずの技をよりりゅうちょうに使えるようになっていることに驚いた。自分がこのレベルまで使えるようになるにはそれなりの時間がかかったのに、なぜ彼はすぐに使えるんだ、と疑問に思いつつも感心する。

 

(あの魔法陣の使い方はかなり特殊ですね。システムのバグを突いた手法でしょうか? これはあの人に報告しないといけませんね)

 コトミは表情に表さないが、内心驚いていた。アキの魔法陣の発動とその動作は、これまでこの世界で知られている魔術とはかなり異なっているからだ。


「アキさん助かった! そんな魔法陣見たこと無いぞ」

 ジェイもアキの手際をみて感動したのか、それまでに見たこと無い魔法陣の制御とリボンの使い方に目を輝かせながら、今度教えてくれと頼みこむ。

 

「アキさんありがとうございますー! さすがですー!」

 ハンナはいつもの満面の笑みで万歳しながらアキに近づく。そのまま抱きつきかねない勢いに、アキは少し引き気味だ。

 ハンナさん落ち着いて、とアキが叫ぶが、ハンナは、ありがとうのハグですーといいながらアキに迫る。


 コトミはその二人の様子を温かい目で見ていたが、ジェイは少し離れた場所で悔しそうな顔をして棒立ちで佇んでいた。

 (アキさんは凄い魔術師だな。それに比べ俺はなんて間抜けなんだ? せっかくハンナさんにいいところを見せるチャンスだったのに……。ハンナさん、楽しそうだな。やっぱり、アキさんのことが……?)

 胸中穏やかではないジェイであった。



 ヨシミーは、アキとハンナのやりとりを見て、何か胸がモヤモヤする。なぜなのかは彼女自身では分からない。

 しばらくして、アキに迫っていたハンナの腕を引っ張り、怒りの表情を浮かべて詰問する。

「おい、何を考えてあの魔法陣を発動したんだ?」

「えー、だって、アキさんの話を思い出しちゃったんですー! ふるえながら増えるっていうからー!」

「いつも集中しろと言ってるだろ!」

 泣きそうなハンナに、全く何度言ったら分かるんだと、ヨシミーはとうとうと説教をする。


「ヨシミーさん、えっと……」

 ジェイが半泣きのハンナを見て同情し、ヨシミーに声をかけようとするが、ヨシミーの勢いに怖じ気づき、近寄れない。

 その様子を見たアキが、代わりに声をかける。

「ヨシミー、そのくらいでいいんじゃないですか? ハンナさんも、もう分かってると思いますし」

「アキさんー」ハンナは縋るような目をアキとジェイに向けた

「アキ、甘い」

 ヨシミーはそう言ってじろりとアキを睨む。でも最後に「とにかく、集中だ!」とハンナに言い、説教を終えるのであった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る