第21話 邂逅(2)

「いったいどうしてこんな魔境の……」

 そう少年が言いかけた途端、墜落して死んでいたと思っていたわしの一羽が、いきなりギャーと叫ぶと飛び上がり、襲いかかってきた。

「キャー」

 鷲は一直線に、一番近くに居たハンナに向かっていき、彼女は悲鳴を上げる。

 

 その瞬間、少年は素早くハンナと鷲の間に移動し、手に持っていたステッキを突き出したかと思うと、障壁を展開し鷲を防いだ。そして、すぐさまその先から火の玉を放ち、鷲を倒す。


「大丈夫か?」

 驚いて倒れたハンナに手を差し伸べ、にこやかに聞く少年。

「有り難うございますー!」と満面の笑顔で返すハンナ。


 その笑顔を見た瞬間、少年は固まった。

 

 目を見開いたまま少年はハンナをじっと見つめている。

「あのう、どうかしましたかー?」

 ハッとして姿勢を正した少年は、彼女の目を真っ直ぐに捉える。

「お名前を伺ってよろしいですか?」

「え? 名前ですか? ハンナです!」

「ハンナさん、素敵な名前だ。俺はジェイ。お目にかかれて光栄です」

 そう言って彼は優雅にハンナの手を取り、手の甲に軽くキスをした。

(なんて素敵な人なんだ! 運命の出会いか!?)とジェイは内心ドキドキがとまらない。

 

「ハイ! よろしくです!」

 ハンナは突然の出来事にキョトンとしつつも、元気に応える。

 

「坊ちゃま、何をしてるんですか? 手を握ったままニヤニヤして。しっかりしてください。そんなことしている場合じゃないでしょう」

 とメイド姿の女性がジェイを叱った。

「ああ、ごめん。というか、坊ちゃま言うな! そちらの二人も初めまして。俺はジェイ、王きゅ……冒険者だ。こっちの女性はコトミでじゅう……パーティー仲間だ」

 

「初めまして。アキといいます」

 アキは微妙に言動がおかしいジェイをいぶかしげに見るも、挨拶を返した。

「ヨシミーだ」

 ヨシミーは突然現れた二人、そしてジェイの態度に警戒心を見せ、相変わらずぶっきらぼうに返事する。

 

「えっと、それで、あんたたちはなぜこんなところに? この辺りは装備無しで来るような場所ではないぞ?」

 ジェイが三人を順に見回して、呆れた表情で聞く。そしてそれはスライムか? と物珍しそうにヨシミーの肩の上にいるセレを見つめる。

 

「実は私たちは転移魔法陣のせいでこの場所に転移してきたのです。そしてここがどこかも分からず、人里を目指して移動していました。あなた方が初めてやっと出会えた人なのです」

「転移魔法陣? そんなはずは……。いや、その服装からして、この国の人間に見えないんだけど、どこの国から?」

 ジェイは転移魔法陣と聞いて、眉間にしわを寄せる。この世界には転移魔法が使える人間はほとんどいないのだ。

 

 そして、続けて発したアキの言葉に驚愕する。

「そうですね。我々は、別の世界から転移してきた、といいますか。といっても理解できないでしょうが」

 

「別の世界!?」

 ジェイは目を見開き、振り返ってコトミを見た。コトミも同じように驚いた表情を浮かべているが、鋭い目で頷く。


 ジェイが何か重大なことを見つけたかのような深刻な顔をして尋ねる。

「なるほど。ちなみにその別の世界というのは、何という名前なんだ?」

「え? あぁ、マギオーサという世界、いや、正確には地球というべきですね」

 とアキが答えると、ジェイは、やっぱり、と小さく呟くと、さらに聞く。

「なるほど。地球の、……日本か?」

 

 今度はその言葉を聞いたアキが目を見開いた。

「地球を、日本を知っているのですか?」

「やっぱりそうか。コトミ、説明を頼む!」

「はい。私から説明しましょう」


 コトミと呼ばれたメイド服の女性は、アキたち三人にとって驚く内容の話を始めた。

 

 この世界はフィルディアーナと呼ばれている。

 かつて地球という世界から勇者が訪れてきたことがあり、彼らから見たらここは異世界らしい。勇者たちは当時この世界を危機から救ってくれた。そして元の世界に戻っていった。

 

「この話自体はこの国でも有名な史実なのですが、その勇者たちが来た世界が地球にある日本という国だという事実は、極一部の人間にしか知られていません。なので、あなた方がその名称を口にするという事は、あなた方の話が真実を物語っていると言えるのです」

 

「そんな話が? では、もしかして地球へ戻る手段があると? 私たちはなんとか帰る方法を探しているのです。この世界のどこかにある神殿に手がかりがあるという事は分かっているのですが」


「神殿? 王城に行けば資料か何かあるかも知れないけど、王宮の資料だから見るとなると、今はちょっと厄介だな」

 ジェイは何か考え込むような態度で呟く。


「あの、ジェイさんはいわゆる貴族ですか?」とアキが聞く。

 

「え? いや違うぞ! 俺たちは冒険者だ。この辺りの魔獣の調査していて、たまたまあんたたちがストーン・イーグル石鷲の群れに囲まれているのを見かけたので助けに来たんだ」


「そうですか」

 ジェイの身なりや、杖に付いている紋章、そしてコトミはジェイのことを坊ちゃんと呼んでいた事実から、アキは彼らがある程度の身分の物と推測する。だが、アキは気付かなかったふりをすることにした。何か事情がありそうだと。

 

「どうやってこの場所にきたんだ?」

 ジェイが不思議そうに聞く。

「川沿いに下ってきたのです。人里があるかも知れないと思いまして」


 それを聞いてコトミが再び説明を始めた。

「このまま川を下っても、人里へは行けません。この地域は非常に危険な地域で、台地になっており、人の住む領域とは繋がっていないのです」


 それを聞いたアキとヨシミーは、顔を見合わせた。

「じゃあ、いったいどうすればいいのでしょうか?」

 アキがこわばった表情でコトミの目を見る。

 

 コトミはジェイを見ると頷いた。

「俺たちの飛行船まで戻ろう。その後、街まで送っていってやるよ」

「飛行船?」

「ああ。この領域のはずれに置いてあるんだ。この地域は危険だから小型艇では飛べないんでな。人里へ行くにはそこから飛行船でないと事実上無理だから、俺たちが案内しよう。どのみち、ここにあんたたちをほっていくわけにも行かないしな。飛行船を隠してある場所までは歩いて10日ほどだ」

 ジェイはそう言うと、アキたちを順番に見つめ、任せろという強い意思でしっかりと頷いた。

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