第15話 地割れ:あらかじめ考えろ!

「だんだん地形が険しくなってきましたね」

 斜面がきつくなってきた道なき道を歩きながら、アキがつぶやく。

 

 いつものように右手は川なのだが、左手に切り立った崖が多くなってきたのだ。

 不思議なのは、がけはまるで切り取ったかのように垂直に近い岩肌を見せており、川との間が平地になるようになっている。

 

「これではまるで古い道路が通っていたといってもいいような地形ですね。あと、かすかにおう鉱物のこんせきと、硫化水素臭がします」

 アキはそう言いながらあっちへふらふら、こっちへふらふらと辺りを調べながら歩く。時折石を拾ってはふむふむと何事かを考える様子だ。


 ハンナは、これなんですかー? こんなのありますよー! あれなんですかー? とアキにくっついて質問しまくっていた。時折、アキさんってどうのこうのと、彼についての質問をしているのがなんとなく聞こえてくる。ハンナは何かにつけてアキに質問するのだが、そんな彼女を彼は邪険にせず丁寧に答えるのだ。


 ヨシミーは、そんな二人を少し離れて眺めながら無言で歩く。自分もあんな風に素直になれたらいいのにと僅かに胸が痛む彼女であったが、でも自分は自分だと言いきかせるようにどんどん無表情になるのであった。

 セレはヨシミーの肩にちょこんと乗っかり、同じくアキを目で追っていた。


 がけの地帯を少し行くと、左手が開けた地帯に出た。その向こうにはなだらかな丘が広がっている。


「さて、今日はループのコンセプトをお教えしましょう。同じ作業を繰り返し行うときに便利ですよ」

「同じ作業、ですかー?」

 アキが、今日のレッスンですといいながら話し始めた。ループ? とハンナは首を傾げながら聞く。

 

「そうです。例えば、畑を耕す必要がある時ってありますよね? その時に穴を掘って土を崩すという作業を10メートルにわたってしないといけない場合に、このループを使うと、魔法の発動一つで一発で出来るのです」

 アキはさも当然という風に畑の話をし始める。

 ヨシミーが、畑? と怪訝な顔をしていることに気付かない。

「わー、畑仕事楽しそうです。どんなのを植えるんですかー?」

「え? ああ、例えば芋とか?」

「楽しそうです。どこかに植えたいですねー! アキさん一緒に畑作りましょうーよー!」

 

 ハンナが相変わらず脳天気に言い出すのを聞いて、呆れたような表情を浮かべたヨシミーが、黙っていられずに割り込む。

「おい、おまえら何の話してるんだよ。アキ、そんな時って普通ないから」

「え? そうですか? それじゃあ……。いえ、では改めてループとその応用について詳しく講義しましょう」

 突然真面目な顔をするアキ。

 

「はーぃ……」ハンナは一瞬嬉しそうな顔をするが、アキの「講義」という言葉になぜか嫌な予感がして返事が尻すぼみになる。

 そんなハンナの内心などつゆ知らず、彼は話し始めた。

 

「まずは、クラス定義として水を発生する魔法陣を描きます。そのクラスをインスタンシエーションするに当たって、ループを利用します。そして、複数のオブジェクトのパラメーターの初期化については、メインの魔法陣の円周上にシングルトンをテンプレートとした別のインスタンスの……」

 

「アキさん! アキさーん! 分かりませんー!」

 とハンナが手を上げて泣きそうな顔をした。やっぱり、という諦めの表情だ。そして、ヨシミーの方をチラリと見た。

 

「おい、アキ! それじゃハンナが理解できるわけないと、何度言ったら分かる」

「え? そうなんですか? 今回はさらに簡潔にまとめたと……」


 ヨシミーは、はぁ、とため息を吐きながら、自分が引き継ぐといい、ハンナの方を向いた。

「ハンナ、水魔法で試すぞ! 水球を飛ばす、というのを3回繰り返すというのを魔法陣で描くんだ。こうだ」

 ヨシミーは魔法陣を表示し、この部分をこう変えるんだと説明する。

 

 中心となる魔法陣の周囲に、小さい魔法陣が浮かび上がる。

 中心は水球を飛ばす魔法陣。周りの小さな魔法陣はその発動を示す。三つあるので、三回発動されるのだ。

 

 ハンナは水魔法の魔法陣を表示し、こうですねと周りに小さな魔法陣を発動しようとするが、二つだけが浮かび上がり、そこから水がバシャッと落ちた。

 

「えー、なんだかしょぼいですー」

「水球のイメージがしょぼいからそうなるんだ。このループの魔法は、いつもよりしっかりイメージが必要なんだ。もう一度!」

「はいー!」

 ハンナは何度も試みる。そのたびにヨシミーは「イメージを明確に!」「二つの魔法陣を同時に意識する!」「集中しろ!」「気合いが足りない」などとビシバシと指導した。

 

「アキさんー、できません!」しばらくすると、ハンナは半泣きでアキをすがるように見る。

 

「おかしいですね。じゃあ、まず一つだけで試してみて下さい」

「え? 一つだけじゃ、ループじゃなくていいんじゃないですか?」

「いえ、ループでも一つだけの発動は可能です。結果は同じでも仕組みは異なります。それを観察することによって問題点が見えてくるのです。何事も順序立てて取り組む必要があるんですよ、ハンナさん」

 

 アキが、まるで真面目な先生のように説明した。

 ヨシミーはそんなアキの様子を見て、意外なものを見るような目でアキを見つめる。いつもの小難しい説明ではなく、取り組み姿勢について割といいこと言うんだなと思ったのだ。

 

「では、一つだけで試してみて下さい」

「はい!」

 アキの言葉に元気よく返事すると、ハンナは水球の魔法陣を展開、さらに、一つだけ小さな魔法陣を展開する。と同時に、目的通りに一つだけ水球が飛び出した。

 

「やったー、出来ましたよー!」

「うまくいきましたね。じゃあ、その感じで三つ試してみて下さい」

 ハンナは、分かりました! と再び笑顔で返事すると、同じように魔法陣を展開し、無事三つの水球が放たれた。

「アキさん、ヨシミーさん、出来ましたよ! やったー!」

 ハンナは大喜びだ。

 

 そんな様子を優しそうな目で見ていたアキとヨシミーは、ハンナの次のセリフでぎょっとする。

「あ、じゃあ30個は?」

「え、ちょっと待て!」

 ヨシミーの叫びもむなしく、ハンナは一瞬で魔法陣を展開、さらにその周囲を30個ほどの小さな魔法陣がぐるりと輝いた。

 その途端、多数の水球が飛んでいく。しかも水球自体がなぜか大きく早い。

 

「止まりませんー」

 まるで手持ちの連続打ち上げ花火のようにポンポンと飛んでいく水のボール。

 

 ハンナは焦ったせいで、最初は川の方に向けていた手を丘の方に向けた。

 そして、不幸なことに、その先はるか向こうに見える平地には牛の魔獣のような動物が沢山いた。そんな先までヒューンと飛んでいくハンナの水球は、ものの見事にその魔獣たちにぶつかる。

 魔獣たちは攻撃されたと思ったらしく、モーモーと怒りの声を発しながらアキたちの元へ突進して来る。


 それを見て慌てて逃げ出す三人。

「あの群れは、水球じゃ止められないぞ」

「落とし穴か何かが出来ればいいんですが。もしくは、そこの崖を崩してですね……」

「アキ、何をのんきなことを……そんなの無理に決まってるだろ!」

 ヨシミーは焦りながら、ツッコム。

 

「えーん、分かりました! 私がやります! 数えてないけどいっぱい置く!」

 ハンナがそう叫ぶと、ぱっと後ろを振り返り、ループをもう一度使う。


 ひときわ大きく赤く光り輝く魔法陣が展開されたかと思うと、その周囲に小さな魔法陣が30個ほど光る。

 

 だが、今度は魔法陣そのものが円盤のように回転しながら飛んでいく。

 そして、それが接地した場所で、どーんという衝撃と共に直径2メートルほどの穴が開いた。

「え?」

 アキとヨシミーは目を見張る。

「なぜ魔法陣自体が飛んでいくんだ?」

 

 二人が驚きの表情で固まっていると、ゴゴゴゴと、地鳴りがするのが聞こえた。

「何の音だ?」

 ヨシミーが呟いた途端、開いた穴からどーんと突然巨大な水柱が立ち上る。それと共に穴が爆発してクレーター状になるのが見えた。

「……まずいですね」

 アキが、急いで向こうまで走りますよ! と二人を急かし、逃げる三人。


 直後に、辺り一帯見境なく爆発する。30個の魔法陣が、あちらこちらとフリスビーのように飛んでいっては、地面に穴を穿うがつのだ。

 どーん、どーん、と吹き上がる土砂と水蒸気。それらが、まるで間欠泉のように吹き上がる。

 それらが収まると、多数の地割れと地滑りが起こるのが見えた。

 

 河原近くで地面が柔らかかったのか、地下水が噴き出したためか、すぐ横の崖が崩壊し、大幅に辺り一帯を塞いだ。

 

 魔獣の群れはその手前で止まる。

 

 こちらへ追いかけてくる様子はなく、ゼーゼーいいながら三人はほっとしたものの、あまりにも予想外の事態にしばらくは呆然とするのであった。


 

 

 その夜。三人はハンナが取り出した石に座る。仲良く横並びだ。

 セレはいつものように、光をアキの本に照射している。

 

「ところでハンナさん、昼間の件ですが、ループの魔法陣では特に、発動する前にきちんと大きさとか形とか決めないと危険です。あの魔法陣はいったい何だったんですか?」

「えー、本当に穴を掘ろうと思っただけなんですー!」

「穴掘りね……」

 ヨシミーは信用できないなという面持ちだ。

 

「直径の代わりに深さが深くなってしまったんですね、きっと」

 アキは思い出しながら、そう呟き、そして続けた。

「あれは水蒸気爆発っぽかったです。おそらく、地下のマグマ辺りまで穴が開いたのでしょう。それで水が反応したということかもしれません」

 

「マグマ? 火山の?」

 ヨシミーが怪訝な顔をする。

「はい。このあたり火山の近くですね。硫黄臭はそのせいでしょう」

「大丈夫なのか? その、火山って……」

「大丈夫ですよ。ハンナさんの魔法がなければ、本来ならば深すぎて接触するはずはないものですし」

「そうか」

 ヨシミーは、アキがそう言うので、そんなものかと、一抹の不安を覚えなくもなかったが、この時は納得したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る