第16話 温泉を作ろう!

「ぴ!」

「ん? 隠れるぞ!」

 セレがピっと鳴く声が聞こえたかと思うと、ヨシミーが突然鋭い声を発した。

「三時の方向」と彼女が鋭く言う。

「あれは……暗黒球ですね。あの岩陰に行きましょう」


 少し前から、セレが「ぴっ」と声を出すことにヨシミーが気付いた。

 魔獣などが近づくと、警告のように音を出すのだ。弱い部類に入る存在なので、危険察知能力が強いのかもですねとアキは分析する。

 それ以来、ヨシミーはセレの警告を敏感に察知し、周りを確認する癖が付く。こと危険察知に関してはアキが探知魔法陣を展開するよりも感度が高いし、アキの負担にならないのだ。

 

 暗黒球はそのまま川の上を一定の速度で飛んでいくようにみえた。

 

「見つからなかったようですね」

 アキが静かにそう言った瞬間、暗黒球がフッと停止する。そこでしばらく小さく旋回したかと思うと、三人が隠れている方向へゆっくり近づいてきた。


「え? 見つかった?」

 三人は身構えるが、特に攻撃してくる様子はない。

「ぴ!」

「あれを見ろ」

 ヨシミーが今度は反対側を指さした。

 白い立方体が飛んでいるのが見える。暗黒球に気を取られている間に背後からやって来ていて、気付かなかったのだ。

 

 突然、白立体が光の粉を放つのが見えた。それは暗黒球に向かって行くと同時に、三人の方へも飛んでくる。


「ヨシミー、障壁をお願いします。ハンナさん、私が最初にかくの矢を放ちます。その直後、すぐにレーザーを両方に撃ってください。その時私も同時に攻撃します」

「わかった」

「分かりましたー!」

 ヨシミーが障壁を展開、光の粉のが当たるとパンパン音を立てて爆発し、閃光を放つ。

「障壁解除!」

 アキがそう叫んだ瞬間、ヨシミーは障壁を消した。アキは両手を前に出し、別々の魔法陣を展開し、緑光の矢を二本放つ。それぞれが暗黒球と白立体のそばをかすめた。

「両手!?」ヨシミーは驚く。

 

「ハンナさん、今です!」

「はいー! えい! えい!」

 彼女は白立体、暗黒球の両方に順次レーザーを放った。これまでの修行の成果か、謎の物体は動き回っているにも関わらず、かなり正確に狙いが定まっている。

 レーザーは白立体の端に当たり、閃光が走り崩れるように見えた。暗黒球はど真ん中を貫いたように見えたのに全くダメージを受けていない。

 

(今のはクリティカルヒットだったはず。なぜダメージが与えられないんだ!?)

 アキは焦り、急いで再び二つの魔法陣を展開し、光の矢を放つ。

 

 だが、今度はアキの矢は白立体には当たる直前で消失した。だが暗黒球には刺さり、その一部を吹き飛ばした。


(私の矢は白立体に当たらないのか!?)

 アキは混乱する頭を、深呼吸してむりやり落ち着かようとする。が、そんな間を与えずに、白立体からは光の粉、暗黒球からは黒い花びらのミサイルが飛んできた。


「ヨシミー障壁を!」

 彼女がバリアーを張った瞬間、以前より大きな爆発と衝撃が起こる。

「まずい」焦った声をだすヨシミー。衝撃に対する許容量を超えそうなのだ。

 

「ハンナさん、もう一度です! 私は後二発しか撃てません!」

「分かりましたー! うー、えい! えい!」

 狙いの精度が増したハンナのレーザーは、動き回る白立体を正確に捉え、その中心を貫いた。

 爆発炎上するそれを無視し、アキは暗黒球の様子に注視する。ハンナのレーザーは確かに貫いたのに、ダメージがない。

(やっぱり、ハンナさんの攻撃は暗黒球には効かないのか。そして私の攻撃は白立体に効かないと。残り二発しかないが……)

 アキは、焦りつつも慎重に狙いを定め、一本の光の矢を撃ち放つ。それは暗黒球に吸い込まれ、光り輝いたかと思うと、全体が分解されながら消えていった。


 アキは、ふぅっと息を吐いた。ヨシミーも表情が少し緩む。ハンナは変わらずニコニコ顔だ。

「なんとかなりましたね」

「ああ」

「なりましたー!」

 三人はとりあえず事なきを得たことにほっとし、その場に座り込むのであった。


 

「ハンナさん、狙いが正確になって、魔法陣の制御能力も向上しましたね」

「えー、そうですかー! やったー」

 ハンナは満面の笑みで万歳をする。今回は難なく撃破できた。ハンナの魔法陣制御のレベルが確実に上がっているのだ。その点を褒めるアキ。

「だが、まだまだだぞ」

 ヨシミーは、アキは甘いな、といいながらも口元がほころんでいた。。




 少しして、ほこりだらけ泥だらけな自分を見ながら、アキはふと声を漏らす。

「しかし、暖かい風呂に入りたいですね。前に出来たあの間欠泉を思い出したら急に温泉が恋しくなりました。この辺りは火山地帯みたいなのであるかと期待しましたが見当たらないですし」

 

 それを耳ざとく聞きつけたハンナ。

「作れませんかー、アキさん! 一緒に入りましょー!」

 ガッツポーズを見せる彼女の顔には『ワクワク』と書いてあるようにさえ見える。

 

「温泉!」

 ヨシミーが目を輝かせてアキを見た。めずらしく期待に満ちた目をした彼女の顔を見てアキはドキッとする。これは作らねば! と心に決めるアキである。

 

 なお、ハンナの「一緒に」という言葉をとりあえずスルーするアキとヨシミーである。彼女のぎょっとする言葉にいちいち反応していては疲れるという事を学んだのだ。

 

「うーん、昔何かで見た、ボイラーがくっついた釜風呂みたいなのなら出来るかも知れませんね。熱した石で、お湯が作れます。ちょっと試してみましょう」


 三人は川の方へ移動した。丁度この辺りは巨大な石が多い地帯だ。

 アキが辺りを見回して、直径50cmくらいの平たい石の塊を見つける。

 

「とりあえず実験しましょう。先ずこうやってくぼみをつくります」

 そういうと、加工魔法陣を展開、2カ所を直径10センチくらいに丸く湯船のようにくりぬいた。間も削り、細い通路で、繋がっている。

 そして水魔法で水を張った。

「そして、この石をここに置き、熱してから落とします」

 加熱の魔法陣です、といいながら展開、大きめの石を熱する。水蒸気のようなものが出始めたところで、アキはその石を別の石でつついて、くぼみの中に落とした。

 ジューッと音がしてお湯が出来上がり、それがもう一方のくぼみにも流れていく。

 

「どうです? こっちのくぼみがお風呂に相当するわけですね」

「すごいですー! 分かりやすいですー!」

「よくできてるな」ヨシミーもほほーと言いながらできあがった模型を熱心に見ていた。

「まあ、問題は、この世界での私の魔力じゃこの大きさが限度。ハンナさんの制御でこれが実物大で作られるかどうか、ですが」

「無理だな」ヨシミーはため息を吐きながらハンナを見た。

 

「えー、やってみないと分からないじゃないですかー! あ! あそこにある埋まっている大岩が浴槽に丁度良さそうですよ!」

 彼女はそう言うと、トトトッと走って行く。


 そして、

「まずは浴槽です!」

 と言って魔法陣を展開、直径3メートル、深さ1メートルほどのくぼみを二つ、岩からくりぬいた。

「おおー、ハンナさん凄いじゃないですか。綺麗につくりましたね」

 アキとヨシミーは、その加工をみて驚いた。アキが作ったのと、大きさ以外は全く同じように出来たのだ。まるで銭湯の湯船だ。

「へへへー。アキさんの魔法陣のまねをしました! 大きくするのは得意ですー」


 そして、じゃあ、この石がいいですね! と近くにあった直径1メートルほどの岩を、よっこいしょと持って来て、一方のくぼみのそばにドスンと置いた。

 

「おい、なぜそれが運べる……」

 ヨシミーが突っ込もうとして、それを遮りハンナがその岩に向かって魔法陣を展開する。

「じゃあちょっと熱くしてみようかな?」

「その石だけを熱するように、ターゲットを明確にしてくださいね」アキはハンナに注意したが、ハンナは、はーい! と軽く返事しただけで、楽しそうに両手を翳した。

 

「え、ハンナさん、ちょっと待ってください!」

 アキはあることにふと気がついて、叫んだ。

 

 ハンナが展開した魔法陣が、石の上で地面とに浮かんでいる。赤く煌々と輝く魔法陣は、その岩を照らすと同時に、地面下までも輝かせているように見えた。

 

「おい、なんか熱くないか?」

「まずいです。みんな向こうへ行きますよ!」

「えー、まだ途中ですー」


 アキは、ハンナの手を無理矢理引っ張りながら、ヨシミーと共に数十メートル離れた場所まで移動した。そのとたん石の辺りからプシューという汽笛のような音と共に、蒸気が噴き出す。

 そして、その地面がもこもこと盛り上り、赤熱の溶岩があふれ出す。

 

「……あれは、溶岩か?」ヨシミーが唖然として呟いた。

「そのようですね。まるでミニチュア溶岩ドームのように見えますが……」

 熔岩はあふれ出すと同時に凝固し、アキの身長ほどまで成長すると収まった。その熔岩ドームの周りはシュウシュウと音を立ててものすごい蒸気が発生している。

 

 アキは探知魔法を発現させ、地下の様子を確認した。

「あまり深くまでは分かりませんが、変動は収まったようです。地下数メートルほどは安定していますね。ちょっと見に行ってましょう」


 元々石のあった場所に高さ2メートルほどの熔岩柱が出来ている。その周りは地面が陥没、そして、地下水が原因なのか、白く濁った水がそこからあふれだし、ハンナが作った浴槽の方へ流れて、そこにたまっていた。

 

 見た目はまさに温泉である。


「見てください! 温泉ですよ!」と無邪気に喜ぶハンナ。

「温泉ですね」

「……」

 アキは鑑定魔法陣を使って水質を確認、それが確かに温泉だと二人に告げた。水温も丁度だと。薬用効果としては、肩凝りと腰痛に効きますねーと呟いている。

 

 ヨシミーは未だに呆然としてそれを見つめていた。こんなに簡単に温泉ってできるものなのか? とぶつぶつ呟いているのをアキは気付き、「まあ、ハンナさんですから」とヨシミーの耳元に囁くのであった。


 そして、当然のごとく、ハンナは二人に向かって元気よく言葉を投げかける。

「さあ、みんなで入りましょうー!」

 その顔はもちろん満面の笑みであった。

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