第13話 スライム:よそ見すんな!
川の向こう岸に、カールしたふわふわの毛で
「あそこに何かの群れがいます! 何の動物ですかねー? 羊さんの群れですかー?」
「そのように見えますね。でも、油断はできません」
「……ひつじ」
三人は大きな岩の影に身を
ヨシミーが嬉しそうに、羊に似たその動物を
「ヨシミーはああいう動物が好きなんですか?」
「もふもふ」
めずらしくヨシミーが目をキラキラさせて、
「ハンナさん、
「鑑定ですかー?」
「はい、対象の情報を集める魔法です。それを使ってあの動物が何かを調べてみましょう」
「はい! おもしろそうですー!」
いつもの満面の笑みを浮かべ、ハンナは両手を合わせた。
「鑑定魔法は、魔法陣から線を延ばすようにして、その線が
「分かりました。いつものアキさんのやつですね! えーっと、こんな感じですよねー?」
ハンナが手を前方に伸ばすと、アキが使っているのと似た魔法陣が展開し、そこから光の線が何本も伸びていく。
「お、いい感じですね……」とアキは表情を緩めた。
すると、その横で見ていたヨシミーは厳しい口調で指導する。
「光の線の数を増やすな! ブレないように安定! ほら、集中!」
何か言われるたびに、ハイ分かりましたー! えーん、出来ませんー! と元気いっぱい、必死に魔法陣の発現の制御を訓練するハンナ。
だが、それだけ言われているにもかかわらず、突然光の線の何本かが向きを変えて違う方向に伸びた。
「あ、あそこにも別の何かがいますー!」
「おい、魔法陣展開中にターゲットを変えるんじゃない! ハンナにはまだ早い!」
ヨシミーがそう言った瞬間、ハンナが展開していた魔法陣の前方に、巨大な別の魔法陣が出現する。そして、そこから多数の赤い光の筋が放射された。
「なんだその線の数は? まるで網が……。おい、しかもどこに向かって?」
赤い光線の束が放物線を描き、羊の群れの少し手前にある池のような場所に向かい、着地するように見えた。
その途端、ハンナの顔がパッと明るくなる。
「あ! スライムですよ! スライム! 知ってますー! 冒険者ゲームの最初の試練なんですよね!」
「古いゲームのことをよく知っていますね」
「おい、スライムはいいから! というか、その魔法陣はいったい……」
「えっと、ちょっと思いついちゃって……」
ハンナが、いつものえへへといたずらを指摘された子供のような顔で、目をそらす。
その瞬間、その巨大魔法陣が
まぶしさが収まると、三人は目を開ける。
すると、魔法陣から、サッカーボール大のスライムが、にょろにょろと次々に出現し始めるのが目に映った。
「ちょっと待て、鑑定するだけの筈だろ、なんで引き寄せてるんだよ!」
「えー、だって召喚魔法陣使ってみたかったんだもん!」
次々と召喚されたスライムは、わらわらとアキたちの周りに集まり、三人を取り囲む。
「えーん、なんだか多すぎて怖いですー!」
「ハンナが悪い」
「これ、どうしましょうかね。倒すしかないですかね」
数百匹とも思われるスライムの群れに包囲され、三人は身動きがとれない。幸い攻撃してくる様子はない。
だが、ハンナは怖がりつつも、パッと顔を明るくする。
「倒したらなんかかわいそうじゃないですかー? あ! じゃあ、もっと小さくすればいいんじゃないですか!」
「小さく?」
ヨシミーが意味分からんと首を傾げた瞬間、ハンナが付きだした手の先に新たな魔法陣が展開され、それが赤く光り輝く。
「え? その術式は……アフィン変換による縮小行列式ですか? いつの間にそんな専門的な術が?」
アキが急に真剣な目をした。
「しかも、合成の術式も同時処理ですか? あ、でもそんなのを使ったら……」
アキが止める間もなく、ハンナの魔法陣がさらに赤く輝いたかと思うとそこからあふれ出した流れるような光の雲がスライムたちを包んでいく。
まぶしさにアキとヨシミーが手を翳し目を細めた。
アキはその瞬間にハンナから濃い紫の何かが飛んでいくのが見えたような気がしたが、あまりの眩しさに目を瞑ったため、よく分からない。
光りが収まり、二人が目を開けると、全てのスライムが消えていなくなっており、一匹のハンドボール大のスライムが三人の目の前にぽつんと鎮座しているのが見えた。
表面全体がセレナイトかムーンストーンのような乳白色。中心でオレンジ色のコアのようなものが淡く輝いている。二つの黒い目のようなものがあり、眉間に紫の水晶のようなものが見える。
「きゃー、かわいい」とハンナは駆け寄るが、スライムは素早くそれを
ヨシミーは思わずそれをキャッチする。
「これを仲間だと思ったのか?」
彼女がしていたペンダントはムーンストーンで、内部にオレンジの淡い部分が透けて見えるのだ。
「確かにそっくりですね」とアキもペンダントとそのスライムを見比べて言う。
「もふもふ」
ヨシミーはその極上の柔らかな感触に、顔が緩み、思わずギュッとそれを抱きしめた。
「ちょっと触ってもいいですか?」
スライムの表面がつるつるではない事に気付き、アキは恐る恐るスライムを撫でた。
その柔らかさにアキは目を見開く。
「これは凄いですね。ふわふわです。表面がカシミヤ、いや、アンゴラの毛糸で編んだマフラーのような手触りですね。ひんやりとしていて、でも温かく、ふわふわです。一応確認をしておきましょう」
そう言うと鑑定の魔法陣を展開し、得られた情報を読み上げる。
「高度高分子
「本当に柔らかですー! ぷにぷにしているのに柔らくてもふもふです!」
ハンナも大喜びだ。
「この世界のスライムはマギオーサと違って特殊ですね。高分子化合物の産業用資源として存在すると情報にあります。謎の存在ですが……、しかしそのせいですね、その表面の毛は。そのスライム固有の能力と言えそうです」
「ヨシミーの肩に乗ったら可愛いかもー!」
とハンナが言うと、スライムはぷるぷる震えるとその通りに移動した。しかもヨシミーの肩に丁度の大きさに小さく縮んだ。
ヨシミーの紺色のマントの肩の上で乳白色とオレンジ色が良く似合う。
「まるで人間の言葉を理解しているようにみえますが」
「そういうところが可愛いですー!」
「もふもふ」
ヨシミーは首を傾げて、頬をそのスライムにスリスリする。
彼女のその様子があまりにも可愛くて、アキはしばらく目を離せなくなる。
が、ハッとすると、
「その白い透明感は、セレナイトですね。オレンジ・セレナイト・スライムと名付けましょう」
「セレナイトって何ですか?」とハンナは首を傾げる。
「ああ、透明な
「じゃあ、セレちゃんですねー!」とハンナは叫んだ。
「セレ、可愛い」
ヨシミーもその名前を気に入ったのか、セレをなでなでし、当のセレも分かっているのかどうなのか、嬉しそうにぷるぷると身体を震えさせるのであった。
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