第6話 水浴びと謎の襲撃

 ハンナが見つけたという場所まで三人が移動すると、そこには確かに泉のような水場があった。

 

「おぉ、いい感じの場所ですね。。水浴びにはもってこいじゃないですか?」

 

 透き通った水。真っ白な砂浜。アキは底まで見えるほどの透明度の高さに目を輝かす。そして、数メートル行くとちょうど腰ほどの深さがあるようだ。

 ハンナは砂が綺麗ですー! と大はしゃぎで砂を触っている。

 

 だがヨシミーは、周囲を見渡したあとアキの顔を見て、

「無理」

 と、速攻で拒否した。あり得ないだろ、と小さく呟く。


 ハンナはそんな彼女に向かって手を合わせた。

「えー、ヨシミーさん、一緒に入りましょうよー! お願いしますー! 魔獣との戦いで汚れたし、汗かいたし、ほこりだらけだし、なんだか気持ち悪くないですか? アキさんもいるから安心して大丈夫ですよ!」


「え?」

 アキとヨシミーはぎょっとして目を見開いた。

「絶対無理!」

 それ絶対あり得ないからと首をぷるぷる振るヨシミー。

「い、いえ、私は一緒には入りませんから!」とアキも思わず声を大きくして叫ぶ。

 

「え? そうなんですか?」とキョトンとするハンナ。

 みんなで入ったら楽しいのに、と呟いたが、ハッとして、

「えー、じゃあ、わたしが得意のドーム型障壁を展開します! それなら絶対大丈夫ですよね!」とガッツポーズする。障壁があると視界もさえぎられますよ、と彼女に向かってささやく。

「……それはそれで不安だが、ただ……」

 ヨシミーはチラリとアキの方を見た。彼女のその鋭い視線に気付き、アキは気を利かせるつもりで言う。

 

「辺りには魔獣はいなさそうですし、安心していいと思います。私は向こうの方の岩の影で本でも読んで待っているという事でいいですか?」

 そう言うと、あの大きな岩場の後ろだったらここから見えないですし、と指さした。


「一応水質もチェックしましょうか?」

 アキはそう言いながら、鑑定魔法の魔法陣を展開する。

「水質も水温も問題ないですね。以外と温かいですよ」

 なかなかいい場所じゃないですか、と嬉しそうだ。

 

 ヨシミーは最後にもう一度アキをじろりと見て、

「……絶対覗くなよ」

 語気を強め、ものすごい形相で彼をにらんだ。

 

「覗きませんよ! これでも紳士ですからね。じゃあ、ごゆっくりどうぞ!」

 アキはそう言うと、少し離れた岩場の陰のほうへてくてくと歩いて行った。




 アキは待っている間に大きな石の陰で本を読むことにし、例の本をウキウキしながら開く。

 『魔法陣実行機構の起源』にはこれまで知られていなかったマギオーサVR世界での魔法陣の実行環境についての詳細な説明が書かれているはずなのだ。アキはその情報を別の古い書物から知って以来、この本を探し回っていた。今回やっと手に入れた貴重な書物なのだ。

 彼は期待に胸をふくらませ、黙々と読みふけった。



 

 しばらくして、突然どーんという爆発音とともに、女性二人の甲高い悲鳴が聞こえた。

「え!?」

 二人が水浴びしている場所へ急いで向かう。

 

 その場所に近づくにつれ、周辺は水蒸気とすなぼこりで何も見えなくなっている事がわかり、アキに焦りの感覚がじわじわと押し寄せる。

 

「なんだ、あれは?」

 上空には、白い立体白立体のような物と黒いボール暗黒球のような物が浮かんで飛び回っており、互いに攻撃し合っているのが見える。どちらも乗用車くらいの大きさがある。

 

 暗黒球からは、黒い何かが発射されて、まるでミサイルのような動きで白立体へ飛んでいく。逆にその白立体からは光の雨が降り注いでいるように見える。二人が水浴びしていたまさにその場所にだ。

 

 アキが呆然としている間に、どこからか障壁がパリーンと壊れる音が聞こえた。

「あの音はハンナの障壁か?」

「キャー」

 ハンナが叫んだ瞬間、ヨシミーのものと思われる青い魔法陣が水蒸気の合間に僅かに光るのが見え、その方向からヨシミーの焦った声が響く。

「ハンナ、自分が障壁を展開する。何でもいいから攻撃!」

「は、はいー!」

 叫びと同時に赤いレーザーが上空に向けて放たれるが、全くあさっての方向に飛び、動きの速い物体たちに追いつかない。

 

 そして次の瞬間、上空の暗黒球から黒い花びらのようなものがふたたび大量に飛び出した。それらは、一部は白立体、残りはアキとヨシミーたちへとひらひらと舞うように分散して飛んでいく。

「何!?」

 アキは自分に向かってきた花びらに慌てて防御魔法陣を展開して防御する。

 それらが障壁に当たった瞬間、爆発発光した。その地面をも削る重く響く衝撃に驚くアキ。

 黒い花びらを巧妙に避けながら飛び回る白立体。

 さらに、それが放出する光の粉と黒い花びらは、ぶつかりあって続けざまにあちらこちらで爆発する。

 その衝撃波のせいか、辺りは煙や砂塵、吹き上がった水蒸気で何も見えず、まるで戦場のようだ。

 アキからはヨシミーとハンナの姿が全く見えず、焦りだけが募る。

 

「冗談じゃないぞ! どうすればいい?」

 混乱した中、アキは自問する。

 

 何とかしようと思わずポップアップ画面を開き、その途端手が勝手に動いて、見えない場所にある透明のボタンを押した。

 

 それは、マギオーサ初期のベータテスト中に用意された特殊なボタンで、デバッグ用の機能を立ち上げるための仕組みだ。長く使っていなかったが、アキは身に染みついていた動作を無意識に行ったのだった。

 

――【開発環境の再読込と再起動を行いました。魔法使用が許可されました】

 

 のメッセージが流れたのをアキは聞き逃さなかった。

「え!」

 

 アキはその途端に思い出す。マギオーサのベータ版公開前テストでは、開発者コマンドでテスト用の許可証を発行できて攻撃が可能になるのだ。この世界も同じ可能性があることに気付く。


 彼はすぐさま魔法陣を展開、緑色の光の矢を次々と暗黒球と白立体に向けて飛ばした。

 光の矢は暗黒球に刺さると爆発しダメージを与える。

 

 続けざまに光の矢を飛ばすアキ。

 彼は正確に狙いを定め、確実に暗黒球に矢を当てていく。暗黒球は素早く飛び回るが、アキの狙いは正確だ。そして、何十本めかの矢が当たったとき、遂に暗黒球は爆発して消えた。

 しかし、白立体に対しては、刺さる瞬間に矢自体が消失し、全く効果が無い。

 

「無効化だと? あれじゃあまるで……」

 その時、太い赤いレーザー光線が白立体に向かって伸びてゆく。ハンナが魔獣と戦ったときに暴走して撃ったのと同じものだ。

 

 その光が白立体を貫いたと思った瞬間、その立体は一挙に爆発四散した。


 アキは二人の元へ走り寄ろうとするが、砂塵と煙と水蒸気でよく見えない。

「ヨシミー! ハンナさん!」と彼は叫ぶ。

「アキさーん!」とハンナの声が聞こえた。

 

 アキは、その声のする方へ向かった。

 一陣の風が吹き、水蒸気を吹き飛ばす。すると二人の姿がすぐ目の前にある事に気付く。彼女達は、泉の砂浜付近まで移動していたのだ。

「怖かったですー!」とハンナは半泣きだ。ヨシミーも混乱した表情で呆然と突っ立っていた。


 アキが二人の無事な姿を見て、ほっとした瞬間、二人が素っ裸のことに気付いた。

 正面にいたヨシミーの二つの小さな膨らみをアキが凝視した瞬間、ぱちんと平手打ちが飛んできた。

「痛っ!」

「ばか!」顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべるヨシミーを見て、

「ご、ごめん」

 とアキは謝るが、その瞬間血の気が引くのを感じる。

「あ……れ?」

 叩かれた勢いで、すぐ横にいたハンナの方にふらりと倒れかかる。

「アキさん!」

「おい!」

 ハンナが慌てて倒れかかるアキを抱き支えようとした。

 彼が彼女の豊かな胸の柔らかさを頬で感じたと思った瞬間、アキは気を失うのであった。

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