第5話 アイテム格納魔法とポンコツアイテム?

「キャンプセット?」

 アキはそんなの聞いたことがないぞ、と怪訝な表情を浮かべる。

 

「はい! 今気付きました。えーっと、ちょっと出してみましょうか? 『初心者装備一式』とそのほかの道具……とかがたくさんです!」

 ワクワクという表情を浮かべたハンナは、今にも全てを広げてしまいそうな勢いだ。

「おっと、その前に場所を移動しましょう」アキは慌ててハンナを止めた。


 三人は、アキの提案で河原の方まで移動し、大きな岩で囲まれた広場のような場所で装備を確認することにした。

 

 ハンナがインベントリアイテム格納魔法から次々と物を取り出す。

 テントや寝袋、簡単な食器や料理用具が続々と地面に置かれた。

「こんなセット、聞いたことないですが……。キャンプが趣味な人たち向けですかね?」

「おい、いろいろ壊れているぞ。何故だ?」

「さー、分かりません! 使ったことないですー」

「じゃあ何故持ってるんだ?」

 ヨシミーは理解できないという表情で尋ねる。

「えー、分かりませんー! でも、私、古い物が好き? ……なような気がします!」

 ハンナ自身も不思議なものを見るような目で、出したものを眺めた。

 

「妙に都合がいいような……。でも本当に何故古くて壊れかけの物ばかりなんでしょうかね?」

 とアキは首をひねった。

「えー、私初心者なので分かりません! でもインベントリアイテム格納魔法って便利ですよね!? 何でも出てきますよー?」ハンナは嬉しそうだ。

「いえ、本来は自分が取得した物を入れておく仕組みの魔法なんですが、ハンナさん、あなたはいったい……」

 はじめは謎の存在を見るような目つきでハンナを見たアキだが、ハンナの楽しそうな様子にただ笑顔を浮かべるしかできなない。

 

「あ、これ! ステキなスコップですよー! なんか地面を掘りやすそうです! あ! それにこのテント、どうやって使うんでしょうか?」

「これはまた古いテントですね。いや、無いよりマシですね。とりあえずこの辺りに張ってみましょう」

 言うが早いか、アキはテキパキとテントを設営した。一人が寝られるほどの小型の三角テントだ。

「アキさんすごいー!」

「便利屋だな」ヨシミーは少し感心しつつ皮肉っぽく言う。

「ははは。子供の頃はこれでもサバイバル・キャンプ教室とかに通ってたんですよ」

「へー、凄いですー! カッコイー!」

 ハンナは大喜びだ。

 

 素直に褒められると、アキも満更では無い。ちょっと得意げになり、

「野外活動は得意な方ですよ。全て私に任せてください!」と胸を張った。

「任せました!」とハンナは嬉しそうに笑う。

 

 突然始まったキャンプもどきの様子に、ヨシミーはどう反応すればいいのかという顔だ。彼女は、不安の中にも少し楽しそうな表情を浮かべて、二人の様子を眺めていた。

 

「後は、食べ物はどうするかですね。探知と鑑定の魔法で食べ物が探せるかどうかためしてみましょう」

 そう言うとアキは魔法陣を展開し、探査を試す。半径百メートルほどに探査の魔法を広げた。魔法陣から四方八方に光の線が蜘蛛の巣のように広がる。

「わー、綺麗!」とハンナが両手をパッと広げて、おなじく喜びの表情で顔をキラキラさせた。

「この光の線はパーティー登録しているメンバーにしか見えません。そのうちハンナさんもできるようになりますよ」

「本当ですかー! 楽しみですー!」

 

「うーん、森の方の近場に食べられそうな葉っぱとキノコがありますね。あとは川に食用できる魚がいるみたいですが……」

「とりあえずキノコと葉っぱを取りに行きましょうよー! なんかハイキングみたいで楽しいです!」

 ハンナが嬉しそうに言い、いきなり森に向かって歩き出す。アキとヨシミーは苦笑しつつ、彼女に付いて行った。


 魔法のおかげで、30分ほど歩いただけで、とりあえず数日食べる分は採取でき、三人は川の方まで戻ってきた。ハンナがはしゃぎまくったせいで微妙に疲れたアキとヨシミーだ。

 次はヨシミーの特殊な魔法の光の触手で魚を捕ることにする。

 

「どこにいるか分からん」

 ヨシミーは川縁で水面を眺めて困惑の表情を浮かべた。

「あ、そうか。ヨシミーは探知系が使えないんでしたね」

「残念だがな」彼女は肩をすくめた。

「うーん、確かに困りましたね。ただ、一つ方法があるんですが……」

「なんだ?」ヨシミーはアキの方に振り向いて首を傾げた。そのいきなりの無邪気な表情で聞くヨシミーにアキはドキッとしつつも、冷静を装って答える。

「……手をつないで、探索情報を直接伝える方法ですね。マギオーサVR世界での接触情報伝達のことを知ってますか?」

「え?」

「えー、面白そー! あ、でも、ずるいー! わたしも手をつなぎたいです!」

 ハンナはそう言うと、さっとアキの手を取る。

 彼女のその手の柔らかさを感じ、彼の顔に赤みがさすが、そんな気持ちも知らず、

「はい、ヨシミーさんもアキさんと手をつないでください!」ハンナはキャピキャピと嬉しそうに言う。

 

 わけが分からんという表情を浮かべてヨシミーは後じさる。

「あ、だめです!」と予想外の素早い動きでヨシミーの腕をつかむハンナ。

「え?」その思わぬ動きに驚いたアキとヨシミー。

「捕まえましたー! はい、手をつないでください!」

 とハンナはアキとヨシミーの手を取り、二人の手をつなげた。

「えっと……」アキはどうすればいいのか分からないという表情で困惑する。

 

「じゃあ、お願いしますー」とハンナは再びアキのもう片方の手を握り、嬉しそうにかけ声をあげる。

「え? いや、あの、その」

 アキは思いがけない両手に花状態で狼狽し、二人の柔らかくて温かくて小さな手の感触に顔が真っ赤だ。

(おい、これくらいで顔を赤くするのか?)とヨシミーは内心そう思うが顔には出さない。

 そして「アキ、探査!」とキツイ口調でアキに向かって言った。

 アキはハッとし、焦りつつも、とにかく探査魔法陣を発動、魚の位置を二人に伝達する。

「わー! 凄い! 魚が見えます! 沢山いますー! すごーい!」ハンナは興奮してキャーキャー騒いだ。

「黙れ」そう言うと、ヨシミーはハンナを睨む。

 

 ヨシミーはそのアキから伝わる情報を元に、魔法陣を展開して紺色の光の触手を伸ばし、魚を無事捕まえることができたのであった。

 

 アキは穫った魚と採取した葉っぱとキノコで簡単に料理する。

 薪を集めて魔法で火をおこし、魚を木の枝に刺して焼く。平らな石を熱し、フライパン代わりにしてその上でキノコを焼き、葉っぱは適当にちぎってサラダ風だ。

「調味料が無いのが難点ですが、今は仕方ないですね」

 といいながらテキパキと料理をするアキ。その周りで「凄いですー」といいながら、かいがいしくわいわいと手伝いをするハンナ。


 

(ふん、男はやっぱりああいう女がいいのか。ハンナは可愛いしスタイルもいいし、愛想もいいし……)

 ヨシミーはそう思い、二人の間に入っていくことができない。彼女はこれまでの自分の人生を振り返る。なまじ可愛いせいで、嫌な目に遭うことが多かった。自分の容姿目当ての大人や男にうんざりなのだ。

 自分はじゃない。でも、それが自分なんだ。

 容姿じゃない自分の本当の姿を見てくれる人間なんているのだろうか?


 アキの背中を眺めていると、ヨシミーはふと思い出した。

(アキの手はしっかりしていて温かかったな……)

 魚を捕まえる間中握っていた彼の手の暖かさに、ヨシミーは少し不安が和らぐのを感じていたのだ。

 

 だがそれ以上考えることを止め、彼女は少し離れた場所に座って複雑な表情を浮かべ、ただ遠くの景色を眺めるのであった。




 できあがった料理を食べた後、アキが話し始めた。


「さて、この世界で魔法が限定的にしか発現しない理由ですが、一つ思いつきました。魔法陣実行のキーが違うからですね」

「『魔法の人工の木』ってなんですかー? 新しい木ですか?」

「ははは。いえ、『魔法陣・実行の・キー』です」思わずアキは笑ってしまう。

 

「魔法発現の許可証と考えればいいと思います。少なくともマギオーサでは、ユーザーのレベル経験値に応じて実行キーという物が自動発行されていました。レベル経験値が上がって高度な魔法を使おうとすると、それに応じたキーが必要なのです。おそらく、私とヨシミーは、この世界でのキーが無い。なので、限定的にしか使えない。まあ、マギオーサと同じ仕組みだという前提ですが」

 

「なんだか分かりませんが、鍵がいるんですね? でも私は使えますよ?」

「それはそれで謎なんですよね。ハンナさん、使えるだけじゃなくて、威力もおかしいし」

 アキは腕を組んで首をひねる。

「うーん、分かりません!」ハンナはあっけらかんとした表情だ。

 

「私はその実行キーの入手方法を考えます。マギオーサではイベントやレベルアップで入手できていたので、もしかしたらこの世界でも同じかも知れないですし」

「自分も気をつけておく」

「はい、ヨシミー、お願いします」


 

「そういえば、アキ。なんで使えないのにこんなギミックのついた杖なんか持ってるんだ」

 ヨシミーが杖を調べながら、アキに聞く。

「以前の魔法陣コンテストの優勝賞品なんです。そんな刃が出るなんて知りませんでした」

「宝の持ち腐れだな」

「そうですね、では、その杖はヨシミーが持っていてください。その方が断然役に立ちそうです」

「ああ、もらっておく」

 

「じゃあ、アキさんにはこれをどうぞ。ついでにこのメッセンジャーバッグも本を入れるのに使ってください!」

 そう言うと、ハンナは本とバッグをアキに手渡した。

「おぉ!『魔法陣実行機構の起源』! すっかり忘れていました。持っててくれたんですね! 有り難うございます。やった! これはもしかしたら重大な手がかりになるかも知れません。頑張って読んで解読してみます!」

 顔をパッと明るくし、アキはもらったバッグを肩から斜めがけにし、目をキラキラさせて無邪気に本を読み出した。

 

 その様子を横で見ていたヨシミーは、そのアキの子供っぽさに思わず吹き出しそうになったが、グッと堪えるのであった。

 



 

 しばらく辺りをうろうろ歩き回っていたハンナが、パッと顔を明るくさせて叫ぶ。

「あ、あっちの川のそばに、ちょうど良い深さの水が溜まっている場所がありますよ! 水も綺麗そうだし、水浴びしたいなー。ヨシミーさんも一緒にどうですか?」

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