第3話 魔獣と現実
「あれは、オオカミの群れじゃないですか?」
アキはハンナが指さした方角を眺め、焦った声をだす。
「20頭ほどか」
ヨシミーがそう言った瞬間、その群れの中で魔法陣が輝くのが見えた。
「まずい!」
すかさずアキが二人の前に出て、防御の魔法陣を展開し
「風魔法? ただのオオカミじゃない……魔獣ですね!?」
「だな」
ヨシミーも深刻な顔で同意する。ハンナはどうしたらいいのか分からないと混乱してオロオロするばかりだ。
ヨシミーはすかさず攻撃用の魔法陣を展開し、青く光る火の玉を撃ち放つが、すぐ目の前で消えてしまう。
焦ったヨシミーがハンナの方を振り向いた瞬間、再び魔獣が魔法陣を光らせ、風の刃がハンナ近くの地面を吹き飛ばした。
「キャー!」
ハンナの甲高い悲鳴が響いた直後、驚いた彼女は思わず防御魔法陣を発動する。そしてすぐそばにいたヨシミーもろともドーム状の障壁で囲い込んだ。
だが、前方の範囲外近くにいたアキが、その障壁に弾き飛ばされてしまう。
「うぉっ! な、なんだ!?」
「あわわわー! ごめんなさいー!」
慌てて障壁を解除したものの、倒れたアキが体勢を立て直そうとするところに魔獣が襲いかかってきた。
「しまった!」
反射的にアキはまぶたを閉じる。至近距離からの魔獣の襲撃になすすべがなく身構えた。
だがその瞬間に聞こえた悲痛な魔獣の鳴き声にハッと目を開ける。
茶色のマントをはためかせた小さな背中がアキの目に飛び込んできた。
「ヨシミー!?」
彼女はアキの杖を使って、魔獣を突き返したところだった。
さらに、彼女は魔獣の中に突進して行き、時には突き、時には叩きつけるようにして流れるように戦う。
「これは……見事ですね」
「ヨシミーさん、凄いです! あれは何の技でしょうか?」
「おそらく
だが、杖だけでは限界があり、戦況は変わらない。しばらくすると突然ヨシミーが何かに気付いたように杖を操作する。
その途端、杖の先端が伸張し、さらにそこから刃が飛び出した。
それはまるで槍。いや、刃が反り返っているので、
ヨシミーは、ニヤリと笑うと薙刀を振り始めた。
踊るように戦う。
何体かの魔獣を倒した後、魔獣はその危険性に気付いたのか警戒し始め、巧妙にヨシミーの刃を避けはじめた。
アキは届かないものの火魔法で魔獣を懸命に
「ハンナさん、これがレーザーの攻撃魔法の魔法陣です! まねできますか?」
そう言いながらその魔法陣を発現させる。
「えー!? えっと、えっと、やってみますー!」
ハンナは少し
「お! そうです、それで……」
アキが説明しようとした瞬間、突然独自の装飾が加わり、その直後に、直径30センチメートル程の直視できないほどの光り輝く赤いレーザーが発射され、近くの大岩にあたり爆発した。
「え! もっと威力を落としてください!」
そのあり得ない破壊力に唖然とするアキ。
「えー、どうやるんですかー!」ハンナはよく分かりませんという顔をしてアキを見る。
「なんですかその装飾は? なぜその変な模様が沢山あるんです?」
「えー、だって、この模様、可愛くないですか? この周りに飾ったら可愛いかなー、なんて?」
相変わらずのニコニコ顔と平常運転に、アキは呆れる。
「ま、魔法陣は飾らなくていいですから! 今はそんなことしなくていいですから! そこ、威力を調節する部分なので、変えないでください!」
アキはハンナの予想外の行動に混乱しながらも、必死の形相で説明した。
だが、その最中に、ヨシミーが足を取られて転倒した事に二人が気付く。
「まずいです! ハンナさん、もう一度試してください! 細い光をイメージするのです! そして、どんどん打って下さい!」
「わ、分かりましたー。えい、えいー!」
今度は、ハンナから数多くの魔法陣が展開して輝き、光の矢が魔獣たちに降り注いだ。さすがのハンナも、ヨシミーの危機を見て焦ったのか真剣な顔だ。
「え?! なぜそんなに沢山の魔法陣が!?」
アキは驚くが、光の矢は魔獣に効果があり、魔獣達はキャンキャンいいながら逃げ出した。
その間にヨシミーが起き上がり、魔獣から逃げようとする。が、魔獣に向けて放たれたはずの光の矢の一本がヨシミーの腕をかすめ、再び倒れ込むのをアキとハンナは見た。
「わー、ごめんなさいー! わざとじゃないんですー!」
「落ち着いてください。ハンナさんはよくやりました。大丈夫ですから」
二人はヨシミーの元まで駆けつけ、腕の様子を見ようとする。
「触るな」
ヨシミーは誰をも寄せ付けない勢いでアキをにらみ付けた。
「いえ、ダメです。見せてください」
その態度にも負けないくらい真剣な顔をして、アキはヨシミーの腕を取る。
「それほど酷くはなさそうですが、応急処置はしておかないと、しかし……」
「あ、わたし救急セットを持ってます!」
ハンナがどこからともなく救急セットの箱を取り出した。
「え?
「いや……」
「放置して悪化したら大変ですよ。今すぐに手当てしないと!」
アキの予想外の勢いにヨシミーは驚くが、その深刻な目つきに観念し処置を任せることにした。
アキはさっと傷を消毒し、薬を塗り、テキパキと包帯を巻く。
その真剣で手早い様子に、驚いたような感心したような表情を浮かべ、ヨシミーは黙ってされるがままだ。
「よし、応急処置はこんな物か」
処置を終えたアキは、そう言いながらも、つかんだ手から感じられるその腕の感触に意識をとられる。
(しかし、細い腕だな……。これが女の子の腕……。 男としてこの子達を守る責任が私にあるか)
思わず腕を持ったまま思案しているアキに気付き、ヨシミーは、
「離せ」
と言い、動かすと同時に顔をしかめた。
「あ、すみません、つい……え、痛い……のですか? え、そういえば出血していた?」
ヨシミーは一瞬だけアキを見つめる。そして、何かに気付いたように、目を見開き、アキを見返した。そして、
「VRじゃない」
二人は驚きと絶望が織り混ざったような真剣な顔をして、同時に声を出した。
「痛いとVRじゃないって、どういうことですかー?」
とハンナがわけが分からないという風な表情で聞いてきた。
「マギオーサでは、フルダイブVRの規制があって、怪我の痛みは生じないようになっていたのです。それに、魔獣の死体も消えるはずだし、血も流れないはずですが……」
三人は周りを見回した。
魔獣の死体が何体か残っており、血しぶきも周囲に散っている。
ヨシミーの怪我は血も流れ、痛みもあった。
「これは、少し真剣に考えないといけないですね。もしこの世界で大怪我したり、死んだりしたら、いったいどうなるんでしょうか?」
アキはボソリと呟く。
その声に、ヨシミーはびくりと反応し、そして、不安な表情を浮かべながら問いかけた。
「元の世界に帰れると思うか?」
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