第2話 VRか異世界か
「ここはいったい?」
アキはハッと目を覚まし、草むらの中で横になっている自分に気がついた。
どこにいて何をしていたのかすぐに思い出せず、よろよろと立ち上がって周りを見渡す。
植物がまばらに生えた地面が広がり、頭上には広大な青空。
見慣れない場所にいることにアキは混乱した。だが、少し離れた場所に一人、さらにその向こう側にもう一人が倒れているのが見え、その服装から図書館での出来事を思い出す。
アキはそばに落ちていた杖を拾うと、赤い服の横たわる人影へ近づいた。
「ハンナさんか……寝てる?」
彼女は気持ちよさそうにスーピーといびきをかきながら大の字で寝ている。
彼は、彼女のその
「ハンナさん? 大丈夫ですか?」
「はっ! ここはどこでしょう?」
彼女は突然上体をがばっと起こし、キョロキョロと周りを見る。
「どこかに転移したようです。大丈夫ですか?」
「ハイ! 元気です! なんだかよく寝ましたー!」と満足そうな笑顔をアキに向けた。
「……それは良かったです」
アキがあきれ半分、安堵半分の気持ちを覚えた瞬間、背後から聞き慣れない弱々しい女性の声が聞こえた。
「ここはどこなんだ?」
その声に彼はドキッとして振り返った。
「え?」
アキはその人物を見て戸惑う。
体躯に似合わないぶかぶかの色あせた茶色の上衣で、不釣り合いな大きな革ベルト。そして、これまた大きなマントを羽織っている。
その少女も、振り返ったアキを見るなり固まった。
頬をこわばらせ、震える
だが、幼そうに見えるその少女の目を見た瞬間、何か言わなければという責任感が沸き起こり、なんとか声を絞り出した。
「えっと、君は……どなたでしょうか?」
少女はピクリと反応するが、口をつぐんだまま動こうとしない。
するとハンナが突然楽しそうに声を上げた。
「アキさんもヨシミツさんも、違う人になっちゃいましたねー! アキさん、おじいさんじゃなかったんですね! イケメンじゃないですかー! キャー、カッコイー! ヨシミツさんも可愛くなっちゃってー! 女の子だったんですね?」
ハンナはためらいもなく、転移前に会話していた人物の名前を挙げた。
「ヨシミツ?」
「アキ?」
ハンナの言葉に、
アキはハッとして「その服装は、たしか……」とボソリと呟き、そして無意識にポップアップ画面を表示して、鏡機能で自分の姿を確認した。
「服装はそのままですね。容姿だけが本来の姿に戻っているということですか。いや、そんな馬鹿な……システムのバージョンアップか、それとも、もしかして……いや、元の自分の容姿なんてスキャンしたことありませんが……そんなはずは……」
一人でぼそぼそと呟くアキをしばらく呆然と眺めていたヨシミツも、おもむろに自分の姿を確認し始めた。
アキはしばらく思案するが、混乱した頭では何も思い浮かばない。ふとハンナを見て尋ねる。
「ハンナさんは変わらないんですね」
「わたしはわたしですー!」と特に動じた様子もなくニコニコ顔だ。
その笑顔を見ていると、深刻になっている自分が
「ハンナさん、転移魔法陣を使ったみたいですけど、転移先はどこだったんですか?」
「え? 転移魔法陣? えーっと、あぁ、あれは防御魔法陣ですよ? だって上から何か怖そうなのが落ちてきたじゃないですかー。だから頑張って思いっきり丈夫そうなバリアーみたいなのを出してみたんです!」と自慢げに笑った。
「あれが防御魔法陣?」
「そうです! でも、初めて使ったんですけど!」
えへっ、というような表情でごまかすハンナ。いや、心底嬉しそうな表情だ。
二人の様子を見ていたヨシミツは、ショックから復活したのか、アキへ声をかけてきた。
「あんたがアキのじいさんなのか?」
そう言われたアキは、恥ずかしそうに少し顔を赤らめて、
「ええ、そうです。そして、あなたは……その服装とペンダントからして、ヨシミツさんですね?」
「そうだ」
そう呟くと、外見も性別も違ったことに気まずさを感じたのか、彼女も少し目をそらした。が、再びアキを見て、おずおずと聞く。
「ここはどこだ?」
「地図が表示されないので場所は私にも分かりません。ポップアップ画面が使えるのでVR世界だとは思います。でも、この妙な現実感は説明できないですよね。少なくとも元の
「そうか」とヨシミツは幼げな整った顔の眉間にしわを寄せながら呟いた。
「それよりも、ヨシミツさん、ヨシミーさんって呼んでいいですか?」とハンナが何の前触れも無く嬉しそうに言い出した。
「え?」
「えー、だって、ヨシミツって男の人の名前ですよねー。ヨシミツさん、なんだかちっちゃいし可愛いし、ヨシミーさんと呼ぶことにします! ね、アキさんもそう呼びましょうよー」
「いや……」ヨシミツはハンナの突然の提案に苦笑いを浮かべつつ、言葉に詰まる。
「え? もしかして気に入りましたか? 私ってセンス良くないですかー!?」
ハンナはヨシミツの苦笑いを誤解し、嬉しそうに言って満面の笑顔を浮かべた。
「ヨシミーですか? いい名前ですね。では私もそう呼びましょう」
アキはヨシミツの様子を伺いつつ、できるだけおどけた調子で言う。
この異常事態の中で、ハンナの
ヨシミツ、改め、ヨシミーは複雑で不安そうな表情を浮かべるも、特に拒否はしない。そこに僅かにほほ笑みが一瞬でも浮かんだのをアキは見逃さなかった。
「さて、場所、というかこの世界に関してですが、ポップアップ画面で得られる情報からは何も分かりませんね。VR世界かと思うのですが、機能的にはかなり制限されている上に、この現実感……」
アキは、周りの景色を見回し、両手をこすり、自らの頬を触れる。
「肌の感覚や、草木の臭い。こんなのはこれまでの
「そうだな」
「ですので、可能性として思いついたのは――」
「可能性?」ヨシミーはハッと何かを期待するような表情を浮かべる。
「もしかして異世界かもしれません」
彼女は「は?」と一言発した。こいつ何言っていんだ? という顔だ。
ハンナも何のことか分からないという表情で首を傾げた。
「……いえ、忘れてください。もう少し検証する必要があります」
アキは「やっぱり無理があるか」とため息をつき、苦笑いを浮かべつつ、
「じゃあ、魔法陣を検証してみます」
といいながら、今度は魔法陣を展開し始めた。いろいろな魔法陣を表示しては消すを繰り返す。
VR世界のマギオーサでは、思考を読み取って魔法陣が展開されるようになっていた。それが売りのゲームだったのだ。術者の能力によって展開される魔法陣の形状は異なり、その形状に応じて各種の魔法が使える。各自固有の魔法陣と魔法というのが斬新であり、初のフルダイブVRゲームとして、当時一世を
アキの様子を見て、ヨシミーも同じく試し始めた。
二人とも無言であれこれ何ができるかを確認し続け、ハンナはその様子を楽しそうに眺めている。
「魔法の発現は限定的ですね。高度魔法が機能しない。しかも半径3メートルくらいしか効果が無さそうです」
とアキが残念そうに言う。
「独自魔法は使える」
とヨシミーはぼそっと言い、魔法陣を展開した。魔法陣の周囲を光る線が波打ちながら回転する。
「ああ、なるほど。その波打ち回転する模様。それが例の幾何学式術式、あなたの独自魔法ですか」
ヨシミーが無言でうなずくのを見て、アキも自身が編み出した魔術言語系を試す。
アキの魔法陣は、魔法言語の輪が回転し、外郭のリングは何重もの文字列の並びがゆっくりと回転する風だ。
「確かに独自魔法は使えますね。いったいどういう仕組みなんでしょうか……」
「わあ、アキさんもヨシミーさんも凄いですー!」
魔法を眺めていたハンナにそう言われて、アキは少し得意げになるが、ヨシミーはめんどくさそうにハンナを見た。
アキは嬉しそうに続ける。
「残念ながら3メートル以上距離を伸ばせるのは、探知系、鑑定系だけですね」
「触手は伸ばせる」
「それは、あの光の波線のやつですか?」
ヨシミーは頷く。
「私も、魔術言語の線を飛ばすのが可能です。こうして見ると、お互いの独自魔法の部分の仕組みは似ていますね。発想は異なりますが」
二人とも、通常じゃ無い魔法陣の使い方部分だけ使えるのだ。そして、そのユニークな部分がお互いに似ていることに気付く。アキとヨシミーはお互いを認めるかのように思わず目を合わせた。
「ただ……魔力が少ないですね。本来の5%くらいしかない。これではまともな魔術発現は期待できないですね」
「だな」
「私は100%になってますー! それに、知ってる簡単な魔法は使えますよ! えい!」
そう言うと、ハンナはいきなり手を前に出し、そこへ魔法陣を展開表示した。赤く輝く光が発したかと思うと、水のボールが発生し、近くの岩までものすごい勢いで飛んでいく。
そしてそれは勢いよく岩にぶつかり、岩は砕け散った。
「いきなり撃つな! しかもなんでそんなに威力が大きい?」
ヨシミーは驚いたような呆れたような表情で怒った。
「ごめんなさいー! 分かりません! いつもならもっと小さいはずなんです!」
ハンナは慌てた様子で謝る。
「たしかにその魔法陣でその威力はおかしいですね」
アキは冷静にそう言いつつ「威力と言えば……」と何かを思い出して、とあるツールを起動しようとした。
「ん? あー、やっぱり魔法陣実行のキーが無い? まずいな、これは……」
アキがブツブツ言っていると、ハンナが少し離れた場所に落ちている本を見つけ、拾った。
「あ! これ、ヨシミーさんが持ってた本ですよね?」
ハンナがそう言った瞬間、
「静かに!」
ヨシミーが突然叫び「何か聞こえる」と声を潜めて言う。
アキはハッとして、耳を澄ませた。
「あそこに何かいますー!」とハンナが遠くの一角を指さして
「あれは、オオカミの群れじゃないですか?」
アキはハンナが指さした方角を眺め、焦った声をだした。
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