番外編 秘密の巴戦(二)


「子供たちのうち、上の二人はもう出生の秘密も知っています。特にルイ=ダニエルは理解するのに少々時間がかかりましたが、今は私たち三人の関係を認めてくれています。彼らが十代前半の時に話して本当に良かったです」


「私は父サミュエルが本当の父親でないということを屋敷の使用人が噂していて知りました。まだ五、六歳でした。もう少し大きくなって両親の口から聞きたかったですね。私自身は最初、自分が父親だということを子供達には告げなくてもいいと考えていましたが、ソニアとベンには子供達にも私にも親子と名乗る権利がある、と諭されました」


「確かに、大人になるまで知らされなかったり、周りから聞かされたりすると親子の信頼関係にひびが入りそうですね。貴方達三人から直接お話ししたのですか?」


「ルイ=ダニエルの時にはそうでした。えっと……アレクサンドラには私たちから言う前にベンとルイが油断していて、その……現場を目撃されてしまい、彼女の方から聞かれました」


「ええっ、お嬢さんに濡れ場を見られたのですか?」


 ティエリーは心なしか嬉しそうで興味津々である。カトリーヌは冷たい視線で隣の夫を見ている。


「ただ軽くイチャついていただけだそうですわ、娘によると」


「両親とその愛人が三人でくんずほぐれつヤッているところを目撃したわけではないのですね」


「ティエリーッ!」


 慌てるカトリーヌも振り切ってティエリーは続ける。


「私の娘も同じ難しい年頃ですからね、そんな大人の汚い一面は決して見せたくないと思うのは当然でしょう。それにしても現場を見られるだなんて貴方達、親としての自覚に欠けているのでは?」


「汚いとおっしゃるティエリーさんのお気持ちも良く分かりますけれど! 一つ訂正させていただきます。私たちは確かに三角関係です。けれど3Pだなんて読者の皆さまに誤解を招くようなことをおっしゃらないで下さいますか?」


「えっ、三人でなさらないのですか? 普通ヤりたくなるのではないですか、そんな環境なら」


「で、ですから!」


「まあまあ、二人とも。その点は読者の方々の想像にお任せするということで……」


「ベン、何言っているのよ!」


「ですからベンもソニアもこの話題になるとやたら熱くなるので……少し落ち着いて下さい」


「ルイはこういう時だけ良い子ぶって自分は興味ありませんという顔をしているけれど、実は好きだよねぇ、その手のプレイ。だって俺達二人を手玉に取っているくらいだから」


「人聞きの悪いことおっしゃいますね、ベンは」


「君がお仕置きって言うなら喜んでウけてタつよ、ルイ」


「あの、皆さん……こんな話題もうやめません?」


「やっぱりヤッているのではないですか、三人で」


「ティエリー! いい加減にして下さい!」


「ごめん、カトリーヌ」


 先程までやたら面白がっていたティエリーは愛妻の手をしっかり握って謝っている。




「では何故かうやむやにされたところで……気を取り直して続けましょうか。皆さんどう呼び合っておいでですか?」


「俺はソニア、奥さん、奥様、たまにポワリエ侯爵夫人とか。ルイのことは昔からルイと呼んでいたね」


「私はベン、旦那さま、でしょうか。婚約前はモルターニュさんと呼んでいましたね。ルイのことは私もルイと。本名を知る前には仮名のアレックスで」


「私はベンのことは人前では旦那様、ポワリエ侯爵ですね。ベンが結婚するまでは若様、若旦那様でした。ソニアのことは仮面舞踏会では仮名でアン=ソフィーと呼んでいました。あの頃が懐かしいです。時々私の愛しいひととも呼びますね。今は人前では奥様、ポワリエ侯爵夫人です」


「お子様達はルイさんのことは何と呼んでいらっしゃるのですか?」


「今までと変わらずルイと呼ばれています。特にダニエルお坊ちゃまは急に父親だと言われても戸惑いの方が大きかったのでしょう。けれど、お二人とも他人が居ない所では敬語で話してくれるようになったのです」


「上のお二人が貴方と実の親子だと知ってから大きく変わったことはありますか?」


「ダニエルお坊ちゃまは時々御両親に話せない悩みなどを打ち明けて下さるようになりました。あ、でもこれは以前からそうでしたね」


「ルイは昔からダニエルに慕われていたけれど、より二人の絆が深まったように思うよ。育ての父親としては少々寂しくもあり、嬉しくもあるね」


「アレックスの方はそうですね、ルイの生い立ちを聞くにつれて彼女も色々考えることがあったみたいなのです。貴族学院では医科に進んで将来はお医者さんになると言い出しました」


「アレックスなら成績が良いし、頑張り屋だからきっと立派な医者になるに違いない。ダニエルもアレックスも頭脳はルイの血をきちんと引いているみたいで安心だよ。あ、母親のソニアの血もね。俺が実の父親ではないって疑われるとしたらそこだよね」


「まあベン、そんな謙遜しなくてもいいわよ」


 ソニアはベンジャミンの肩を軽く叩いている。


「こんなお二人はいくつになっても仲の良い夫婦として世間を上手にごまかしていらっしゃいますよね。流石に人前でキスしたり抱き合ったりはしないみたいですけれども」


「ええ。二人きりでもしませんわよ。ですからカトリーヌやティエリーさんみたいにイチャラブ夫婦ではありませんけれどもね。魔術院でも婚約中から私たちの仲の良さは有名でした」


「ビアンカ様と総裁だけだよ、騙されていなかったのは」


「特にビアンカさまの方は私が妊娠する度に父親がベンではないことを分かっておいでだったと思います。けれど私には何もおっしゃらなかったわ」


「夫の俺が托卵たくらんを推奨承認しているからだよね。俺も彼女には何も言われたことはないよ」


「貴方達のその図太さというか開き直り具合は呆れるよりも逆に尊敬に値しますね」


「夫婦のことは他人には分からないと言うけれど、本当ですね。三人が皆それで幸せで、お子さまたちの理解も得られているのですから……いつもいつも申し訳ありません、主人がこんな態度で……口ではこう申していますけれど、この毒舌も愛情の裏返しなのですよ」


「何それ、カトリーヌ」


「いや、君達夫婦という理解者が居て本当に良かったと思うよ。俺達は恵まれているね」


「その感謝の気持ちをいつまでも忘れないように、もう私達を巻き込まないで欲しいものですね」


「きっと契約書も生前遺書も書き直すことはないと思います。契約書は私たち三人のうち二人がこの世から居なくなった時点で最後に残された一人が焼却処分すると決めているのです」


「……人生まだまだ何があるか分かりませんからね、三人共年をとっても健康でいられて子供達の成長を見守っていければいいですよね」


「柄にもなくしんみりしてきたところで、そろそろお開きにしましょう。三人共ありがとうございました」


「色々お話が聞けて楽しかったです」


「こちらこそありがとうございました」


「まあ、これからもよろしく頼むよ、ティエリー」


「これからもって、まだ私達に迷惑掛ける気満々じゃないですか、勘弁して下さい。もう何も頼まれたくないですから、私は」


「ははは、お二人共お気を付けてお帰り下さい」




  ――― 秘密の巴戦 完 ―――




***ひとこと***

予想通り、ティエリーさん気の毒ですね一生この三人に付きまとわれますね感が半端ない終わりでした。


番外編も最後までお読みいただきありがとうございました。

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