番外編 秘密の巴戦(一)
― 王国歴1066年 初夏
― サンレオナール王都 ポワリエ侯爵家
その日、ポワリエ侯爵家には客が訪れていた。夫婦の友人、カトリーヌとティエリーである。彼らはルイに迎え入れられる。
「ルイさん、こんにちは。お邪魔します」
「いらっしゃいませ、ガニョン夫妻。こちらの客間へどうぞ。主人もお待ちしております」
客間にはルイの言うように既にソニアとベンジャミンが居た。
「やあ、ティエリーにカトリーヌさん、いらっしゃい。どうぞ座って下さい」
「皆様、お飲み物は何がよろしいですか?」
「ルイ、飲み物は別の者に頼んで君もここに座れ」
「ガニョン様、しかし……」
「ティエリー、ここって俺の屋敷なんだけど……何で君が仕切っているのかな?」
「本日はこれから、シリーズ作でも前代未聞の、主人公である聞かれ役が何故か三人も居る座談会を行うことになりました!」
ティエリーの言葉にソニアは笑い、カトリーヌは呆れている。
「ティエリーったらもう、言葉に棘がありますわよ。申し訳ありません、この人毎回こんな態度で……こちらにお呼ばれする度にまた契約書の作り直しか、三角関係のもつれの仲裁か、と文句ばかりなのです。今日は座談会という何だかとても楽しそうな企画ですのにね」
「ティエリーの反応に俺達は慣れているからいいよ。今日は珍しく君達の方から訪ねて来るって言うから何事かと思ったよ」
ルイもくすくすと笑いながら座った。
「仮面夫婦&愛人執事という事情を知っている人間が他に居ないので、聞き手は私達夫婦が務めないといけないのですよ、全く。さっさと始めましょうか。自己紹介をお願いします。甲さんからどうぞ」
「ベンジャミン・モルターニュ=ポワリエ侯爵です。王宮魔術院に勤務しています。モルターニュ家の分家に長男として生まれましたが、幼い頃から既に時期ポワリエ侯爵家の跡継ぎになると決められていました。多感な十代を過ごし、魔術院の後輩のソニアと結婚、侯爵位を継ぎ、三人の子供達にも恵まれました」
「というのが表向きの自己紹介なのでしょうが、裏自己紹介もされますか?」
「君がそう言うならね。こちらのティエリー君からは時々甲と呼ばれています。以前書いてもらった婚前契約書の『以下甲とする』から来ています。妻のソニアとは本当の夫婦ではなく、子供達は三人とも妻とルイの間に出来た子供です。そして私とルイも恋人関係にあります」
「全く……こんな事実がサンレオナール王国貴族社会に露見すると大騒ぎになりますよ」
「次はソニアの番ね」
「はい。ソニア・ポワリエ侯爵夫人です。私も夫と同じく王宮魔術院に勤めています。十代半ばで婚約破棄をされ、その後は勉学に励み、魔術師としての仕事に生きるつもりでした。そんな時、気まぐれで行ったマダム・ラフラムの仮面舞踏会でルイと出会って恋に落ちました。ルイとベンが恋仲であることは薄々気付いていたのですが、私もルイに会うことを止められませんでした。ベンから偽装結婚を持ちかけられ、随分悩んだ末に結局彼の求婚を受け入れました。それからも色々ありましたけれど、子宝にも恵まれとても幸せです」
「ソニア・ポワリエ侯爵夫人(以下乙とする)、貴女とご主人の間はいわゆる完全なレスで、貴女も執事のルイさんとデキているのですよね」
「その通りです。ご丁寧に追記ありがとうございます、ティエリーさん」
「まあまあ、二人とも、もうちょっとリラックスしようよ。じゃあ次はルイの番だよ」
「聞かれ役の貴方が何故進行しているのですか?」
「ははは……ルイ・ロベルジュです。以前はベンの実家、モルターニュ家で働いておりました。ベンが侯爵位を継ぎ、結婚した時からポワリエ侯爵家で執事として勤めています。それからベンとソニアの両方の情熱的な恋人としてもしっかり奉仕しております」
「あらあら……」
カトリーヌは一人赤面している。
「ルイ・ロベルジュさん(以下丙とする)は実の父親がポワリエ前侯爵、御母上はその屋敷に勤めていた侍女ダニエルさんですね。ダニエルさんは幼い頃に亡くなり、その夫であるサミュエル・ロベルジュさんに育てられました。御家族三人でモルターニュ家に住み込んでおられ、従兄であるベンジャミンさんともそこで一緒に育ったと」
「はい、相違ございません」
「ルイったら、裁判の証言ではないのだから……」
ティエリー以外は笑っている。
「さて、この物語は主人公三人が仮面舞踏会で出会うところから始まります。舞踏会での三人の仮名はベノワ、アン=ソフィー、アレクサンドルです。そしてお子さん達のお名前はルイ=ダニエル、アレクサンドラ、サミュエル。ルイさんの御両親のお名前はダニエル、サミュエル。ややこしいこと限りないですね」
「作者も書いていて混乱していたそうですから、読者の皆さまも同じではないのでしょうか?」
「子供たちの名前は三人共私がつけました。これ以外には考えられませんでしたから。ベンもルイも賛成してくれました。ポワリエ前侯爵にも私たちの想いが伝わったようですしね」
「最初貴方達三人から偽装結婚の話を聞いた時、私は絶対長続きしないと思いましたね。婚前契約書と生前遺書はきちんと書いておいて正解だとも。それが今のところ特に問題もなく十五年近く三角円満にされていますね。意外です」
「そうですね。実は私も、こんな関係はすぐに破綻すると思っていました。けれど、ベンの求婚を受け入れてからずっと私は後悔したこともありませんし、幸せですわ。ベンと私はルイとの秘密の関係を話せる相手が出来て、お互い精神的に支えられるからだと思っています」
「うん。それは俺も同意見だね」
「私もソニアから初めて聞かされた時は驚きました。けれどそれを私に言った彼女の顔には決意がありありと現れていたから、きっと大丈夫だという気がしていました」
「三者三様にそれぞれの想いがあるのですが、私も含め三人共自分より他の二人を思いやっているからでしょうね」
「私にはルイさんの気持ちが良く分かりませんでした。二人を同時に愛せるだなんて……今でもあまり分かりませんけれども」
「分からなくていいよ、カトリーヌ」
「そうですね。私は世間で言うところの二股ですが、誰かを裏切っても傷つけてもいません。正当化するつもりはありませんけれど、浮気や不倫ではないのです。二人の相手とも公認ですし、どちらも優先順位が付けられませんし、そもそも比べられません。ベンは幼い頃から知っている旧知の仲で、ソニアには出会った時、仮面越しでもどうしようもなく惹かれていました」
「こんなとんでもない家庭に生まれてしまった三人のお子さん達も今のところグレずに素直に育っているようで何よりです」
秘密の巴戦(二)に続く
***ひとこと***
やはりこの物語では座談会の進行役としてカトリーヌとティエリー夫妻しか居ないでしょう。
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