最終話 三人の幸せ

― 王国歴1075年-1080年


― サンレオナール王都




 子供達の祖父サミュエルが亡くなったのはその次の年だった。


 早くに妻を亡くし、自分の血を引く子供も居ず、継子のルイは表向きには未だに独身である。周りには孤独な人生だと思われていた彼も、晩年は穏やかで幸せな日々を過ごせた。


「今のルイがあるのも、サミュエルのお陰といっても過言ではないね」


「彼もやっと天国のダニエルと再会できるのね……」


「父も亡くなる前に良い人生だったと言ってくれました。それだけで私は満足です」




 そして今はルイと子供達三人でサミュエルとダニエル夫婦の墓参りをするのが習慣になっていた。


「ルイ、父上や母上が亡くなると、ポワリエ侯爵家の墓地に埋められるでしょう。貴方もそこに一緒に入られますか?」


「お兄さまったら、今からどうしてそんなこと聞くのですか? ルイに失礼よ!」


「跡継ぎとして当然のことじゃないか」


「いいのです、アレクサンドラお嬢様。私はここに、父母の側に眠りたいです。きっと私は彼らの居る天国には行けないでしょうからね……ですからせめて墓だけは両親の隣に居たいのです」


「お父さま、そんな天国に行けないだなんておっしゃらないで下さい」


 末子のサミュエルだけはルイのことをお父さまと呼ぶようになっていた。


「なんにせよ、まだまだ先のことですよ、サミュエルお坊ちゃま。私は長生きして貴方達三人の将来を見守りたいですからね」




 成長したポワリエ侯爵家の三人の子供達はそれぞれの道を歩んでいる。


 長男ルイ=ダニエルは二十代半ばで結婚し、侯爵位もいずれ継ぐ予定だった。彼は新居となる屋敷を購入し、そこで次期ポワリエ侯爵として自分の家庭を築いている。


 長女アレクサンドラは数年勤めた王宮医師の職を辞して、医師の足りない西部へ移住した。彼女は生涯そこに根を下ろすつもりでいるようだった。


 次男サミュエルは貴族学院では騎士科に進んだものの、将来の進路がまだ決まっていない。次男で身軽な彼は貴族の身分を捨てて王都を離れ南部に行くことを以前から考えていると家族に漏らしていた。サミュエルのような性的少数者は暮らしにくい王都を離れて彼らに寛容な地域や街で生きるのが幸せとも言えた。


 ソニアとベンジャミン夫婦は未だ魔術院で働いており、同じ屋敷に住み続け、ルイもそこに執事として残っている。




 末っ子のサミュエルが貴族学院を卒業し遂に親元を離れ、南部に旅立って行った夜、夫婦とルイはシャンパンを開けた。


「覚えている? ソニアが俺の求婚を受け入れてくれた日もこうやって三人で乾杯したよね」


「ええ、良く覚えているわ」


「今日は何に乾杯しますか?」


「俺達の愛妻に」


「私の大事な二人に」


「私たちの秘密の関係と、私たちの健康と、三人の子供たちの幸せに」


 ベンジャミンとルイはソニアを笑った。


「ソニアは相変わらず欲張りだな」


 三人はひとしきり思い出話に花を咲かせた。ルイとベンジャミンの子供の頃からソニアが二人と出会った時のこと、話題は尽きなかった。




「子供達が皆居なくなってしまうとやはり寂しいわね」


「そうですね。これからは三人一緒に仲良く老いていきましょう」


「私、長生きしたいわ。貴方たち二人を残して逝きたくないもの。うーん、でも二人に先に逝かれて一人になるのも嫌だわ」


「我儘だな」


「誰が先に召されて、誰が最後に一人残されようと、いずれ私達三人はあの世でまた一緒になれますよ」


「そうね、ルイの言う通りね」


 窓から入る心地よい初夏の風が三人を包み、夜は静かに更けていった。




     ――― 完 ―――




***ひとこと***

本編完結までお読みいただきありがとうございます。この後、番外編としてお馴染みの主要でない登場人物紹介に座談会が続きます。

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