第四十三話 次男の場合
― 王国歴1066年-1074年
― サンレオナール王都
長女アレクサンドラも両親とルイの秘密を知った後、ルイは子供二人に頼みごとをした。
「お坊ちゃま、お嬢様、お願いがございます。私の育ての父、サミュエルに会っていただけますか? そして、私の母ダニエルの墓参りに同行して下さいませんか?」
二人にとってダニエルは血の繋がった祖母である。二人とも快諾してくれてルイはほっとしていた。ソニアとベンジャミンも喜んで許可してくれた。庶民の墓地に行くのでもちろん子供達は質素な服装で出掛けた。
ルイの父サミュエル・ロベルジュはソニアとベンジャミンの結婚後もずっとモルターニュ家に勤めていた。その彼も今は退職して王都の小さな家で一人暮らしをしている。
ルイはそこへ時々顔を出し、月に一度は二人で亡きダニエルの墓参りに行っていたのである。
サミュエルがモルターニュ家に勤めていた頃は、ソニアとベンジャミンが子供達を連れて来る時にいつも物陰からそっと見守ることができた。退職してからはルイ経由で近況を聞かされるだけだったのである。
「お父さん、お変わりありませんか? 今日はお坊ちゃまとお嬢様もお母さんのお墓に一緒に行って下さるそうですよ」
「お、お二人共ご立派になられて……」
それ以上は涙で言葉が続かなかったサミュエルだった。彼はルイ=ダニエルやアレクサンドラと同じ馬車に揺られて亡き妻の墓参りに行くのでさえ大層恐縮していた。
「サミュエルがルイのお父さんだったら、私にとってはお祖父さんね。そう呼んでもいい?」
「勿体ないお言葉でございます、お嬢様」
再びサミュエルは涙を流していた。
「じゃあ僕もそうします」
「私たちにはお祖父さまもお祖母さまも沢山いるわね。ポワリエのお祖父さまとお祖母さまのことは私は知らないけれど」
アレクサンドラが言うように子供達には祖父母が四組も居るのである。ベンジャミンの両親、ソニアの両親、ポワリエ前侯爵夫妻にサミュエルとダニエル夫妻である。
「アレックス、事情を知らない人が居る時は言葉に気を付けろよ、特にサムの前では」
「分かっているわよ」
うららかな春の日、馬車を下りた四人はダニエルの墓の前までゆっくりと歩いて行く。
「お母さん、今日は大勢で来ました。いつも話していたルイ=ダニエルお坊ちゃまとアレクサンドラお嬢様ですよ」
「ダニエルお祖母さま、初めまして」
ルイ=ダニエルは花束を墓前に供えている。
「今まで来られなかった分、これからは時々来ますね、お祖母さま」
サミュエルはもう感極まって何も言えないようだった。春の温かい風がサミュエルの頬を撫で、彼の涙が数滴ダニエルの墓前の地面に落ちた。
「早くサムも一緒に連れて来てあげたいわね」
「サムはまだ五つだからなあ……もう少し大きくならないと」
「そうですわね、お兄さまは十三で初めて真実を知ってかなり荒れましたものね」
「もうそれを言うなって」
ルイ=ダニエルとアレクサンドラは後日ルイから改めて感謝された。
「父サミュエルはもともと無口な人間なのですが、あの日は特に感激で涙が止まらずほとんど口を利きませんでした。それでもお二人には感謝してもしきれないと申しております。引退してからは母の元に早く行きたいが口癖だったのです。けれどあの日以来、もう少し長生きしてサミュエルお坊ちゃまとも血の繋がらない祖父としてお会いするのが楽しみだ、とも言い出すようになりました」
「そうね。そのうちサムも一緒にダニエルお祖母さまに会いに行きましょうね、ルイ」
「アレクサンドラお嬢様……」
ルイが実の父親だと分かってから、ルイ=ダニエルはルイに対して少しずつ敬語を使うようになっていた。もちろん周りに人が居ない時だけである。呼び方についてはルイ=ダニエルもアレクサンドラも何となく変えられないと言っている。
月日は流れ、次男サミュエルも貴族学院にもうすぐ上がる歳になった。
歳の離れた上の二人は既に就職している。長男ルイ=ダニエルは高級文官として、長女アレクサンドラは王宮医師として二人とも王宮勤めである。
ベンジャミンは良く言っていたものだった、ルイの血を引いているからこそ二人とも学業も出来て立派な職に就けたのだと。次男サミュエルは少々魔力を持って生まれたが、魔術師になるほどではなく、将来の進路はまだ決めていないようである。
「サムにはいつ頃真実を告げるのが良いだろうねぇ」
「お父さま、私が思うに、サムは割と柔軟に物事を受け止められる子ですわよ。だってあの子は……えっと、その……私の観察だけで断言することは出来ませんけれども」
「アレックス、何よそのもったいぶった言い方は」
次男サミュエルに真実を告げる時はルイ=ダニエルにアレクサンドラも同席し、ポワリエ家総出だった。アレクサンドラの予想は当たっており、彼女の言った通り、サミュエルの反応はあっさりしたものだった。むしろ彼は喜んでいた。
「でしたら僕は将来結婚しなくても父上も母上も怒りませんよね。良かったぁ、僕どうしても男の子しか好きになれないのです。それにしても僕は父上と同類なのに本当の父親はルイの方だったなんて……」
サミュエルのそのあっけらかんとした言葉に家族は拍子抜けしていた。
「と、とにかくだな、俺も母上もルイも皆ありのままの君を愛している。君の人生は君自身のものだから好きに生きなさい」
「ありがとうございます、父上。ルイ、これからはお父さまとしてよろしくね」
サミュエルはそう言ってルイに抱きついていた。
次男のサミュエルも加わっての墓参りもやっと実現することになった。彼が生まれた頃にはもうモルターニュ家を退職していた祖父のサミュエルとは初体面になる。
最近は年老いた育ての父の健康を特に気遣っていたルイも、彼がまだ動けるうちに子供達三人全員と墓参りに行けて少し安堵していた。サミュエルとも時々会えるようになることで父親の生きる気力がもっと湧いてくれば、と願って止まなかった。
「サミュエルが二人、ルイにルイ=ダニエル、お祖母さまはダニエル、誰が誰だか分からなくなるよ」
小さいサミュエルのその言葉に皆が笑ったものだった。
「私たち三人の名前は全てお母さまがつけたのよ、サム」
「お母上はそうすることで貴方達がいずれは私達と名乗り合えることを強く願っておられたのでしょうね」
そこで五人が乗った馬車は墓地に到着した。急いで下りて駆け出そうとする弟サミュエルをルイ=ダニエルは制した。
「サム、待てよ」
「お坊ちゃま、サミュエルお祖父さまの手を取ってゆっくり一緒に歩いて下さいますか?」
「はい、分かりました」
五人は祖父サミュエルの歩みに合わせてゆっくりとダニエルの墓に向かった。
「ダニエル、今日はサミュエルお坊ちゃまもお連れしたよ」
「お母さん、私はこんなに素晴らしい子供達に恵まれて幸せです」
初夏の爽やかな風が皆を優しく包んだ。サミュエルの涙を見ながらルイは母親ダニエルの柔らかい笑顔を思い出していた。
***ひとこと***
サミュエル君も無事あっけなくクリアしたようです。
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