第四十二話 長女の指摘

― 王国歴1065年-1066年


― サンレオナール王都 ポワリエ侯爵家




 十三の歳で全てを聞かされたルイ=ダニエルは一回り大人になったように親の目に映った。自分の生い立ちと次期侯爵としての宿命を素直に受け入れたのであろう。


 彼は元々学院での成績も良く、優等生だったが益々勉学に励むようになっていた。高級文官として王宮司法院に勤めるのが将来の目標だと言っている。


 以前から仲の良かったルイとの絆はより強くなった。ルイ=ダニエルは学院であったことや、悩みもルイだけには打ち明けているが、だからと言ってベンジャミンをおろそかにするわけでもなかった。




「とりあえずルイ=ダニエルは一度大爆発をしてから落ち着いて良かったよね」


「ええ、一安心だわ。ルイとも貴方とも良好な関係を保てているようで……ベン、貴方少し妬いているのじゃない?」


「そんなことないさ。ルイとは執事と主人の関係だったのだから、今までの分を取り戻すくらい仲良くすればいいよ。俺は温かく見守るだけさ」


「下の二人はどんな反応をするのかしらね……」




 大人三人はアレクサンドラも彼女が十三になったら真実を打ち明けようと話し合っていた。しかし、それを待つまでもなくアレクサンドラの方からある日ソニアはとんでもないことを聞かされたのである。


「お母さま、私以前からずっと不思議に思っていたことがあるのです」


「何ですか、アレックス?」


「エステルのお父さまとお母さまのことです。夫婦いつもイチャイチャラブラブなのですよね、あそこは」


 エステルとはカトリーヌとティエリーの長女である。母親同士が親友なので女の子二人も幼い頃から仲が良い。


「何ですか、その言葉遣いは、アレックス。確かにあの二人の夫婦仲はこちらが見ていて恥ずかしくなるくらい良いですけれども」


「でしょう? 他のお友達のところもあそこまで仲の良いご両親は中々見ませんけれど、でも子供や他人の前でも口付けくらいは皆さんしていらっしゃいます」


 ソニアはそこで少々嫌な予感がしてきた。


「そうですね、夫婦にも寄りますね」


「私は一度もお父さまとお母さまがキスしているところも抱き合っているところも見たこともないし、『愛しているよ、ソニア』『私もよ、ベン♡』なんて聞いたこともありません」


「で、ですからね、愛情表現の仕方は各家庭でそれぞれ違いますもの」


「もしかしてお父さまとお母さまの夫婦仲はもうハタンしているのですか?」


 ソニアの予感は的中したようだった。


「人前でキスをしないからって結婚生活が破綻しているとは限りませんよ、アレックス」


「では仮面夫婦なのですか?」


「貴女は一体どこでそんな言葉を?」


 心を落ち着けるために一口お茶を飲んだソニアだった。母親のその質問には答えず、アレクサンドラはいきなり爆弾を投下した。


「だってお父さまはルイと不倫しているではないですか。私、見てしまったのです」


「ア、アレクサンドラッ、貴女どうして!」


「お母さま、お茶をドレスに盛大にこぼしていますわよ。落ち着いて下さいませ」


 ソニアは慌ててティーカップを卓上に置き、手拭いでドレスを拭いた。アレクサンドラは責めている様子でも悲しそうでもない。動揺しているソニアとは対照的である。


「貴女は……ど、どこまで……」


「やはりお母さまもご存じだったのですね。まあ大人には色々事情があるのでしょうから……私、これでも悩んだのですよ。しばらく三人の様子を観察していました」


「観察?」


「誰に相談したらいいのか迷いましたわ……お父さまもお母さまもルイと何のわだかまりもないみたいだから……とりあえず当事者の二人を避けてお母さまに聞いてみることにしたのです。お母さまは目をつむって二人の仲を公認しているのですか? 確かに外に女を囲われるよりはずっとましですよね」


 ソニアは頭を抱えたくなってきた。アレクサンドラは平然と続ける。


「目撃したのは少し前のことです。書斎でお父さまとルイが二人きりで居るところを庭から覗き見してしまいました。だって窓が開いていたのですもの。お父さまのお顔は見えませんでしたけれど、何だか二人の雰囲気がすごく甘かったのです。お父さまが俺の当番がなんとか、今晩が待てないとか言っていて、ルイがとろけそうな笑顔を見せていたのです。そうしたらルイが屈んでお父さまにキスして……」


「そ、それを見たのは貴女だけなのよね?」


 ソニアは無防備な行為を見られた二人を恨めしく思っていた。


「はい。私、BL本だけの知識しかなくて、そんな場面を実際見たのは初めてだったのでその次を大いに期待していたというのに……二人はそれ以上の行為には進まなくてルイは退室してしまいました。その後はもう、覗き見しようとしても窓は閉まっているか、二人とも怪しい雰囲気にはならないみたいですね」


「貴女って子は……」


「お父さまとルイのカップリングだったら攻めは絶対ルイの方だと私は思うのです。お母さまご存知ですか?」


 ソニアは一気に脱力してしまった。ソニアの懸念は杞憂に終わったのだが、ルイ=ダニエルの時とはまた別の問題になりそうである。


「アレクサンドラ、今晩お父さまからきちんとお話してもらいます。ルイも同席させます」


「はぁーい。目撃したのは私だけですし、誰にも言っていませんから」




 ソニアは居ても立っても居られず、夕食前にベンジャミンとルイに詰め寄った。


「どうしましょう、ダニエルが落ち着いたと思ったら今度はアレックスが……それにしても、あのくらいの年頃で父親が男と痴態を働いているところを見てワクワクするだなんて……普通だったら『キモいのよ、クソオヤジ、不潔!』なんて反応じゃないのかしら?」


「おいおいソニア、痴態って何だよ、その言い草はないだろう」


「確かにお嬢様はませておいでですけれども……申し訳ありませんでした。窓が開いていて丁度見られていただなんて……」


「そうよ、ルイ。ベンならともかく、貴方まで何と言う脇の甘さなの! あの子に見られたのがキスだけで良かったわよ、全く……でないと貴方たち今頃生きていないわよ!」


「それどういう意味だ、ソニア?」


「そのまんまの意味よ!」




 そして夕食後、書斎にアレクサンドラが呼ばれた。以前ルイ=ダニエルに告白した時と大違いで、彼女はあっさりと全てを飲み込んだようである。


「まあ、私たち三人共ルイの子供だってことはお母さまもルイと不倫しているってことですか? とことんややこしい関係ですわね。でもやはりお父さまたちの関係には絶対何かあると私は思っていましたから、これで納得です」


「女の子と男の子は違うってしみじみ感じるわ……ダニエルは全てを受け入れるのに少し時間がかかったから……」


「お兄さまは潔癖男子ですから、許せないことも沢山あるのですよね。私はお父さまが二人も居てラッキー!っていうくらいの感覚ですのに」


「ははは、やはりアレックスはソニアの娘だね」


「ダニエルお坊ちゃまの時ほど難しくはないと思っておりましたが、これほどとは」


「私が思うに、サムも割と素直に受け止められるのではないでしょうか?」


「そればかりはまだ分からないわよ……」




***ひとこと***

カトリーヌとティエリーのところはいつまで経っても、娘の友達の前でもイチャイチャラブラブしているようです……というのが今話のハイライトではなくて!


アレクサンドラちゃんはすんなりと受け入れてくれたようで、良かったです!?

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