第四十話 育ての父の告白
涙の止まらないルイ=ダニエルを前にしてルイは続ける。
「貴方の父上は今までもこれからもベンジャミン様お一人ですよ。それに貴方は彼とも血は繋がっています。私の従兄にあたるわけですから」
「ああ本当だ。ルイは僕達の父親だって昨日の今日言われても……今までルイと呼んできたし、言葉遣いもいきなり直せないけれど……」
「今まで通りで構いませんよ。お坊ちゃまもアレクサンドラ様もサミュエル様も素晴らしいお子様で、私は鼻が高いです」
「世間には一生貴方が父親とは認められなくても口惜しくない?」
「私は世間のために生きているわけではありませんから」
「それもそうだ。そういえば、僕もアレックスも髪の毛はルイと同じ色だね」
「貴方が癇癪持ちで少し泣き虫なところは御母上譲りですね」
「他に僕がルイに似ているところは何だろう?」
「運動神経がよくて剣の腕も立つところですね。ご両親はそっちの方面はからっきし駄目ですから」
ルイ=ダニエルにやっと笑顔が戻ってきた。
「朝食が冷めてしまいましたね。新しいのをお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。折角持ってきてくれたからこれを食べる。この部屋も少し片付けてから下りて行く」
「御父上は今日、仕事を休まれております。御母上は出勤されましたが、きっと仕事にならないから午後は早くお帰りになるそうですよ。昨日はその逆で母上が休まれておりました」
「うん……後で二人に謝るから」
「それでこそ、ポワリエ家の御長男で私の自慢の息子です」
しばらくして、ルイ=ダニエルは階下に下り、ベンジャミンが居るであろう書斎の扉を叩いた。
「父上、ルイ=ダニエルです」
「お入り」
恐る恐る入室した長男を、ベンジャミンは優しい笑顔で迎えた。
「父上、申し訳ありませんでした」
そして彼はいきなり頭を下げるルイ=ダニエルの側に寄り、肩をポンポンと叩いた。
「謝る必要はないさ、君の反応は至極当然だと思うよ、俺も。まあそこにお座りよ」
「父上は自分の子供として僕達を今まで育てて下さいました。今まで父上の愛情を疑うこともありませんでした」
「まあね、俺とルイと母上の三人は何というか、特別な絆で結ばれているのだよね。君が生まれた日から、いや母上が君を身籠ったと告げた日から、俺でも子供が持てると嬉しかったね。母上とルイには感謝してもしきれない。別に父親の役割をするのに無理をしたわけでもないよ。親としての自覚は自然にできた」
「あの、父上は子供が作れないとはどういう意味ですか? 結婚前からそれがお分かりだったのですよね?」
「ルイから聞かなかったのか? 俺は男性しか好きになれないし、女性と子供を作る行為が出来ないからだよ」
「あっ、そうだったのですか……それで……納得です」
「いや、これも聞かれたらまあ、言うつもりだったしね。それでも愛する子供達に偏見の目で見られたり、軽蔑されたりということを恐れていたのだけど」
「そんな軽蔑だなんて……そんな父上なのにポワリエ家を継いで跡継ぎを生すという重圧があったのですね」
「それで俺も十代半ばは荒れていてね、特にルイには迷惑ばかり掛けていた」
「ええ、ルイも先程そんなことを少し言っていました」
「あの頃は家族や世間に俺の性癖がバレたらどうしよう、と毎日びくびくしながら過ごしていた。将来の夢も希望もなくて、死ぬことしか考えられなかったよ」
「……」
「いきなりこんな重い話をして悪いね。でも、本当のことだ。どん底でもがいていた惨めな俺に手を差し伸べて引き上げてくれたのがルイだった。それからこんな自分でも生きていていいのか、と少しずつ思えるようになってね。貴族学院を出て、魔術院に就職も出来た」
「父上……その、父上とルイは……もしかして……」
「うん、十代の頃からずっと恋人同士だ。ルイはずるいよな。全て俺に言わせるなんてさ……君にまた受け入れてもらえなかったら、と思うと内心はビクビクしている」
「やはり……先程ルイと話して、そうかなと思っていました。何となく彼が父上との昔話をしている時の表情から……いきなり色々なことを聞いて少し混乱していますが、僕もそのうちには……」
「君ももう十三歳で、十分理解出来る歳だと思うから言っている。ルイはお母さんを早くに亡くして一人っ子だし、賑やかな家族に憧れていたのは知っていたから、そのうちに女性と結婚するだろうと俺は漠然と思っていた。そして十数年前のある日ルイと母上が出会って恋に落ちたのだよね。それでまあ、俺は三人で生きていくことを提案して、母上に訳ありな求婚をして今に至るってわけだ」
ルイ=ダニエルは再び涙を流し始めた。
「僕は今まで普通の幸せな家庭に生まれて育ってきたと思っていました」
「まあねぇ、うちは内情を全て
「はい。それはひとえに父上と母上とルイのお陰なのですね」
「君にそう言ってもらえるようになるとはね、感慨深いよ」
「あの、母上は今日仕事に行かれたのですか?」
「ああ。本当は母上の方が今日も休むって聞かなかったのだよ。けれど俺が無理矢理出勤させた」
ルイ=ダニエルは自分が小さい頃良く病気になって、ソニアがその度に仕事を休んで側に居てくれたことを思い出した。
「母上は……ただでさえ僕達三人の為に良く休みを取っておられますものね……」
「そうだね。そう言えば昔、母上がまだ就職したばかりの頃にね、南部へ二週間の遠征の予定が入っていたのだよ。あの頃、母上は魔術師としての将来に不安を抱えていて、自分の経験になることは何でも挑戦したかったって言っていた。だからその遠征もとても楽しみにしていてね。けれど出発直前に君の妊娠が判明したから母上は迷わず辞退していたよ」
「そんなことがあったのですか……」
「うん。一生のうち、妊娠出産できることなんてそう多くないだろうからってね。それ以降も何回か同じような遠征の機会もあったけれど、子供達がまだ小さいうちは家を留守にしたくないって母上は言っている」
「そういう父上も、遠征や出張なんてされたことがないですよね」
「正直俺はあまりその手の仕事は引き受けたくないだけで、若手も次々に入ってきているし……」
それはベンジャミンの照れ隠しだということがルイ=ダニエルにはすぐ分かった。
「僕達を産んで育てる為に、父上も母上も、それにルイも、多大な犠牲を払ったのですね」
「犠牲じゃないよ。君達の存在は喜びでしかない。けれど子供は親を選べないから、特に長男でポワリエ家跡継ぎの君はあまりに多くのものを背負って生まれてきた。それに対して俺達三人は申し訳なく思っている」
それはルイ=ダニエルだけではない、多かれ少なかれ誰もが何らかの重荷を担っているのは変わりないのだ。そのくらいは彼にも十分理解できる。
「僕は、自分が不幸だとは思いません。十分幸せです」
「君は俺達三人の誇りだよ」
「ありがとうございます、父上。僕……後で母上にも無礼を謝ります……」
「うん、そうしてあげてよ。今日は仕事になっていないと思うから早めに帰って来ると思うよ」
***ひとこと***
ベンジャミンとルイ=ダニエル君のこの場面を書くのに結構悩みました。
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