第三十八話 長男の反乱

― 王国歴1065年 初夏


― サンレオナール王都 ポワリエ侯爵家




 ソニアたちは子供がそれぞれ十三になったら彼らの本当の父親が誰なのか打ち明けようと話し合っていた。


「子供達にはどこまで話す? ルイがポワリエ家の直系でソニアと恋仲だったから、ということにするか?」


「そうね、全てを話すのは躊躇ためらわれるわね。特に貴方たちの嗜好とか……聞かれたら隠せないでしょうけれども」


「あまり隠し事ばかりするのもどうかと思われます」


「アレックスは真実を全て話しても、あっそうだったの、という感じで軽く受け入れてくれるでしょうね。サムもそんな気がするわ。けれど、ルイ=ダニエルは性格的にかなりの衝撃なのではないかしら……」




 果たしてソニアの懸念は当たっていた。十三になったルイ=ダニエルはルイに似て、学業も出来、真面目な少年だった。真面目過ぎて少々頭が固いところもあったのだ。


「ダニエルに告げること、もう少し待った方がいいのではないかしら?」


「けれどあまり長い間秘密にしておくのも良くないよ。反抗期に入る前の方がいいと俺は思う」


「では夏休みに入る日に決行しましょうか」




 そしてその問題の日はやってくる。ルイ=ダニエルが呼ばれた書斎に入ると大人三人が既にそこで彼を待っていた。


「父上、何ですか、お話って? それにルイまで……」


「ダニエル、君も十三になって、もうすぐ大人の仲間入りだ。今日はとても大事な話が私達三人からある」


 ダニエルは目をぱちくりさせている。ベンジャミンが自分のことを俺ではなく私と言っていることからも、かなりの真剣さであることが分かったようである。眼も髪の毛も茶色のルイ=ダニエルは年々ルイに似てきている。


「君も知っているように、私は君の祖父、ポワリエ前侯爵の息子ではなくて、甥にあたる」


 前侯爵が亡くなったのは、ルイ=ダニエルが五つの時で、彼も少しは記憶にある。


「はい。お祖父様には子供が居なかったから、父上が養子に入られて侯爵位を継いだのですよね」


「ああ、けれど実はポワリエ前侯爵には直系の男子が居るのだよ。それがここに居るルイだ。しかし、婚外子の彼は生涯認知されることはなかった」


「ああ、やっぱり……その噂は少し聞いたことがありました。ルイの母上はポワリエ家の侍女だったことも……」


 人の口に戸は立てられぬというのは本当である。


「それで、君は私達夫婦の長男ということになっているけれど……君の実の父親は私ではなくてルイなのだよ」


 ルイ=ダニエルは目を見開いて大人三人を見比べた。両親とルイの表情からそれが本当だと理解したようである。


「な、何をいきなりおっしゃるのですか、父上? どうしてですか? では僕の本当の母上は?」


「私です。ダニエル、貴方がもう十分理解できる歳になったと判断したから真実を知らせているのですよ」


「では僕は父上も公認の不倫の子なのですか!」


「お坊ちゃま……」


「不倫、そういう言い方もありますね」


「父上はそれで良いのですか? 僕だけですか? アレックスやサムは?」


「貴方たち兄弟三人皆、ルイと私の間に出来た子供です」


「僕は分かりません。父上はどうして……」


「私は子供が作れないから……けれどポワリエ侯爵家を継ぐという責任があった……そこで恋仲だった母上とルイに協力を頼んだというわけだ」


「な、何ですって……爵位の為には道徳や倫理に背いてもいいとお思いなのですか? ルイだって……僕には分かりません! 大人なんて不潔だ!」


 ルイ=ダニエルはそこで書斎から駆けて出て行ってしまった。


「ダニエル!」


 後を追いかけようとしたソニアも、彼が自室に駆け込んだのを確認したので書斎に戻って来た。


「やはり刺激が強すぎたみたい……どうしようかしら……」


「俺の話し方がまずかったかな……」


「ベンのせいではないわよ。誰が話しても同じだったわ、きっと」


「家出して行方不明になるわけでもないなら、しばらくそっとして差し上げたらどうでしょうか?」


「そうね……」




 その日の夕食にルイ=ダニエルは下りてこなかった。ソニアはやむなく、アレクサンドラとサミュエルに告げた。


「お兄さまは部屋で食事をとるそうですよ」


「お兄さま、どうなさったのですか? 先ほどお部屋からすごい物音がしていましたけれど。何かを壁に向かって投げつけているような……」


「アレックス、心配することはないと思うのですけれど、少し私たちと意見の相違があってね……」


「いくらむしゃくしゃしているからって、破壊行為に走るなんて幼稚ですわ」


 娘アレクサンドラのその言葉にソニアとベンジャミンは苦笑せずにはいられなかった。


「まあ、ダニエルも年頃だから色々あるのだよ」


「あの……」


「何ですか、サム?」


「ハカイコーイとはなんですか?」


「物を壊すことだよ。ダニエルはちょっと怒っていてね。物に怒りをぶつけているみたいだ」


「サム、貴方だって良くやっているわよ、癇癪を起こして積み木やおもちゃを投げているじゃない」


「ぼく、そんなことしません!」


「何言っているの、良くやっているわよ」


「アレックス、何ですか。お父さまとお母さまがサムに話している途中です」




 食事が終わった後ソニアは迷った末に、ルイ=ダニエルの部屋に食事を持って行くようにルイに頼んだ。それでもソニアも気になってルイと一緒に部屋の前まで行かずにはいられなかった。


 食事のお盆を持ったルイとソニアが耳を澄ましてみると、扉の外からでもすすり泣きが聞こえてきた。ソニアはルイに目配せして、扉を叩かせた。


「お坊ちゃま、ルイです。入ってもよろしいですか?」


「誰も入って来るな!」


「では、ここに夕食を置いておきますね。冷めないうちにお召し上がり下さい」




「きっと一晩もすればもう少し話が出来るくらいに落ち着かれるかもしれませんよ」


「何だか私たち、親だっていうのに無力ね……」


「ベンが荒れていた頃を思い出します。いきなり癇癪を起こしたと思ったら次の日には殊勝にも謝ってきたり、そしてまたすぐに私をうとんで嫌ったり……そのくせご両親の前では良い子のふりをされていて……」


「それを言うなよ、ルイ」


「まあ使用人の私としては散々手を焼かされましたからね。あれに比べればダニエルお坊ちゃまなんてまだまだ可愛らしいものです」


「うちの兄は反抗期にはただダンマリしていただけだったわ。私自身は明らかな反抗期というものはなかったし、大体、婚約や婚約破棄で忙しかったというか……だからダニエルのあの反応にはオロオロするだけで頼りないわね」


「しょうがないよ、ソニア。俺だってどうしていいか良く分からない。その点、ルイは頼りになるよ」


 ルイはそこでルイ=ダニエルの部屋の前まで行き、彼が食事に手をつけて空の食器を扉の前に出していると夫婦に告げた。


「明日の朝にはお坊ちゃまも少し落ち着かれているかもしれません。私がお坊ちゃまを起こしに行ってみましょう」




***ひとこと***

私も事実は知らせるべきだという考えの持ち主です。ルイ=ダニエル君にはかなりの衝撃だったようです。反抗期の子供を書くのはナタニエル君以来、久しぶりです。

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