第三十七話 末っ子の誕生
― 王国歴1057年-1062年
― サンレオナール王都
ソニアとベンジャミン夫婦は常に仲睦まじく周りの目には映っており、理想の夫婦と見られていた。長男ルイ=ダニエル、長女アレクサンドラはすくすくと育っている。外からは一見普通の幸せな家庭に見えていたポワリエ侯爵家だった。
子供たちは二人ともルイに良く懐いた。しかしそれはあくまで執事としてである。特にルイ=ダニエルの方はルイから剣の手ほどきを受けたり、勉強を見てもらったり、屋敷に居る時は常にルイと一緒だと言っても過言ではない。
そんな子供たちの様子を見ながらベンジャミンはソニアに言ったものだった。
「昔、俺達が子供の頃、俺も良くルイと剣の稽古をしたり宿題を見てもらったりしていた。あの頃のことを思い出すよ」
「貴方たちが幾つくらいの頃の話?」
「そうだね、初等科から貴族学院に上がるくらいの歳だよ」
「それから貴方たち二人の関係は変化していったのよね」
「ああ。俺はもうその頃、男しか愛せないと分かっていた。それでルイへの気持ちに目覚めてしまったからね」
「ねえベン、ダニエルが貴族学院に上がる頃には真実を知らせないといけないわよね……」
「そうだなぁ」
「彼は受け入れるのにかなりの抵抗があると思うわ。アレックスの方はすんなり理解してくれそうな感じね」
ポワリエ一家に更に喜びが加わったのはそれから数年後だった。ルイ=ダニエルが九歳、アレクサンドラが七歳の時、ソニアが再び妊娠したのである。
「ちょっと君達、もう打ち止めじゃなかったの?」
「そのつもりだったのですが……申し訳ありません、ベン」
「ルイ、ベンに謝る必要はないわよ」
「謝る必要大有りだよ、俺なんだぜ、外で色々言われるのは!」
ソニアには分かっていた。二か月前の王宮での舞踏会に新調したドレスで参加し、帰宅した夜、ルイと着衣のまま大層盛り上がったのである。情熱的に二人で激しく貪り合っていて、避妊具に不具合があったことに最中は気付かなかった。
「えっと……いいじゃない、夫婦仲が良いということで……」
「面目ないです、ベン」
ベンジャミンの懸念は本当だった。ソニアが安定期に入り妊娠を周囲に告げると、ベンジャミンは同僚や友人たちに散々
「今日もまた言われたよ。いいですね、結婚して何年経ってもお盛んですねぇ、だってさ。全てルイのせいだ」
「いいじゃないの、ベン。だって本当でしょ?」
「お盛んなのは俺じゃなくて君達だろーが!」
「あら、貴方はもう枯れてしまっているの? だったらもうずっとこれから私が当番代わりましょうか?」
「何言ってんだよ、そんなわけないだろ。調子に乗るなよ、ソニア。」
「だったら外で何言われても軽く受け流しなさいよね。私なんか周りから羨ましがられているわよ」
「ベンは私達に嫉妬しているだけですよ」
「ルイ、覚悟しておけよ。今晩の当番は俺だからな」
第三子の妊娠に少々戸惑ったのが大人三人の本音だったが、子供たちは大喜びだった。
「お母さま、聞いて下さい。お兄さまが私の髪の毛に毛虫を……うわーぁん!」
「だって母上、アレックスの方が先に僕の剣を隠したのです!」
「二人とも、お互いに謝りなさい。貴方たちはいつも喧嘩ばかりして……もう一人兄弟が増えるというのに」
「えっ、母上それってもしかして?」
「ええ、来年の夏にアレックスはお姉さまになるのですよ」
「本当ですか? 私、妹が欲しかったのです、嬉しいですお母さま!」
「まあアレックス、それだけは分かりませんよ。弟でも可愛がってあげてね」
「はい!」
「僕は弟でも妹でもいいですよ、素直で可愛ければ」
「それはどういう意味ですか、お兄さま? 私がひねくれていて可愛くないとでも?」
「そうは言ってないだろ」
「言っています!」
「二人とも、そのくらいにしておきなさいね」
そんなソニアも純粋に家族が増えることが嬉しかった。
生真面目な長男ルイ=ダニエルは実の父ルイによく似ている。長女アレクサンドラはやたらとませており、ソニア譲りだと皆が言っている。二人とも髪の毛は薄茶色で、魔力は持って生まれなかったようである。
両親が魔術師でも、子供が魔力を持って生まれることはあまりない。大体二、三代おきに遺伝するのである。
ソニアの経過は臨月まで順調で、次の年の夏に元気な男の子が誕生した。
「三人目のお産は楽よ、と周りは言っていたけれど……痛いのには変わりなかったわ!」
「まあまあソニア……良く頑張ったね。ほら見てごらんよ、俺達の次男だよ」
「先程ちらりと見た時に濃い色だとは思っていたけれど……私たちのように黒髪ね」
「ルイに子供たちを連れて来てもらおうか?」
「ええ、お願い」
あれだけ妹を切望していたアレクサンドラも残念がるどころか、弟にめろめろのようだった。
「生まれたての赤ちゃんってなんて小さいのでしょう、可愛いぃ!」
「アレックス、大声を出すなよ。お母さまはお疲れなのだから」
「ごめんなさい」
「母上、お産は大変でしたか?」
「そうですね、でもこの子の顔を見たら痛かったことなんてもう忘れてしまったわ。貴方たちが生まれた時もそうでした」
「私も赤ちゃんを抱っこしてもいいですか、お父さま?」
「ああ、いいよ。腕の中にこうして添わせるように……ほら」
「気を付けろよ、アレックス。人形じゃないのだからな」
「そんなこと分かっています、お兄さま!」
ベンジャミンから赤ん坊を受け取ったアレクサンドラはその子の小ささと無防備さに感銘を受けていたようだった。涙ぐんでまでいた。
「こんなに小さくて軽くて、でも先ほどの泣き声はすごかったわね。ほら見てルイ、欠伸したわ、あ、腕を伸ばしている!」
ソニアはルイがその子を愛し気に見つめるその眼差しに満足していた。予定外の妊娠だったが、三人目まで授かって本当に良かったと思えた。
「ソニア、この子の名前はどうする?」
「サミュエルがいいわ」
ルイはソニアとベンジャミンを交互に見つめた。その目はよろしいのですか、と尋ねている。
「とても良い名前だね、賛成だ」
「サミュエル、では私はサムと呼びます。ねぇサム、私が貴方のお姉さまよ」
ポワリエ家の末っ子サミュエルは両親とルイ、兄と姉に見守られながらすくすくと育っていた。天真爛漫で愛らしい黒髪の男の子は誰にでも愛された。父親のベンジャミン似だと周りの人間は言う。
新ポワリエ家の使用人は世代も若く、昔のポワリエ家の騒動を知っている者は居ない。ルイが新しく雇った人物ばかりなので無理もない。
子供たちの名前もどうしてルイ=ダニエル、アレクサンドラ、サミュエルなのか事情を知っている人間ならすぐに分かるだろうが、そんな勘繰りをする者は居ないのだった。
***ひとこと***
三人の子供たちはそれぞれ個性豊かで、書くのが楽しいです。
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