三人の子供

第三十五話 跡継ぎの誕生

― 王国歴1051年秋-1052年早春


― サンレオナール王都 ポワリエ侯爵家




 ソニアのお腹は少しずつ大きくなり、職場にも友人達にも妊娠を報告した。悪阻つわりは終わったものの、ソニアは精神的にまだまだ不安定だった。


 親友のカトリーヌに話を聞いてもらうことも躊躇ためらわれた。ほとんど同じ時期に結婚した彼女も子供を望んでいるに違いないのだ。そんなカトリーヌに妊婦の悩みを相談するのは少々無神経に思われた。


「結局私は旦那さまかルイに愚痴って八つ当たりするしかないわけよね……まあしょうがないわ……」


「ベン、ちょっと聞いてよ。悪阻の時は体がだるくて体調も悪くてただ眠いだけだったから、ねやでの手合わせなんてとてもではないけれど出来なかったの。今は悪阻は終わったけれど、今度はお腹が大きくなってきたからルイの方が遠慮して手を出してこないのよね」


「ソニア、まあそこまで心配するな。俺は今妊娠していないからさ、ルイの相手は任せろって」


 ベンジャミンの軽口にもソニアは硬い表情のままだった。


「ええ、そうなのよね。ルイは私が役に立たなかったら貴方の所へ行けばいいものね……それに出産したとしてもしばらく待たないといけないし……」


 元々ルイとベンジャミンの絆の深さには疎外感を持っていたソニアだった。自分が妊娠、出産を繰り返している間に益々彼女だけが取り残されてしまうのではという危惧にかられていた。


「もしかしてそこまで妬いているの?」


「ああ、他に誰にも言えないからってどうして恋敵の貴方にこんな醜い感情をさらしているのかしらね……何となくしゃくだわ。私はポワリエ家の跡継ぎを産んだらもう用無しなのかな、ベンの形だけの妻としてその後の人生は寂しく老いていくだけなのかな、なんて最近は思うようにもなってしまったのよ……」


「一人でうじうじ悩むのはお腹の赤ちゃんにも良くないよ。ルイは一生君をを愛すると誓っていたじゃないか。それに嫉妬しているのは君だけじゃないし」


「私がルイの子供を妊娠したからって貴方が嫉妬しているの?」


「だって男同士じゃ逆立ちしても子供は作れないだろ。ルイなら女性と普通に結婚して温かい家庭が築けるからね。彼はいずれ俺から離れて行くだろうってずっと思っていた」


「ごめんね、ベン。私、本当はこの子を授かってとても幸せなのよ」


「俺もだよ。だって以前はまさかこんな形で俺も親になれるとは思ってもいなかったから。ルイにもはっきりと君の想いを伝えてみたら?」


「ありがとう。貴方に話せて少し気分が軽くなったわ……」


「嫌だな、ソニアったら。泣くなよな」


「泣いてなんかいないわよ……」


 そこで自分が涙を流していたことに初めて気付いたソニアだった。


「とりあえず涙を拭いて鼻をかめよ」


「聞いてくれてありがとう、ベン。ごめんね、私の気持ちだけをぶつけて……」


「別にいいさ、ソニア。何のための夫だよ」


 ソニアの涙は再び溢れ出した。




 悪阻の時を始め、妊娠中もずっと二人の男性はソニアの世話を良くしてくれた。そのお陰か、彼女の経過は順調だった。年が明け、ソニアは予定日の一か月前に産休に入った。


 そして王都にまだまだ厳しい冬が続いているある朝、ソニアは産気付く。


「ソニア、頑張れよ」


 ベンジャミンは寝室から出て行こうともせず、ソニアの手を握っている。


「ベン、もういいから後はお医者さまと産婆さんに任せて、下で待っていてよ。時間がかかるようだったら客用寝室で寝てね。隣の部屋ではうるさくて眠れないでしょうから」


 ソニアはベンジャミンにもルイにもお産の壮絶な場面を見せたくなかった。自分が痛みに耐えるためにうめき叫んでいる様子も聞かれたくなかった。


 出来れば彼らが留守中に産みたいくらいだった。初産のため産気付いてからかなりの時間が経ったが、日付が変わる前にソニアは無事に元気な男子を産んだ。


 ベンジャミンは産声が上がってすぐにソニアの部屋に飛び込んできた。


「ソニア、でかしたぞ」


「ベン……私たちの子供よ」


(私たち三人の子供よ)


 ベンジャミンが今しがた洗ってもらって綺麗になった赤ん坊を抱いている。寝台に横になっているソニアの腕にその子を戻し、ベンジャミンは言った。


「ルイを呼んで来るよ。扉の外でやきもきしているに違いないからね」


「ええ、愛しているわベン。ありがとう」


 急いで部屋を出ようとしていたベンジャミンは振り返って言った。


「俺もだよ、奥さん」


 彼が部屋を出て行き、ソニアは自分の腕の中に居る小さな存在をさも愛おしそうに見ていた。しばらくしてベンジャミンはルイを連れて戻ってくる。


「奥様、おめでとうございます」


 まだ産婆と侍女がソニアの部屋に居るのである。


「ありがとう、ルイ。生まれたての赤ちゃんがこんなに小さいものだとは思ってもいなかったわ。小さいと言っても、この子がアソコを通って生まれてきたことを考えると大きいわよねぇ……痛い筈だわ」


「ソニア、君は相変わらずだな……」


 他人の目を気にして、ルイは赤ん坊を自らの腕に抱くわけでもなく、顔を覗き込むだけに留めている。


「はい。私は何と申し上げたらいいか……」


 ルイが涙ぐんでいるのをソニアもベンジャミンも見逃さなかった。




 その夜ソニアの寝室で三人だけになれた時、彼女は愛する男性二人に告げた。


「男の子だから名前はルイ=ダニエルにします。二人はどう思う?」


「とても、いい名前だと思います。あ、ありがとうございます、ソニア」


 ルイは何とも言えない表情だった。ソニアの目には再び彼が涙ぐんでいるようにも見えた。


「俺もこれ以上の名前はないと思うけど、前侯爵はどう思うかな?」


「そんなこと構わないわよ。今の当主は貴方で私たちの息子なのよ、ベン。私たちが好きなように名付けて何が悪いの? ダニエルかルイ=ダニエルと呼びましょうね。皆の切なる想いが込められていると思わない? この名前以外には考えられないわよ」


「ルイ=ダニエル……」


 ルイは言葉に詰まっているようだった。


「貴方たち二人の悲願の子でしょう? それにルイのご両親ダニエルさんとサミュエルさんに……周りの大人の勝手な思惑を全て背負って生まれてきたこの子が少々気の毒にも思えるけれど……こればかりはしょうがないわね」


「ソニア、ありがとう。ルイ=ダニエルを授けてくれて。俺は父親としての自覚ができるのかどうか、実は不安も大きかった。でもこの子の顔を見たら何だかどうしようもなく愛しくて、彼にとって立派な父親になろうと改めて思えるよ」


 ソニアの頬を優しく撫でるベンジャミンも涙ぐんでいるようである。


「ベン、貴方はもう既に良い父親だわ。ルイもありがとう。元気な子供を授かったのも貴方たち二人が支えてくれたおかげよ」


 ルイは彼女の唇に軽く口付けた。


「ソニア、お疲れさまでした。愛しています」


「私もよルイ、愛しているわ。ルイ=ダニエルは私の今までの人生で一番の贈り物よ。出産して一息ついたけれど、これからが子育ての本番よね……とりあえず今は休むわ」




***ひとこと***

ソニアの妊娠、出産を支える二人の男性でした。この回は話の中でも私も好きな回の一つです。

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