第二十四話 親友の婚約

― 王国歴1050年冬-1051年初春


― サンレオナール王都




 あっという間に年末が近付いて来ていた。ソニアたちの新居の建築も着々と進んでいる。寒さが厳しくなって雪が積もる前に外壁もでき、結婚式までに間に合いそうだった。


 そんなある日ソニアとカトリーヌは食堂で昼食を取っていた。苦しい恋をしているカトリーヌは以前にも増して女性らしく美しくなっているようにソニアの目には映る。早く親友とティエリーとの恋が実って欲しい彼女だった。


「また今年も年末の市の季節がやってきたわね。明後日の休みにでも一緒に行かない?」


「ごめんなさい、ソニア。今度の休みは、私……」


「もう予定があるの?」


「えっと、それに実は……市には他の人ともう行ったの……」


 カトリーヌが少し赤くなって何か躊躇ためらっているのだった。


「それって誰か聞いてもいい?」


「実はこの笛を下さった先輩ティエリー・ガニョンさんなの……」


 彼女は真っ赤になっていた。そんなところが女のソニアから見ても可愛くてしょうがない。


「先輩後輩の間柄をやっと卒業できたのね?」


「ええ」


「おめでとう、カトリーヌ! 一年近くも何をしていたのよ貴方たちは……で、お式はいつ?」


「えっ? ソニアったら、な、何を言い出すの? 気が早すぎるわよ!」


「そうでもないと思うわよー」


 実際ソニアの言った通りになったのだった。交際を申し込むまであれだけ時間がかかったというのに、一旦付き合いだすとティエリーは見事なフットワークを見せた。




 午後の仕事に戻る前にソニアはモルターニュの執務室に寄った。


「ベン、とても良い知らせがあるのよ。貴方のティエリーさんとカトリーヌが遂にお付き合いを始めたの」


「なんだかね、貴方のティエリーさんって悪意のある呼び方やめてよ」


「まあね、もう貴方のものではないわよね」


「だからやめてって言っているだろう」


「あの二人、すぐに結婚すると思うわ。ねえ、彼らが婚約したら私たち三人のこと、カトリーヌにも言っていいでしょう?」


「彼女も司法院に勤務しているのだよね、いいよ」


「良かった……私、カトリーヌだけには隠し事をしたくなかったのよ。ルイにも聞いてみるわ。ねえ、今晩彼に会いに行って一緒に過ごしてもいい?」


「別にルイに会うのに俺の許可はいらないよ」


「けれど貴方の留守中に私がモルターニュ家にルイを訪ねて行くわけにはいかないでしょう?」


「確かにね。でもソニア、あまり遠慮するなよ。結婚までは君は彼とあまり会えないだろう? 俺は毎日顔を合わせているけれど」


「ありがたくお言葉に甘えるわ。ねえ、結婚後は私たち……その、夜の生活はどうするの?」


「当番制にするか、ルイに選ばせてもいいね」


「良い考えだわ。ルイに選ばせたら連日私の寝室にしか来ないと思うわ。それでも恨みっこなしよ」


「全く同じことを考えているね、俺達」




 年が明けるとティエリーは司法院から宰相室に異動となった。異例の大抜擢である。ソニアは異動の話が持ち上がったからこそティエリーは重い腰を上げてカトリーヌに告白したのではないか、と思わずにはいられなかった。もう二人は同じ執務室に勤めていないのである。


 何にせよ、親友のためにソニアは嬉しく思っていた。そしてカトリーヌとティエリーの婚約はすぐに成立した。


 ティエリーはもう想いが通じ合ったからこれ以上待てないのであろう、なんと結婚式の日程はソニアとベンジャミンのそれより二週間早いという早業だった。




 カトリーヌの婚約を待ち受けていたソニアはベンジャミンの了承も得たし、彼女に全てを打ち明けることにした。昼休みに食堂で出来るような話ではないのでカトリーヌを宿舎に訪ねた。


「婚約おめでとう、カトリーヌ。一旦気持ちが通じ合うと後は早いわね。今年の春にはもう結婚式を挙げるだなんて……」


「ティエリーが、もう待てないって言うから……私もそれは同じなの」


「良く分かるわ」


「もうすぐこの宿舎も引き払うのよ。式まではティエリーの弟さん夫婦の所へ居候させてもらうことになったの。ガニョン家のお屋敷にも近いから便利だろうって」


「えっ、何それ? ああ、そうね、この宿舎は完全男子禁制だもんねぇ!」


 ソニアはニヤニヤ笑いを止められなかった。


『ティエリーみたいなインテリでいかにも仕事が出来ますって真面目な感じの奴に限って、実はねやでは無茶苦茶エロかったりするのだよね』


 ベンジャミンのこの言葉を思い出したから尚更である。


「もう、ヤダ……ソニアったら何を言っているのよ!」


 しかし、カトリーヌのこの反応から二人はまだキス止まりだろうとソニアは考えている。


「だって、彼に送ってもらっても宿舎の入口前でさようならじゃない、しかも寮母さんが見張っているからお休みのキスも落ち着いて出来ないのでしょう?」


「そ、それは……」


「真っ赤になっちゃって、可愛いわねぇ」


揶揄からかうのはやめてよ。ところでソニア、とても大切な話があるのでしょう? 貴女がわざわざここまで来るのですから」


「そうだったわ。どこからどう話したらいいのかしら……初めに言っておくわね、かなり重い話よ」




 ソニアは一年半前マダム・ラフラムの仮面舞踏会に行き始めた時から順を追って話した。全て話し終わったソニアにカトリーヌは言った。


「だから貴女はモルターニュさんと婚約した時に何だか意味ありげなことを言っていたのね」


「ええ。やっと打ち明けられてすっきりしたわ。貴女には反対されるかも、という躊躇ためらいが大きかったのも本当だけれど」


「私には理解できない部分も多いし、大手を振って祝福できることではないけれど、貴女が考えた末に選んだ道でしょう?」


「実はね、この秘密を貴女のティエリーさんもご存知なのよ」


「えっ?」


「私たち三人の関係が複雑だから婚前契約書と生前遺書の作成を彼にお願いしているの。貴女とガニョンさんの婚約が成立したから、ベンとルイが貴女に秘密を打ち明ける許可をくれたのよ」


「まあ、そうだったの……」


「年末年始の休みまでには書類を書き上げますってガニョンさんはおっしゃったのよ。けれど書類に三人で署名するのは来週の休みに延期になってしまったの。ガニョンさん、色々予定外の出来事が重なったようでお忙しかったみたいねぇ」


「えっとそれは、その……」


 カトリーヌは年末年始に実家のクロトー領に帰省していた。その時にティエリーも彼女の両親に挨拶をしに行ったらしい。それに彼は新しい職場に異動するための引き継ぎや準備などもあったのだろう。




 それぞれ結婚が決まったソニアとカトリーヌは繁華街にあったあの占い師の店を訪れることにした。特にソニアは占い師から仮面舞踏会の券を貰ったお陰でルイに出会えたのである。


 しかし、その店は跡形もなく、別の雑貨屋になっていた。なんでもその占い師は各地を転々としているのだそうだ。


「折角私たち二人共幸せを掴めたお礼が言いたかったのにね……」


「あのおばあさん、本当に私たちの未来が見えていたのかしら、不思議ね」


 二人の声は寒い王都の冬風にかき消されてしまった。




***ひとこと***

カトリーヌとティエリーは一旦付き合い始めるとあれよあれよという間に婚約、式の日取りもソニアとベンジャミンよりも先になったという……ソニアの言うう通り、今まで何をもたもたしていたのでしょうね……

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