第二十一話 婚約成立と発表
連れ込み宿の前でルイはソニアに手を差し出して、彼女を馬車から下ろす。二人の手と手が触れ合った時、お互いの熱が感じられた。どうしようもなくルイを欲する期待が膨らみ、喉が乾いてきたソニアだった。
「ソニア、私は馬車を預けてから行きます。以前と同じ部屋です」
ルイはそう言ってソニアに部屋の鍵を渡した。ある程度格のある宿は客同士が鉢合わせしないようになっている。それ故に宿代も
部屋の中は
ルイが来るまでの数分間がソニアにはとても長く感じられた。
「ルイ、貴方に毎回無駄遣いをさせるのは心苦しいわ」
「けれどソニア、私は貴女に相応しい場所で愛を交わしたいのです。特に貴女とベンが結婚して同居できるまでは私達は逢引きもままなりませんしね」
「柔らかい羽根布団の中だろうが、安宿の固い寝台の上だろうが、私は構わないわ。それにいくら高価なドレスを着ていても、
「ははは、それでも伯爵令嬢の貴女が一泊銀貨数枚の安宿に出入りするわけにはいかないでしょう?」
「そうなのよね、人に見られるわけにはいかないもの。けれど貴方の部屋に私が行けば無料よ」
「私のあの狭い部屋にいらっしゃるのでさえ、貴女は人目を忍ばないといけないですし、時々はこんな演出もいいでしょう? それに今晩は特別な夜ですよ」
「ええ悪くないわ、本当はとても嬉しいの。けれど私も宿代を払うわよ。それだけは譲れません」
「分かりました。貴女のそんな強情なところも実は好きです。でもあまり生意気なことばかり言っていると口を塞ぎますからね」
ソニアはルイと寝室に移動した。そこで後ろからきつく抱きしめられた。
「今晩は舞踏会でベンにずっと貴女を取られていましたから、今だけは貴女を独占させて下さい」
「そうね、人前ではベンに貴婦人扱いされて、
「貴女にはその価値があります。今日は一段と輝いておいでですよ、私の美しいソニア」
「この無駄に豪華なドレスね、肩が凝ってしょうがないの。たまに着るのならいいけれど、早く脱ぎたくてしょうがないわ」
「喜んでお手伝い致しましょう」
ルイはソニアのドレスのボタンを外しながら彼女のうなじや露わになった肩に口付けていく。そして彼女の空色のドレスはするりと床に落ちた。
ソニアとベンジャミンの婚約が正式に成立したのは舞踏会から数日後だった。二人は結婚を魔術院の上司と同僚に報告する。
まず、ベンジャミンと共にソニアは魔術院総裁のジャン=クロード・テネーブルの執務室を訪れた。
丁度クロードの妻ビアンカも居て、二人同時に報告できたのはいいのだが、ビアンカはまず二人の婚約に大層驚き、それから少々心配そうな顔になっていた。
夫のクロードの方の驚きは彼女ほどではなかったが、純粋に祝ってもらえていないことをソニアは感じ、この夫婦はベンジャミンの嗜好について知っているのだと改めて悟った。
確かにベンジャミンはビアンカと仲がいいということは魔術院でも皆に知られている。妻ビアンカに近付く男はまずクロードに阻止されるというのに、ベンジャミンだけは特別だったのである。
「お前が結婚? どういう風の吹き回しだ?」
「何ですか、クロードその言い方は」
「いや、だってビアンカ。めでたいことには違いないが」
「婚約おめでとうございます。お式はいつ頃挙げられるのですか?」
「来年の春には挙げたいと思っております」
「まあ、楽しみですね。その、お二人が……そう決めて結婚なさるのでしたら、私も心から祝福いたしますわ」
「ビアンカさま、ご心配には及びません。私、望んでモルターニュさんに嫁ぐのです」
ソニアはしっかりとビアンカの目をみつめて断言した。
「ソニアさん、ごめんなさいね。おめでたいお話なのに私たち、とても失礼な態度を取ってしまいましたわ。けれど、私はベンが生涯の伴侶を見つけたことをとても嬉しく思っています。それが魔術院期待の新人のソニアさんだなんてね」
総裁の執務室を出てからベンジャミンはソニアに教えてくれた。
「ビアンカ様はなぁ、俺が魔術院に就職してすぐにもう俺の本性がお分かりになったみたいだった。ほら、彼女は白魔術で時々人の心が読めるから」
「だから貴方はビアンカさまと仲がいいのですね」
「ああ。俺は愛妻に対して危険度ゼロ男と総裁に認められているからさ……」
クロードとビアンカ夫婦の仲の良さは魔術院だけでなく、王宮中でも有名なことだった。
「結婚して何年経っても夫婦円満でラブラブだなんて
「まあ総裁のところは彼がやたら嫉妬深くて怖いだけとも言えるけど」
ベンジャミンの事情を知らない他の魔術師達には二人の婚約を純粋に祝福してもらえた。
ソニアは婚約が決まってからカトリーヌだけには個人的に報告したのはいいが、何も肝心なことは言えなかった。
「そのモルターニュさんって、貴女が以前言っていた方なの? 確か恋人が居るっていう……」
「えっと、そうではないのだけど……でも確かに彼にも……少々複雑な事情があってね。でも、私幸せよ」
カトリーヌに本当のことが言えないのは何よりも応えた。
「もしかして、貴女が先日の舞踏会で一緒に踊っていたあの背の高い男性でしょう?」
「ええ。あの時二人で公の場に初めて出たわ。今まで報告しなくてごめんね」
「ソニア、貴女そんな顔して本当に大丈夫? 本当に幸せなの?」
「心配しないで、カトリーヌ。それより、私も見たのよ。貴女が舞踏会でティエリー・ガニョンさんと踊っていたところを。すごくお似合いだったわ」
「ありがとう。彼と踊れて何だか夢のようだったわ。実はあの舞踏会は急に行けなくなった従妹の代わりに叔父と叔母に引っ張り出されたの」
「だからなのね」
カトリーヌがティエリーとの交際を報告してくれることを期待していたのだが、彼女の表情がそれはないと言っていた。ソニアもそれ以上聞けなかった。ティエリーが何故未だにカトリーヌに交際を申し込まずにモタモタしているのか、大いに疑問だった。
***ひとこと***
ヘタレティエリー君とカトリーヌは未だに職場の先輩後輩の間柄のままのようですネ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます