第二十話 舞踏会への招待


 舞踏会の当日はルイが御する馬車でベンジャミンがソニアを迎えに来た。


「ルイ、貴方まで来てくれたのね」


「舞踏会のために美しく着飾った貴女のお姿が一目見たかったのです」


「私も貴方に見せたかったの、良かった」


「ああ、ソニア。このままさらって行きたいくらいお美しい。他の誰にも見せたくないです」


「おいちょっと待てよ、ルイ。彼女を攫うのは舞踏会が終わってからにしてくれ」


「本気にしますよ、ベン」


「もちろんいいさ。それに舞踏会ではソニアは俺以外とは踊らないし、俺も他の女とは踊らない」


「ベン、貴方ってダンスもするの?」


「一通りはね。舞踏会なんてまず出ないし、出ても母と姉と踊ったことがあるだけだけど」




 王宮本宮に着いた二人は腕を組んで舞踏会会場である大広間に入り、まず国王夫妻に挨拶を済ませた。


 あのベンジャミン・モルターニュが女連れで来たということは少なからず招待客たちに衝撃を与えたようだった。そして彼の相手が数年前に婚約破棄をされたソニア・ガドゥリー伯爵令嬢だということもである。


 舞踏会での周囲の反応をベンジャミンは大層面白がっている。二人は何曲か一緒に踊っただけで後は壁際でお喋りをしていた。遠巻きに見られているだけで特に話しかけられるわけでもなかったのには助かった。


「この大広間に入った時点から周りの視線が痛いわね」


「まあしょうがないさ……」


 ソニアは広間で舞う大勢の男女を何気なく見ていると、親友カトリーヌの姿が目に入ってきた。何とティエリー・ガニョンと踊っている。


 カトリーヌが舞踏会に来るのは珍しい。彼女が参加することも聞いていなかったソニアだった。そういうソニアもカトリーヌにはベンジャミンとの交際も舞踏会に出席することもまだ何も言っていなかった。最近は舞踏会の準備等で立て込んでいたからである。


 今のところソニアはベンジャミンの求婚を受けたことは後悔していない。家族に秘密を作ってしまったことはともかく、親友のカトリーヌに本当のことを何も言えないのは辛かった。


「あ、カトリーヌだわ。見て、ベン。あそこに貴方の麗しのティエリー・ガニョンさんが居るわよ」


「いや、もうそれ言わないでよ。あれはただの、ほんの出来心で……」


「へぇ、そうかしらね?」


「それよりさ、あの二人付き合うようになったのかな? 彼と一緒の金髪の女の子、君の親友でしょ? どう見てもお互いしか見えていないみたいだけど」


「良い雰囲気ですよね。けれど私はカトリーヌからはまだ何も聞いていないわ」


「最近付き合いだしたのかもね。やっぱり勿体なかったなぁ……でもティエリーは良い奴だから、彼が幸せになれるのなら俺も嬉しいよ……」


「何なのよ、貴方。なんだか未練たらたらじゃない」


「ティエリーとは数年前に王宮本宮の図書館で出会った。読書の趣味が同じでさ、良く見かけた。まあ、向こうは気付いていなかったみたいだけどね。俺から声を掛けて、それから色々お互いに読んだ本についてなどを熱く語り合うようになって、一緒に飲みに行くこともあって……俺の性癖も彼にはそのうちバレてしまったみたいだけど。彼には特に隠さなかったしね、俺も。だというのにティエリーは態度も変えずに付き合ってくれた。信頼できる奴だ」


「貴方ね、ルイと恋愛関係にあるのにガニョンさんにもちょっかいを出していたのですか? サイテー!」


「ルイはいつか女性と結婚すると、そのうち俺から離れて行く日がくると思っていたから。彼が温かい家庭に人一倍憧れているのは分かっていた」


「ルイを束縛したくなかったのね?」


「もちろんさ。どっちかと言うと俺は断然縛られる方が燃える」


「ちょっとどうして貴方はいつもそちらのネタに持って行くのよ、もう!」


 真面目な話をしている時に急にふざけるベンジャミンにも段々ソニアは慣れてきた。


「でもさ、ティエリーみたいなインテリでいかにも仕事が出来ますって真面目な感じの奴に限って、実はねやでは無茶苦茶エロかったりするのだよね。そのギャップにすごく萌える、想像しただけで勃つ」


「ちょ、ちょっとそんな生々しい話やめてったら……」


 周囲に人が居ないのを幸いに、ベンジャミンの話は過熱気味だった。


「ソニアちゃんもしかしてルイと重ねて考えていない?」


「えっ? いいえ、けれど……それは」


「君なら俺の気持ち良く分かるでしょ?」


「あ、貴方と同類にしないでよ」


 けれどルイもティエリーと同じようなタイプであることは確かだった。少なくとも見た目と性格は、である。ティエリーのそっちの方の好みはベンジャミンの言う通りなのかどうか、ソニアはあまり考えないようにした。


「昨年の冬、私貴方を問い詰めたでしょう? カトリーヌが魔法の笛を持っていたから貴方とガニョンさんの関係を疑って」


「うん、そんなこともあったよね」


「あの時貴方が、ガニョンさんのような知的なタイプが好みのど真ん中だっておっしゃったから……私の中で貴方とルイの関係が結びついたのよ。だってルイもそんなタイプなのですもの」


「ああ、あの頃まだ君はルイの正体を知らなかったね」


「ええ、ルイのことは仮名でアレックスと呼んでいたわ。それがこんな奇妙な三角関係に発展するとはね……」


 しばらく二人は無言でダンスフロアを眺めていた。


「ソニア、これからどうする? もう少し踊る?」


「そうですね。数曲踊って、それから貴方がもうお披露目は十分だとおっしゃるのなら、帰りたいのですけれど」


「早くルイに会いたいのだろう?」


「ええ……私たちがこうして舞踏会を楽しんでいるのに一人で待たせて、申し訳ないわ」


「じゃあ行こうか。お嬢様、お手を」




 ソニアは思っていたよりもずっと舞踏会を楽しめた。ベンジャミンも同様である。


 舞踏会の帰り、ソニアは自分が先に送られるものだとばかり思っていたが、ルイの御する馬車は最初にモルターニュ家の前でベンジャミンを下ろした。


「お休み、ソニア。今晩は楽しかったよ。二次会はほどほどにね」


「二次会?」


 ソニアの手を取ってそこへ口付けた後、意味ありげな笑みを残してベンジャミンは屋敷に入って行く。


「ルイ、私を先に送ってくれた方が貴方の手間が省けたのに……」


「そうはいきませんよ、ソニア。今晩はまだお時間ありますよね」


「ええ、もちろんだけど」


「では、先程申しましたように貴女をさらっていくとしましょう。ベンの許可も得ていることですし」


「えっ? どういうこと?」


 そして馬車はモルターニュ家を離れ、以前ルイとソニアが二人で話をしたあの宿屋の前に止まった。


「ルイ、貴方……」




***ひとこと***

「色豪騎士」でも「溺愛」でも色々と進展があったあの例の舞踏会です。「溺愛」ではカトリーヌとティエリーもそれぞれソニアとベンジャミンが踊っていることに気付いていました。ローズとマキシムのカップルもそうですが、それぞれ自分たちのことで精いっぱいでしたね。

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